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殺すなら、早めの方が良い  作者: 白川れもん
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何故か広がる、じんみゃく

 すっかり静まった深夜。

 私は何故か、アイちゃんの視線から、必死に寝たふりを決め込んでいた。

布団に隠し持ったペンとノート。別名、脱出計画書を、今、どうやったのか部屋に無断で侵入してきたアイちゃんから守っている。


 私が悪い訳じゃないはず。鍵だってかけているし、まあ、この部屋は誰の? と言われてしまえば、アイちゃんが支払っていて、アイちゃんの支配下にあるわけだけど。


 一体、何をしに来たのだろうか?

普段の私なら、とうに大口開けて寝ている時間で。今日はたまたま、脱出計画書を考えていた為に、起きていただけ。


 仰向けは、なんとなく恥ずかしい、というか、そこには恐怖も混ざっていて。

寝返りついでに脱出計画書を足と布団の間に挟む。


 静かな室内、ほぼ無音。

ここで一つの疑問。寝ている時の私って口呼吸? 鼻呼吸だっけ? いいか、鼻呼吸で。


「……雪」


 アイちゃんの声が小さく聞こえた。

 なんだろう、と思った矢先に、頬に何か触れた。アイちゃんの手だろう。少し冷たくて、でも大きな手。突然の事に反応しそうになった。まさか、気付かれた?

ゆっくりとアイちゃんの身体が近づいて来る気配がする。呼吸が直ぐそこで聞こえる。

 私を見ているのだろうか。否、見ている。確実に。覗き込んでいる感じがする。

手が頭に移動して、ゆっくりと髪を撫でられる。

 何? 何がしたいの?


「雪……す、き、好き」


 え? 思わず聞き返したくなるのを我慢していると、ふわりと動いたアイちゃんから石鹸の匂いがした。

かと思えば、今度は耳元で呪文の様に「好き、好き」と繰り返す。耳に吐息がかかり、くすぐったい!

 なにこれ。

まさかとは思うが、毎日アイちゃんはこうやって私の部屋に来ているのだろうか?

いやいや、止めよう。これは考えてはいけないやつだ。



 しばらくして満足したのか、静かになった。

でも私の側から離れる気は無いのか、呼吸だけが近くで聞こえる。

 再び動いたと思ったら、私の首に顔を埋めて来た。大きく深く呼吸したいるのが伝わる。

ぎやああああ!!! 無意識に身体が強張る。アイちゃんの髪とかいろいろくすぐったいし痒し生暖かい。


「ああー………………良い匂い」


 夢、私夢みているんだよね? 現実なの? いや、夢でも気持ち悪いよ、人の匂い嗅ぐなんて。正気とは思えない……これ、なんの罰ゲーム?


 もしや、起きているのバレている? バレているからこんな遠回しの嫌がらせを? なんなの、勘弁してほしい。

 ていうか、恥ずかしさとか色々で死にたい気分。あの時死ねばこんなことにならなかったんじゃ。


 深呼吸を繰り返すアイちゃんに、引きつり、冷や汗やらなんやらが一秒ごとに噴き出る。アイちゃんの体温とか感じて、余計に鼓動が速くなる。

私は必死に寝たふりを決め込んで、ひたすら我慢。今さら起きていた、なんて言えない。

 というか、無抵抗な人間にこれは反則なのでは?


 今なお人の首で深い呼吸を繰り返しているアイちゃん。

その時、何かが振動する音が聞こえた。恐らく、携帯のマナーモード音。アイちゃんのだろうか。

気付いたアイちゃんは、舌打ちしながら私から離れた。

 気配が遠ざかり、部屋の扉が閉まる音がする。鍵まで丁寧に。

扉の向こう側でアイちゃんの声がする。通話しているのだろう。




……もう来ないだろう。私は脱出計画書を広げた。

 計画書に記して、色々理解したことがある。

まず、金銭面だが、アイちゃんからお小遣いを貰っているから、思えば、ここは問題ない。

荷物も、そんなに無いだろう。未成年ではないから寝泊りに困る事も無い。

 そしてやはり浮上した唯一の問題。

どうやって、この家から出るか。ただそれのみ。


「……嫌われれば、いいのかな?」


 契約では、結婚を前提、というのはあるけど、ただ付き合っている。交際している男女に過ぎない。

 私はアイちゃんについて、同棲しているとはいえ、何も知らないに等しい。

アイちゃんがどれほど私を理解しているか知らないが、少なくともリンゴ飴があそこまで好きだとは知らなかった様子。

 嫌な女を演じれば呆れられて、ぽいっと捨てられるのでは?

