乙女ゲームの悪役キャラに転生したので、メイン攻略対象をヤンデレに調教します。
乙女ゲームの悪役キャラに転生したので、メイン攻略対象をヤンデレに調教します。2
「――朱雀宮様!!食堂で、会長が転入生をっ!!」
(ついに来たね。転入生)
私は息せき切って私の元に駆け付けた生徒の報告に、笑みを深めた。
乙女ゲーム「鳥籠の虜囚」は、庶民の女の子が金持ち学園に入学して権力の濫用が蔓延る状況を改革しようとした結果、権力者達に愛されるという設定になっている。私はそんなゲームにおいて、学園追放がゲームのクリア条件になっている悪役キャラ、朱雀宮 鈴音に転生した。
会社の規模故に学園の頂点に君臨し、家から逆らえない攻略キャラの一人、生徒会長である玄武院 環に、陰で首輪をつけさせて犬の真似事をさせるという倒錯的な遊びを強いていた鈴音。
屈辱的な彼女の遊びと、家族に愛されない孤独から闇を抱えた環は、やがて救いだしてくれたヒロインに歪んだ執着を抱くようになる。
環が好きだった私は、そんな展開が気に食わず、その執着が私に向くように環を調教した。
私だけを見るように、私以外見ないように、そう仕向けた。
今日は、その成果が試される日だ。
食堂に入ると、中央に人垣ができてざわついていた。
しかし私の姿に気づくなり、みな脇に避けて道を作る。
まるで女王様だ。…自分の立場を考えるとあながちその呼称は間違っていないのだけど。
人垣の中央が見えた瞬間、思わず口端が吊り上った。
転入生の首元を掴みあげる環の姿と、それを必死に止めようとする生徒役員の姿が見えたからだ。
「――環」
生徒会役員の声には一切耳を貸さなかった環が、私の声に視線をこちらに向ける。
「何があったのか分からないけど、女の子に暴力はいけないよ」
「…止めるな、鈴音」
環は転入生の首元を締め付けながら、血走った目を向ける。
「こいつはお前をこの学園から追い出すと言いやがった!!お前が悪だと、そう抜かして!!」
環から出た言葉は、余りに予想通りの言葉だった。
「うん、私の為に怒ってくれたんだね。ありがとう」
環が転入生の言葉に揺さぶられなかった。まずはそれだけで成果は上々だ。
「だけど、そのままじゃ転入生、死んじゃうよ。私は環を殺人犯にしたくないな」
首を絞められている転入生の顔は土気色に変わっており、非常に苦しそうに口を開閉している。
転入生を邪魔物だと思っている私としては別に彼女の安否はどうでもいいが、環が殺人犯になるのはいやだ。
環は私の言葉に舌打ちを一つすると、転入生を放り投げて解放した。
床に落とされ咽かえる転入生を、周囲にいた役員が慌てて介抱しているが、そんなものは視界にいれず、私は環に近づいていく。
「――うん、環。いいこ」
「…なんだその、犬か子供のような扱いは」
よくぞ耐えたと環を抱きしめて、必死に背を伸ばしてその頭を撫でようとするが、環には私のその行動は不本意であるらしい。
しかし、手が届かない私の為に屈み込んでくれるあたり、内心満更でもないのではないか。心なしか、口元も緩んで見える。
環の漆黒の髪はさらさらと指ざわりが良く、撫でていて気持ちいい。
私が環の髪を撫でていると、環も私の髪を弄りだした。
優しい指先が、心地よい。
まるで毛繕いをしあっているかのようだ。なんだかおかしい。
しかし、そんな幸せな時間は、即座に壊された。
「っ会長を人前で狗扱いするのはやめなさい!!朱雀宮鈴音!!」
いつのまにか復活した転入生が、私を睨み付けて糾弾の声を上げていた。
狗扱い――その言葉に私は確信を覚える。
彼女は、転生者だ。
じゃなければ、ただ撫でるだけの行為を、そんな風に断罪するはずがない。
「狗扱いだと…」
実際、そんな風に指摘された環が低い怒りの声を上げる。
「自分でさっきそう言っていたじゃない」
「人からそんな風に言われるのは不本意だ。ましてや俺のことをよくもしらねぇ相手から、俺のことでお前を非難されるのは不快だ」
「わがままだねぇ」
くすくすと、思わず笑う。
――彼女は環のこと、よく知っているよ。だって転生者だもの。
そう思うが、もちろん口にしない。
それに彼女より私の方が環を熟知しているのは確かだ。だって5年は実際に傍にいたのだから。
それに転入生なんかよりも、深く深く環を愛しているのだから。
「――ねぇ、転入生」
私は環に向ける甘い言葉とは異なる、絶対零度の声で転入生に呼びかける。
「貴女は私を糾弾するけれど、先程私を学園から追い出すと言ったらしいけど、私が何をしたというのかしら?私は庶民の転入生が珍しいから一方的に貴方を知っていたけれど、それでも私と貴方は今日が初対面のはずだけど」
ゲームはとうに歪んでいる。転生者の貴方が知っているそれとは違う。
それでどうやって転入生は私を糾弾するのだろうか?
