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殺すなら、早めの方が良い  作者: 白川れもん
2/7

シンゴウキ、ぶらざーず

 悪魔の誘惑に、抗おうと思っていない。そう、だって私はもう堕ちた人間だから。

 いうなれば、腐ったミカンだろう。


 結果的に、私は蒼生の条件を受け入れた。

 よく考えてみれば、否定する要素は何もない。

 結婚を前提のお付き合い。それは、ただのお付き合いと一緒。

学生が「付き合おうぜ、俺達」と言うのと大差ない。私は頷いた。ただそれだけ。


 そう! 「別れよう、私達」と言えば、簡単に別れられる。

契約したわけでも、用紙にサインしたわけでも無い。

 言わば、自由。自由な恋愛。

ただ相手が、そうだな、学校で言う番長と付き合うってくらい。

 なんだ、簡単ではないか。だから、私は了承した。




 私は無事救出され、組織の事務所には新たな死体が加わった。

そして、何事も無かったように、私は今、このだだっ広い部屋に正座している。


 ここ、どこ?


 シンゴウキの住処だろう、四階建てのビルの一室。

ビルの前を通るのは一般人のみ。同業者は依頼以外は寄り付かないと聞いた。


 四階建ての上からワンフロアごとに色で言うと、青、黄、赤、ゲストルーム。という感じだろうか。


 そして私は今、蒼生の部屋の中央、高そうなカーペットの上に正座している。

 私が血まみれだったので、先ほど風呂を借りた。風呂も高級感があって落ち着けなかったが、この部屋の落ち着かないこと。


 全く生活感が無い。

どこを見ても、必要最低限の家具しか置いてない。そのくせ、家具は全て高そうな物。


 「この服だって……」


 自分の服を見つめる。

クローゼットにある服を何でも着ていいって言うから、漁った。

 高い物を着て、金を払え、なんて言われたら、冗談じゃ無い。だから、持ち主が服の存在すら忘れていそうな、奥の方。Tシャツにジャージの上下。


「これ、センス良いな」


 Tシャツの胸元には大きな達筆で「我は神」と書いてある。

カッコいい。いくらなのかな? 

 サイズは大きいけど、捲れば大丈夫。


 シンプルな時計を見る。

もうすぐ日の出、くらいだろうか?

 ああ、眠い。

今すぐにでも寝たいが、そうもいかない。

 この部屋の主、蒼生が入浴タイムだからだ。

男のくせに、長風呂だ。


「お待たせ、雪。服、良いのあった?」


 タオルで髪を拭きながら出て来た蒼生は、私の姿を見て笑った。


「どうして正座しているの? ていうか、何、その服。俺、そんな服持っていたかな?」


 蒼生は私をその場に立たせると、服をじっくり観察する。


「な、なに?」


「本当にその服で良いの? 他のでも構わないけど」


「この文字、センス高いから、これでいい」


 本音を言うと、蒼生は「本当だ、センス高すぎるね」と同意した。

ただ、くすくす笑っているのが気になるが。


「あの、蒼生は、ここに住んでいるの?」


「……そうだよ。それより雪、俺たち恋人なんだから、蒼生、なんて呼ばないで。あだ名で呼んで。アイちゃん、とか」


「……アイちゃん?」


「そう! 良いね、アイちゃん」


 何を言っているんだ、この男。

私には理解できない。だって、アイちゃんなんて年齢でもないだろうに。


「アイちゃんはさ、何歳なの?」


「俺? えーっと、二十九」


「へー」


 ほらみろ、アイちゃんなんて年齢じゃない。

恥ずかしくないのか? というか何でアイ? 青じゃなかった?


「あ、そうだ。雪の部屋は、実はもう作ってあるんだ」


 アイちゃんは扉の前で止まると「廊下に近い右側が雪、すぐ隣の左側を俺の寝室」と説明した。


 部屋には机、ベッド、クローゼットなど、ある程度は揃っている。


「好きに使っていいよ」


「いいの? これ、私が住んでいた部屋より広い」


「良いよ。家賃もいらないから。今日は疲れたでしょ? ゆっくり休みな」


「アイちゃん、ありがとう、お休み」


 今は一刻も早く寝たい。

直ぐにドアを閉めると、眠りについた。

 寝て起きたら、無かった事にならないかな。




「……おーい、雪? 起きて、ご飯だよ」


 優しい声がする。

良い匂いもする。今日は目玉焼きかな?


