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殺すなら、早めの方が良い  作者: 白川れもん
4/7

シンゴウキの、ほすと?

 赤色くんと別れて、数時間。

ここぞとばかりに、洋服やらお菓子を大量に買った私は、薄暗くなった町を歩いていた。

 右手には紙袋を、自分の好みのシャツがたくさん入っている。

黄色には、洋服センスを笑われたけど、私はそれだけで好みを変えることは出来ない。

好きな物は好きだし、欲しい物は欲しい。


 途中、リンゴ飴を見つけて、二つ購入。左手も塞がった。それを交互に口に頬張る。

今の自分が、物凄く贅沢な気がして、心が満たされる。


「お姉さん、そこの、お姉さん! リンゴ飴のお姉さん!」


 うるさいな。と、振り向けば、ちゃらちゃらしている、怪しそうな若い男が私を見て、笑っている。

 瞬間、デジャウが頭を過る。

また、危ない仕事の勧誘だろうか。だが、今の私は、生憎、金に困っていない。


「……結構です」


 直ぐに立ち去ろうと、足を踏み出せば、男は私の前へと立ちはだかった。

軽く睨みつける。しつこい奴だ。


「まあ、そう言わないでよ。お姉さん、リンゴ飴好きなの? そんなに口に入れてー。でも、美味しいよね。うちの店、たくさん飴あるよ。寄って行かない?」


「リンゴ飴はまだあるから、いらない。じゃ」


 避けて通ろうと歩き出せば、男が必死に誘惑してくる。


「あ、待って! 格好いい男の人とか、いっぱいいるよ」


「興味無いんで」


「じゃ、じゃあ、酒! 美味しいお酒たくさんあるよ!」


「リンゴ飴に忙しいんで」


 早歩きになれば、最後の一声! と言わんばかりの、男の声が後方からした。


「うー、あっ、スモモ! スモモ飴があるよ!」


「……まじで?」


 ぴたっと、私が足を止めたのは、言うまでもない。

私は、誘惑に弱かった。


「一名様、ご案内でーす!!」


 スモモ飴を求めて入った店内は、明らかに駄菓子が置いてある店とは程遠い。

ど派手な赤い絨毯、薄暗い店内、酒や煙草の、香水の匂い。


 店に入る前に通った脇に、金の枠に入った男の写真の数々。写真の下には、ケンだとかミヤビだとか。名前なのか?