「だって貴方は、生徒会長を狗扱いして…」
「狗扱いなんかされてねぇ!!殺すぞ、糞アマ!!」
「環は黙っていて。…で、それで?」
「権力を濫用して、この学園を乱しているわ!!」
予想通りの解答。
転入生は何もわかっていない。
「私は何もしていない。でも周りが私を『朱雀宮』故に、特別扱いするの。それは、罪なのかしら?」
ゲームの朱雀宮鈴音は、様々な権力の乱用を行っていた。
だけど、環と二人の鳥籠を作り上げることに一生懸命だった私は、そんなことは行っていない。
せいぜい環を好きな余りに暴走し、私や環に迷惑をかけた生徒に、権力を使ってお灸を据えた程度だ。最終的にその生徒は転校してしまったが、それは朱雀宮家にこれ以上睨まれることを恐れた生徒の親の判断で、私自身は停学処分にさせたくらいのことしかしていないのだ。(私に付き纏う生徒には、環が薄暗い性格が悪い行為を色々していたようだが、私は見ていないことにしている。だって、私の為に暴走する環が愛おしいのだ。仕方ない)
別にそれは優しさからじゃない。転入生が現れた時に、付け込む隙を与えたくなかった故だ。
私は基本、環以外の人間がどうなろうと、どうでもいいのだ。
環だけが、大切。環だけが傍にいてくれればいい。
だからこそ、私は転入生が環を奪う要素を許さない。
私は何もしていない。だが、やはり「朱雀宮」の名前の持つ意味は大きかった。
私は「朱雀宮」故に、勝手に、祭りあげられ、特別扱いを受けている。それに伴い、朱雀宮家に次ぐ権力者達が、権力の濫用を行っている。私はそれを否定することもなく、与えられた特権を甘受している。
私が学園のカースト制度の頂点であり、その発端であるという意味では間違っていないのだ。
「――だけど、いいわ。存在することが罪だというならば、この学園から出て行ってあげても」
「鈴音!!」
私の言葉に、反論ができなった転入生は希望を見出したかのように目を輝かせ、環は怒りと悲痛が混ざった声を上げる。
泣きだしそうに歪んだ顔に、「皇帝」のあだ名にふさわしくないその顔に、愛おしさは増す。
抱き締めている体が震えているのが分かった。
「置いて行くのか」
「俺を捨てるのか」
その眼は私に、そう告げていた。
環が可愛い。愛おしい。ずっとそうだった。これからも、そうだ。
愛おしさに、限界はあるのだろうか。
環と過ごしていると、いつだって思っていた限界値はカンストしてしまう。
ばかだね、環。
私が環を手放すはずないじゃないか。
「だけど、その時は環を連れて行くわ」
「――え」
私は転入生に向かってうっそりと微笑んだ。
「貴女は私のいなくなった学園で、学園改革なり、他の権力者達に愛されるなり、なんなりすればいい。勝手にして頂戴。興味がないわ。…だけど、環は連れて行く。貴方になんか渡しはしない」
そう言って、私は転入生から環に視線を戻し、その頬をそっと両手で挟み込む。
「…ねぇ、環は嫌かな?」
返ってくる言葉は確信している。
だけど、どうしても不安が僅かに滲む。
「環は私と一緒に転校するのは、嫌?私と一緒に行くよりも、この学園でずっと生徒会長を続けていたい?」
「――嫌なわけ、ねぇだろ」
望む答えを口にしながら、環は私を強く抱きしめた。
「何処だっていってやるよっ…鈴音、お前がいるなら。お前の隣にいられるなら」
予想通りの解答。
それなのに、泣きたくなる。
幸せすぎて、泣きたくなる。
「良かった。……ねぇ分かったでしょう。転入生」
環の背中に手を回しながら、私は嘲笑う。
「環は私のものだよ…もし、貴方が環を奪おうとするなら、私は全力で貴方を排除する。それだけは覚えておいて」
静まり返る食堂。