「雪、起きて」


 頭を撫でられる。

優しい手つき。お母さんかな?

 あれ、私お母さんと住んでいたっけ?


「……お母さん?」


「……残念ながら、俺はお母さんじゃなくて、彼氏です」


「ふっ、またまたー」


 私に彼氏なんていた事あった?

気持ち悪い、あり得ないでしょ。いったいどこの野郎だよ。

 薄っすら目を開けると、昨日出会った笑顔の悪魔。


 ああ、そうだ。こいつと付き合っているんだった。

早いとこ別れないと……


「……アイちゃんじゃん」


「おはよう、雪。お昼ご飯、皆もう食べているよ」


「……皆?」


 何、皆って。ボランティアでもしているの?

 時刻は昼過ぎ。よく寝たなー、人の家で。


 清潔感のあるテーブルを、美味しそうな料理が。

そして、それを囲む男二人。


 背中を向けているけど、二人は誰?

涎を拭きながら近づくと、一斉に振り返った。


「おい、お前がセツちゃん?」


 ご飯を口に頬張りながら訪ねてきたのは、金髪を半分後ろに流したチャラい感じのパーカー男。

鋭い眼、リングピアスも黄色。あれ、シンゴウキの黄色かな? 私と歳は変わらなそう。


「こんにちは、えっと、雪です」


「……どうも、灯李あかりです」


 私の挨拶に反応したのは、さらさらで真っ赤な髪の方、恐らくシンゴウキの赤色。

二重で切れ長、アイちゃんと少し似ている。ピアスは黒だが髪が目立つ。その髪に反して、大人しそうな印象。セーターを着ている辺りが文学って感じ。

 あどけなさが残る顔立ちから、年下っぽい。


「オレは黄也きいや。ってか、セツちゃん、何、そのダサい服」


「え、ダサい?」


 皆、私服だな。しかもセンス良い。今日は仕事無いのかな?

 見ればアイちゃんも黒のタートルネックを着ている。

そういえば、クローゼットの中に多かったな、タートルネック。


「だっせーだろ、何だよ、我は神って。っぷ、馬鹿丸出しじゃ……」


「うるせー、殺すぞ、黄也」


 アイちゃんが、ご飯とみそ汁を運ぶついでに、黄色を殴って行く。

手加減はしないタイプなのか、本気で痛がっている黄色。


「馬鹿だなー、きいは。青兄あおにいいるのに、暴言吐くなんて」


「うるせーんだよ、コミュ障が」


「僕がコミュ障だから、何?」


 黄色と赤色がにらみ合っている。

殺し屋が喧嘩なんて。殴り合いだけじゃ済まなそう。


「まあまあ、黄色も赤色も落ち着いて」


「あ? 何で色? オレには名前が—―」


「……文句あんのかよ?」


 黄色が私を睨んだ瞬間、アイちゃんが黄色を睨んだ。

 目を逸らし、黙った黄色を見て、アイちゃんは私に笑顔で向き合う。態度が明らかに違う。

兄弟って複雑なんだな。


「食ったら早く帰れ、お前ら。……雪、こいつらは弟だけど、気にしなくていいから。ご飯、たくさん食べてね」


「うん」


 目の前には美味しそうなご飯。

昨日は夕飯無しだったから、素直に嬉しい。

そして旨い! 何この美味しい魚。


「これ、何? 何魚?」


「金目鯛の煮つけだよ。気に入った?」


「うまい。気に入った! けど、誰が作ったの? アイちゃん?」


「そうだよ。家事、得意なんだ、俺」


 主婦だ。殺し屋で主婦がここにいる。


「……アイちゃんって、まじか」


「黄、また怒られるよ」


「だってよ、アイって……だよな?」


「そうなんじゃない? 付き合い長くなるかもね……改めて、よろしく、雪ちゃん」


「お、よろしく?」


 突然、こそこそ話していた黄色と赤色は、改めて私と向き合った。

何がなんだか分からないけど、シンゴウキには顔を売っておいた方が良さそうだ。


 私は、殺されないように生きてゆくだけ。

そして、頃合いを見て、この兄弟と別れるだけ……でも、利用できるなら、したい。



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