そこで浮上するのは、どこかで聞いたことのある「用済みだ、殺せ」の台詞が飛ぶかどうか。

まあ、嫌われるか死ぬか。この選択だけはしたくない。


「でも、このままってのも、なんだかなあ」


 アイちゃんについて、シンゴウキについて、もっと知る必要があるのかもしれない。

敵の情報は、多い方が良いもんね。

 私は念のため、再び足と布団に脱出計画書を挟んで眠りについた。



 

 恒例になりつつある、シンゴウキと私の朝食タイム。

何日か過ごして、気付いた。シンゴウキにはいくつか暗黙のルールがある。

 まず、朝食は全員で囲むらしい。

作っているのはアイちゃん一人だが、他の二人は食器などを並べて大人しく待っている。絵面的にはシュールだ。

 二つ目のルールは、これは薄々感じていたが、アイちゃんには逆らわない事。

あのうるさい黄色もアイちゃんには反抗しない、仮にしても容赦無い暴力が飛んでくる。赤色もアイちゃんの前では下手な発言をしない為か口数が少なくなる。

 完全に独裁政治がシンゴウキ内にはあって、でも誰も謀反とか企てている様子も無い。


「ねえねえ赤色くん、聞きたい事があるんだけど」


 朝食後、自室に戻ろうとする赤色の足を止めさせた。黄色はついさっき出掛けたところ。

シンゴウキ内だと一番理解力がありそうで話しになりそうな赤色。聞くにはちょうど良い。


「雪ちゃん……何?」


振り返った赤色は私を一瞥してから直ぐにアイちゃんの方を見た。

アイちゃんは食器を洗っているだけ。視線を動かす様子は、まるで親の顔色を窺いながら悪さを企む小さい子供みたいだ。


「赤色くんって私より年下、かな? いくつ?」


「……十九、だけど」


 私に質問が予想外だったのか、アイちゃんへの視線は無くなり、私としっかり向き合う。不思議そうな顔はしているが。


「やっぱり年下だ。まだ未成年なんだね。赤色くんは普段、どんな生活しているの?」


「ど、どんな? 普通に本屋に、行ったり、情報を、集めたり?」


 首を傾げながら、ぽつりぽつり答えてくれた。

情報、か。どうやって集めているんだろう。仕事関連っぽいけど。


「灯李の事聞いて、どうするの、雪」


 いつの間にか背後にいたアイちゃんがにこやかに訪ねてくるが、目が笑っていない気がする。なんとなく分かって来たが、アイちゃんはなかなか嫉妬深いらしい。


「シンゴウキって、仕事している雰囲気が無いから。分担とかしているのかなって」


「ああ、仕事ね。それなら俺に聞いてくれればいいのに。雪には全部教えてあげる」


 私を背後から抱きしめると、アイちゃんは本当にすらすらと話し始めた。


「俺は依頼の受付と最終的な判断、計画などを担当していて、黄也は武器。拳銃なんかの調達。灯李は今言ったように、情報収集担当だよ」


「情報ってどうやって集めるの? 私の情報も、組織を潰した奴等、知っていたし」


「んー、それは灯李の担当だね……いい機会だし、教えてあげな。今日一日、雪を貸してやるよ。ただし、必ず返しに来いよ」


「え、でも、それは、青兄が」


「俺はこの後仕事で出るし、雪はもっとこの世界を知っておいた方が良い。これからも、俺の近くにいるなら、術は多い方が良いからな」


 私を離すと「頼んだぞ」と赤色に威圧をかけた。

半ば強引に私を押し付けられた赤色は「行こうか」と苦笑いしていた。



 連れて来られたのは、ビルの地下。薄暗い小さなスナック。

この時間にスナックが営業しているとは考えられない、が、扉はすんなりと開いた。


「いらっしゃい」


 カウンターの中で煙草を片手に座っているスナックのママらしき年配の女性。

私達を一瞥すると「おや、連れかい? 珍しい事もあるもんだ」と笑った。


「……僕じゃなくて兄さん、のね。で、若葉わかばさんは奥?」


「そうだよ。いつもの通りさ」


 ニヤニヤしながら私を見ていたスナックママは、赤色くんに向かって奥の部屋を指した。


「雪ちゃん、奥の部屋が情報屋なんだ。若葉さんって言う女の人。ここは、カモフラージュの普通のスナック。いつでも料理とか、ただ食べに来ても大丈夫だよ。僕らの範囲内だから、料金はかからない」