環は暫くして私から体を離すと、話はこれで終わりだとばかりに、環は私の手を引いて、速足で食堂を後にしようとする。私もすぐに足を進める。
早く、環と二人きりになりたかった。
食堂を去ろうとする私たちの背中に、我に返った転入生の叫び声が聞こえて来た。
「っ生徒会長!!貴方は、その女に洗脳されているだけなのよ!!まるで自分が狗か何かのように!!それは本当の愛なんかじゃないわ!!」
その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。
「私が、貴方をその女から解放してあげる!!救ってあげるわ!!」
「――誰が、救いなんか求めた」
隣の環からあがった声は、今まで聞いたことが無いほど、冷たいものだった。
「狗扱いだと、非難したければ、すればいい。洗脳だとほざきたければ、ほざけばいい。だけど俺は、幸せだ。鈴音の傍にいることが、幸せだ。例えそれが間違っていることだとしても、救いなんか求めてやしねぇよ」
環は転入生を一瞥もすることもなくそう言い切ると、速足で食堂を後にした。
「…んっ」
食堂を出て、環の部屋に入るなり、ベッドに押し倒されて荒々しく口づけをされた。
環が心の底から私を求めていてくれることが分かる。
嬉しい。
だけど
「っ環…」
だけど、その前に確かめたいことがあった。
「環、私が、私が本当に環を洗脳していたとしたら、どうする…?」
転入生が告げた言葉は、間違っていない。
「私が環の執着を私に向けたくて、そうなるように仕向けていたのが真実だとしたら、どうする?」
私がしたことは、けして正しい行為ではない。唾棄すべき、汚い行為だと分かっている。
それでも、私は環が欲しかった。
私だけを見てくれる環が、欲しかった。
環はそんな私を軽蔑するだろうか。
「…いっただろう。それでも俺は幸福だと」
環は思わず視線を逸らした私の顎を手に取り自分の方に向けると、心底愛おしげに微笑んだ。
「例え洗脳だろうと、なんだろうと構わねぇ。俺は、ずっと飢えていた。欲しがっていた。俺だけに向けられる愛情に、焦がれていた。鈴音。どんな思惑だろうが、それを与えてくれたのは、お前だ」
環の言葉に、目から涙が零れ落ちた。
「愛している。これが愛と違うというなら、それでも構いやしねぇ。どっちにしろ俺はお前から離れられないのだから。例えこれが堕ちることだとしても、俺は幸せだ。お前と共に、地獄へだって落ちてやるさ――愛している。鈴音。愛しているんだ」
転入生がくるのが、不安だった。
だけど、同時に楽しみだった。
転入生が来ても、環が変わらなければ、
環が私の真実を知っても尚、愛していると言ってくれたなら
「私も、私も愛しているよ、環…」
その時は、環は完全に私のものだ。
永遠に私だけのものだ。
そして、私は賭けに勝った。
鳥籠は、完成した。
外からも中からも、けして壊せない、強固な鳥籠が。
二人だけの、二人だけが生きられる鳥籠が。
「ねぇ…環」
睦言の合間に、私は環の喉仏を指で撫で上げる。
「ここに…首輪を嵌めようか。私の名前を彫った皮の首輪を」
色は、黒がいい。
きっと、環に似合う。
「いいぜ…その代わり、お前も嵌めろよ」
そういって環は私の首筋を舐めた。
快感に思わず小さく声を上げて体を震わす私に、環は小さく笑う。
「色は赤がいいな…俺の名を彫った、揃いの首輪。…今度特注するか」
鳥籠の中で、私たちは生きていく。
見ている世界は狭いのだと、鳥籠から出れば見たことが無い世界があるんだと、そう指摘する人がいても放っておいてほしい。
その人は知らないのだから。
鳥籠の中で得られる幸福が、どれほど素晴らしいものか、知らないのだから。