お嬢様は今日も退屈。
ファンタジーです。
誰も寄り付かない死の森。強大な魔獣蔓延る魔界の一つ。その森の中にある小高い丘に、荘厳な城が威風堂々と聳え立っていた。
そこに住まうのは、数々の死人、怨霊、吸血鬼など、夜の魔物達を従える、【空虚の姫君】ベルフレア・ナイトメア。
彼女は今日も、退屈そうに、夢を見る。
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「なんて冒頭はどうかしらね?」
人差し指を唇に付け、ベルは誰もいない部屋で呟いた。それは本来なら虚空に消え、誰も返事など返さないはずだが、この城に限っては有り得ない。
「お嬢様、なんのお話でしょう?」
半ば呆れたような声色で、ぬるりとベルの影から現れたのは、月夜の湖のような青髪に、血よりも赤い目をした長身痩躯の美青年だ。
「もちろん、私達のよ。当然でしょ、ヴァンパイアロード? まあ、事実を述べたたげなのだけど、冒頭としては無難で妥当でしょう? それと、紅茶とお菓子を用意してくれる? そうねぇ、メリルのセカンドとハーブのクッキーがいいわ」
ベルの言葉に頷くと、彼はバラバラと無数の蝙蝠になって部屋から出て行った。
「あの人、普通に移動出来ないのかしら?」
ベルが暇潰しがてらに椅子に背を預けて、パラパラと本をめくっていると、部屋の外から呻き声が聞こえてきた。
「べるー、べるー。なんか食べ物ないー? お腹すいたおー? べるの肌は美味しそうだおー? ペロペロしたいおー」
部屋に入ってきたと思ったら、いきなり狂ったこと言われたので、
「うるさいわ、ゾンビマスター。死ね。……って死んでるわね」
と頭を殴り飛ばしておいた。
ゾンビマスターの体が飛んでいってしまった頭を慌てて追いかけている。
「おー、何するおー。あと、死んでないおー。おー、おー、べるー、べるー、待ってー」
慌てるそれがなんだか愛いので魔法で頭を操って掴めないようにしてみた。
「目が回るおー、やーめーてー」
とか言っているのがなお愛い。あと楽しい。
「お嬢様、お持ちいたしました」
とヴァンパイアロードも戻ってきたため、ベルはゾンビマスターに頭を返して、にこりと綺麗に笑った。
「さあ、アフタヌーンティーの時間よ? 二人も一緒にしましょう?」
ヴァンパイアロードは三人分の紅茶を淹れ、ゾンビマスターは嬉しそうに席についた。
「しかしまた何故、物語の冒頭をお考えに?」
主が唐突なのはいつものこととは言え、ヴァンパイアロードは疑問を口にする。
「うーん、なんとなくかしらね。たまにはそういうのもいいかなって」
つまりただの暇潰しらしい。他人の迷惑にならないことを信条とする彼女は、常に倣い一人で完結するものを考えたらしい。
「たまには私達にも我が儘を仰ってください。貴女のためにならばなんでもいたしましょう」
ヴァンパイアロードは至極真面目な顔で言うが、ベルは苦笑を返す。
「貴方達に任せると大変なことになるから遠慮するわ。この間なんて森の一角を不毛地帯に変えたでしょう? しかも大きな縦洞窟付きで」
森妖精に頼んで木々を植えてもらい、縦洞窟は龍達の巣になったようだから、悪いことばかりではないにしろ、迷惑は掛かってしまった。そうだ、甘味好きな森妖精達にはとびきりのスイーツを作って持っていってあげよう。少しは退屈が紛れる。
「それと、実は退屈も嫌いじゃないの。森を散策するのも、森のコ達と会話するのも好きだしね。そもそも私が退屈だということは、森が平和だってこと。それでいいじゃない」
それに、退屈にならないようにいろいろ考えること自体が楽しい。とそう言ってベルは紅茶を一口飲んだ。暇潰しに料理なども覚えたベルだが、それでもヴァンパイアロードの淹れる紅茶を越えるものを飲んだことがない。
「それと、貴方達。別にこの城にいなくたっていいのよ? それぞれ種族の王なわけだし。ここには人間の女性や人間の男性だっているのだから」
彼女達は時々通る違法の奴隷商から保護した人間達だ。人間の王との協定で法を犯した者達が、この森を通ったならば襲って構わないことになっている。その中から身寄りのない彼等はだけ引き取って働いてもらっている。もちろん、人間の基準で正当な報酬、権利を与えて。それもまた、ベルの退屈しのぎの一つだ。彼女達の話も興味深く、仕事の合間に聞いたりしている。
「僕はべるが好きだからここにいるおー」
「私もそうです」
なんて二人に言われてしまうと、ベルは顔を赤くして微笑むほかなかった。
「ありがとう、二人とも。これからもよろしくね」
そしてまた今日も彼女の愉快な退屈が始まる。
ゾンビマスターが愛いのです。ロードさんはヘタレイケメンです。ベル様は何百年経っても可愛らしい美お嬢様です。