「ここは、ホストクラブ?」


「そうですよ」


「本当にスモモ飴があるの? どこ?」


 先ほど出会った男と促されるがまま、席に座った。

キョロキョロと店内を見回すが、薄いカーテンが邪魔で見えない。


「そんなの、後で持って来るから。お姉さん、荷物たくさん持っているねー、何を買ったの?」


「っ、触るな!」


 男に肩を抱かれ、私の荷物にあろうことか勝手に手を掛けた。

全力で拒否した為、手に持ったリンゴ飴が、男の派手なスーツにべっとりと付いた。


「あ」


「ちょっと、お姉さん! どうしてくれるの? 高かったんだよ!」


 椅子から立ち上がり、私を見下ろし冗談っぽく怒る男。

私がどう出るか試しているのだろう。なにせ、ほいほいと釣れた女だ。良いカモだと思っているに違いない。なんて、気付いていても、そんなことは、どうでもいい。


「……知らないよ、あんたが悪いんだろ? くっつくから。それより、スモモ飴は?」


 リンゴ飴を今もなお、何事も無かったかの様に頬張り、辺りを見回せば、男の逆鱗に触れたらしい。


「舐めやがって! この女! 飴飴って、食い気しかねぇ、ぶっさいくな趣味の悪い女、誰も相手しねえから、俺が声かけて夢をみせてやろうと思ったのに!」


「……リンゴ飴舐めているのと、私の今の態度をかけたの? 上手いじゃん。それよりも……」


「馬鹿にしてんのか、てめえ!! どこ見てんだよ! こっち見ろや!」


 男が水の入ったコップを、私に投げる。

水が勢いよく私とリンゴ飴を濡らした。コップが床に落ちる。絨毯が良いのか、割れはしなかった。


「おい! 何しているんだ!!」


 私達に気付いた周囲のホストが駆け寄って来る。

どうやら、この男は店の問題児らしい。別のホストがタオルを持って寄って来る。


「どうもすみません。俺、リョウって言います。どうぞ、タオルを……」


 慣れた手つきで跪き、タオルを差し出すために顔を上げた金髪の男、リョウ。

私は彼に見覚えがある。リョウではないが、そう、今朝会ったからだ。黄色くんこと、黄也、だっけ?