 赤色くんは、私に説明するとママに向き合った。そして「こちら雪ちゃん。顔、覚えといて」と告げた。

ただ飯食い放題か、などと思いながら「こんにちは」挨拶してみた。


「雪、ねえ。こんにちは。あたしはこの店のママ。ママって呼んで……灯李くんのお兄さんの連れ、だったねえ。どっちの?」


「えっと、黄色か青ならって話なら、青です。一応」


「青って、まさか蒼生くんの方?」


 突然興奮したみたいに煙草を灰皿に押し当てて、近寄って来たママ。派手な赤いドレスが揺れている。

ママは思ったより背が高くて迫力がある。少し怖い。


「黄也くんじゃなくて、蒼生くん?」


「は、はあ。シンゴウキの青です。たぶん。あの、何か?」


「いやあ、黄也くんは多かったからさ。女関係。こうやって連れて来たり、目撃情報とかも多いからさあ。まさか蒼生くんとはね。噂もあったけどデマばかりだったから」


「……僕もびっくりしたよ。雪ちゃんに何かすると、青兄すぐ怒るから気を付けて」


「蒼生くんってこういう子がタイプだったのねえ。ふーん」


 気分は動物園のキリンやゾウ。下から上まで見られて黄色みたいに服を笑うかと思ったが、ママは微笑ましそうに眺めるだけだった。


「またゆっくり話聞かせてね」

ウインクしながら去っていくママに苦笑いをして、情報屋がいるという部屋を開けた。




 扉を開け、ズカズカと進んでゆく赤色を追うが、入った瞬間、まず、酒臭い。

機械的な、というかパソコンか何かの機材が大量に起動している殺風景な部屋だが、ど真ん中の真っ白なソファに一升瓶片手に飲んでいる女性。若葉さんだろうか。


「よっ、灯李。と、雪。アタシは若葉。さっきから見ていたよ」


 若葉さんは自分の背後を指すと、モニターの一か所が先ほどまでいたスナックの映像で、リアルタイムで映っていた。ママの鼻歌まで聞こえる。


「こんにちは」


 酒臭い人だけど、凄い人なんだ、きっと。そう思って、先ほど同様、挨拶した。


「蒼生に彼女なんていたんだね、気付かなかったよ、いや、ホントに」


「……彼女、って訳じゃ」


 正面から彼女だなんだ言われると、急に現実味が増して否定したくなる。どう頑張っても事実、私はアイちゃんとお付き合い関係にある訳だけど。


「アタシはあんたの味方だから。仲良くしようねー、雪」


「味方って、どういう意味ですか?」


 私が答えるより早く、赤色が一歩前に出た。あれ、そういえば、赤色が敬語で話している。


「どういうって、蒼生に依頼されて調べたんだよ雪の事。アタシが情報を提供したんだ」


「そうだったんですか? どうして教えてくれなかったんですか!」


 ん? おかしくない? どうして赤色にそんな情報を教えなければいけないのか。それも私よりも先に。それよりも!


「え、待って待って! 私があの組織にいるってアイちゃんに教えたのは若葉さんだったの?」


「そうだよー。だから何かあったら、アタシに言いな」


 私を気まぐれで助けたのかと思っていたけど、アイちゃんは私を前から知っていた?

じゃあ、あれは偶然ではなく必然? 一体いつから私を? 聞きたい事はたくさんあるが、ここには赤色がいる……出直すか。


 この間にも赤色と若葉さんは何か会話をし続けている。

これ以上は話にもついていけそうも無いし、私には分からない関係が二人にあるのかもしれない。


「ねえ、赤色くん。お腹空いたから帰るね。若葉さんありがとう。また来るね」


「え、どこ行くの?」


「はいよー、いつでもおいで!」


 それぞれ反応する、二人に手を振って、この場所を後にした。



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