 私に気付いて黄色は目を見開き、石化する。

タオルも中途半端に止まっている。


「ありがとう。ねえ、黄色くん、あのさ、この店、スモモ飴は……」


 タオルを受け取り、顔を拭きながら、スモモ飴の行方を尋ねようとした。

黄色くんは、はっ、と我に返って、私の両腕をがっしり掴んで、寄って来た。


「悪かった!! な、何で、セツちゃんが? いや、そんなことよりも、この事は、アオ兄には、その……」


 何を言おうとしているのかは、焦っている顔色で、だいたい予想着く、ような。


「アイちゃんには言わないよ。それよりも、スモモ飴どこ?」


「さんきゅー。スモモ飴? 無いに決まってんじゃん。ここホストクラブだよ?」


 安心した顔から、直ぐに、私の腕を離し、タオルで濡れた髪や腕を拭いてくれ、スモモ飴なんかね~よ、とチャラい様子が帰って来た。

 内心がっかりしたのもつかの間、黄色くんの背後に、アイちゃんらしき人が見える。

あ、ヤバい。と思って黄色くんに声を掛けようとすれば、タイミング悪く、私の足を軽く持ち上げ、タオルで拭いている所だった。

 アイちゃんから見れば、黄色が跪いて、私の足にキスしているように見えなくもない。


「……何してんだ、てめえ」


 睨みように見下ろしながら、黄色くんの背後からアイちゃんが、低く、冷たい、怒りのこもった声を出す。

黄色くんが一瞬肩を震わせ、顔から血の気が無くなっている辺り、声の主が解っている様だ。

 周りもざわざわし始め、まずい、と思った。


「アイちゃん、違うんだよ。あの、変な男に、水かけられて。それで、たまたま黄色くんが、助けてくれたんだ!」


 私の言葉に黄色くんは、ぱあっと表情を明るくした。

アイちゃんにも伝わったらしく、しばらく黙って私達を見ていたが、だんだん眉間に皺を寄せたかと思えば。


「てめえ、いつまで雪に触ってんだ!」


 ぶんっと、空気の音がし、黄色くんの頭を、思いっきり蹴った。

蹴られた黄色くんは、頭に引っ張られるように、右の方へ飛んで行った。

 今のは、私にはどうしようもない。


 私に駆け寄って来るアイちゃんの表情は、冷たさなんてなくて、不安げに見つめてくる。


「雪、大丈夫か? 可哀想に、こんなに濡れて。来るのが遅くなってごめんね」


 どうして私がここにいたのを知っているのか、とか。色々聞きたいがとりあえず。

大丈夫、と答えた。アイちゃんは、安心したのか、私の頭を撫で、手を握った。


「どうしてこんな所に来たんだ? 俺がいるのに、こんなむさ苦しい場所に。愛が足りないのかな?」


「違うよ! スモモ飴があるって聞いて。でも、騙された」


 愛、という言葉に、否定した。愛ってなんだ? ただ、アイちゃんの言葉には重りがかなりある気がしたから、否定しておかないと。


「スモモ飴が食べたかったんだね。大丈夫、後で俺が買って来てあげるから。リンゴ飴も買って来てあげる。だから、この飴は、ぽいっしようねー」


 アイちゃんは、一瞬で手にある飴を取ったかと思えば、流れるような動作で、悪びれもせず高そうな絨毯にポイ捨てした。


「……それより、水、誰にかけられたの? ここにいる? 教えて欲しいなー」


 ふふふっ、と。アイちゃんは、笑顔だった。私には、基本笑顔で話しかけてくれるが、今回は目が笑って無い。

この感じは、あの男が、この先どうなるのか想像が付く。どうしようか。躊躇していたところに。


「アオ兄、こいつだよ」


 あの男を連れて黄色くんがやって来た。

拘束されて動けないのか、苦痛に顔を歪ませた必死な男。一方黄色くんは、どこ吹く風、と清々しい顔をして男の腕を捻りあげている。ただ、アイちゃんに蹴られた痕は赤く腫れているが。

 何やってんだよ! 死んじゃうよ? 今の人斬りみたいなアイちゃんに普通差し出す? どんな神経しているんだ、黄色くん。


「雪、こいつなんだね?」


 アイちゃんは、男を一瞥した後、直ぐに私に満面な笑みで問う。

どうしようか考え、周囲を見渡す。誰も何も言わないのか? 無関係者が騒いでいるのに。

 すると周囲は、本能的に何かを感じ取ったのか、バイトばかりで責任者不在なのか、ただひそひそと見ているだけだった。

 何かあっても、警察呼べないくらいには、法律に触れる商売なのかもしれない。もちろん、この店は、だが。


「雪。どこを見ているの? 俺の目を見て」


 ぐいっと、両手で至近距離から見つめられ、再度、少しはにかんだ顔で、この男なのか、と問う。

 距離の近さと、アイちゃんの滑らかな肌、男なのに綺麗、という敗北感。何を考えているのか分からない二重に視線が泳ぎ、微かに震えた。

怖い。そう思った瞬間、私の恐怖対象であるアイちゃんが、とんでもない事を言い出した。


「可哀想に。そんなにあの男が、怖かったんだね。そうだよね、水をかけられたんだから。でも、もう大丈夫だよ、俺が守ってあげるからね。あんな弱小、ぽいってしてあげるから」


「ぽ、ぽいっ?」


「そうだよ。さっきの飴みたいに、この世から、ぽいって」


 それは、決して笑顔で、可愛らしく両手で投げる仕草ではない。

仕草だけを見れば、その辺に無傷で捨てます。って感じだけど、この世って事は、彼はつまりあの世に行くの? 死んじゃうんじゃ。


「よし、黄也、よくやった。さっきの件と、どうしてお前がここにいるのか。見なかった事にしておいてやる」


 アイちゃんは、自分より少し背の高い黄色くんにそう言うと、黄色くんはまるで褒められた犬の様に、表情が明るくなった。


「ありがとう、アオ兄! 良かった、もしもに備えて、こいつを捕まえられるように、待機していて」


 もしや確信犯? 自分が怒られるからって、その男を差し出そうとしていたんじゃ。

黄色くん酷い……いや、この人達は普通じゃない。これが、この人達の普通なんだ。

 依頼に邪魔が入って失敗すれば、邪魔した奴の首を持って詫びに行く。そういう会話を何度か聞いたことがある。

兄弟間でもビジネス。はっきりとした上下関係。怖い。私はまだ、普通の生活に戻っていないんだった。

早く、抜け出さないと。


 その後、私は赤色くんの運転する乗用車で、家までアイちゃんに大切にされながら届けられた。

あの男がどうなったのか、訪ねる勇気が出なかった。でも、あんな騒ぎは、二度と起こさないと心に固く誓った。

そして、一刻も早く、この家からの脱出と、この兄弟からの解放。いや、アイちゃんとの契約? 解除。


 静かに、計画を立てようと、ノートとペンを手にした。


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