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男運のありすぎる彼女と私達のままならない関係


 彼女、愛生(あいおい) 花恋(かれん)は恋多き乙女だ。儚げで繊細な深窓のお嬢様なんて表現がバッチリはまる花恋と出会ったのは中学一年の頃だ。当時の彼女もただただ恋をしていた。


 当時のお相手はサッカー部に所属するなかなかにイケメンな爽やかなスポーツマン。少しばかりお調子者のきらいはあるものの、誰にでも優しい人気者だった。まあ、彼女はきちんと仲良くなる段階を踏んだのち告白してバッサリ振られたのだけれど。


 失恋に私の前だけで静かに泣いた彼女は、

「ああ、彼にも大切な方がいらっしゃったのです。わたくしには彼を振り向かせることが出来ませんでしたわ。初恋が実らないとは本当のことだったのですね」

なんてどこか清々しい顔をして泣いていた。


 次の恋はいつも図書館で本を読んでいる、大人しい男の子だった。彼女自身、本が好きで話をしているうちに恋に落ちたようだった。だけれど、また失恋に終わる。

彼女が想いを伝えれば、彼には好きな女の子がいたらしい。


 その次も、その次も、彼女は懲りもせず恋をしていた。何度も何度も。何度も振られたのに。そのたびに泣いて、でも嬉しそうにして。それがどうしてなのか、そんなに辛いのなら、恋なんてしなければいいと、私は尋ねたことがある。

「わたくしが恋をするように、皆様も恋をしていらっしゃったのです。大切な方がいたのです。それはとても素晴らしいことなのです。悲しくとも、苦しくとも、命短し恋せよ乙女。恋という感情を止めることはできませんもの」

 なんて、私にはよくわからないことを言っていた。


 私にはわからなかった。儚げで繊細な、美しくて可愛い彼女がどうして振られなくてはならないのかも、彼女を振った男子達の気持ちも。性格も容姿もよく、料理や掃除もそつなくこなす彼女と、一度付き合ってみればいいんだ。そうすれば彼女の魅力に気付いて、花恋を振ったりだなんてしないんだ。

「これでも、男運というものには恵まれているんですの」

 とか、わけのわからないことを言った彼女に、私は呆れながら頭を撫でてあげた。


 そんな彼女とももう四年の付き合いになる。彼女が言っていた男運に恵まれているという言葉の意味はわかってきた。わかってきてしまった。


 彼女に告白された男子達は総じて付き合った女の子を大事にしていて、別れたりしたという話を聞いたことがない。少なくとも、私の知る限り。ついでにいうなら彼女は十人ほどに告白しているが、彼女を貶めるような噂は立たない。悪い噂のほうが立ちやすい女子のなかでも、むしろ彼女に告白された男子と付き合うことが出来れば幸せになれるだなんて言われている。ただし、花恋が誰に恋をして、誰に告白したなんて情報は殆んど出回らない。知っているのは、彼女に告白された男子本人と、私くらいだ。ああ、彼女には男を見る目と男運がありすぎて、逆に振られまくっているわけだ。なんて理不尽だ。


 そんな花恋はまた恋をした。懲りずに。ありすぎる男運は、彼女には微笑んだりしないのに。

「ああ、恋しいのです。どうしましょう、どうしましょう。やはり殿方は胃袋から掴んだほうがよろしいのでしょうか? お菓子など作っていったら引かれてしまうのでしょうか?」

 はにかんで真剣に悩む彼女は可愛くて、それを隠して私は溜め息混じりに呆れて言う。

「引いたりしたらそれまででしょーが。花恋のペースでやればいいんじゃねーの? 気にすることはねー。好きにやんなよ」

 あくまでどうでもいいように聞こえただろうか。そうならば成功だ。花恋は私の言葉の裏とか勘繰ったりしない。それに少し罪悪感を感じるけれど、無理矢理押し込める。私は花恋の恋を応援する資格も、否定する権利も無い。だから、中立。どうでもいい。彼女の恋が実っても、実らなくても。どうでもいい。私にはどうすることもできない。


 だって言えるわけないじゃないか──────



 泡沫(うたかた) 素直(すなお)は有名だ。それを聞いたとき、少しだけ興味が湧いた。あまり表立つことが無いのにも関わらず、その名前を知らない人間は少ない。まあ、恋姫とかって呼ばれる愛生のいつもいることもそれを手伝っているとは思うんだが、それにしても有名過ぎた。

「素直は美しいのです。それに男前で優しいのです。よく誰かの手伝いをしているのです。ほら、今も」

 そう言った愛生の視線の先には無愛想で不機嫌そうな顔した泡沫がクラスの女子から重そうな提出物を奪っていた。

「いーから寄越しなよ。重いだろーが。誰が持ってっても変わんねーだろ。あ、でも案内はしてくれよ。場所わかんねーから」

 なんて言っているのが聞こえる。となりで愛生がクスクスと笑う。そんな仕草さえ絵になるからビビる。料理もうまい。なんだこの人死角はないのか。

「愛生が言うならそうなんだろうよ。それにあの光景は良く見る。初めのころは怖がられたりしてたみたいだが、今はそうでもないな」

 本人はそんなお人好しじゃないと、否定していたが、俺からしたら十分お人好しだ。

「素直は素直じゃないのです。そんなところも可愛いのです」

「あれを可愛いと言うやつは珍しいだろうな」

 例えば愛生や、俺とか。言わないが。

「素直じゃないですから」

「そうだな」

 微笑んだ愛生は、それでは、と頭を下げてから泡沫のほうへ小走りに近付いていった。それに気付いた泡沫は俺を一瞥してから、苦虫を噛み潰したような表情をして教室から出ていった。

 ずいぶん嫌われたもんだ。何をしたわけでもない。普通に話す分にはなんの問題ない。むしろさばさばとして、知識も豊富、ユーモアもあって話しやすい。ただ、愛生と俺が絡むとああなる。さすが、恋姫を護る騎士様だ。少し過保護過ぎるきらいはあるが。きっと俺のことなど、恋姫に付きまとう悪い虫くらいにしか思っていない。


 だから、言えるわけがない────



 いつも不思議なことがあるのです。素直はいつもわたくしの恋を優しく後押してくれるのに、彼女の恋話を聞いたことがないのです、少なくともわたくしは。それが少し寂しくもあり、悲しくもあるのです。

「素直は恋をしないのですか?」

 わたくしがそう聞くと、彼女は決まって言うのです。

「恋の話なんて花恋のだけで十分お腹いっぱいだろーが。つーか。自分の心配しなよ、連敗姫」

 むむ、それは仕方のないことなのです。わたくしが恋した殿方は皆様、恋した方がいたのですから。彼らも彼女らもとても今、幸せそうなので、わたくしはそれでいいと思うのです。

「花恋がそれでいーんならそれでいーんだ。私はあんたが幸せなら、それでいい。あんたが私のこと心配することはねーよ」

 苦く笑う素直はなんだか寂しそうに見えたのですが、それが何故なのか、わたくしにはわかりませんでした。


 いつだったか、彼女は心底不思議そうに聞かれたことがありました。

「あんただったら選びたい放題でしょーに。どうしてそんなに拘るんだ?」

 わたくしからしたら、なぜそんことを聞くのかと思うのですが、でも答えるなら。

「恋は、選ぶのではなく、落ちるのです。そして恋をしたのなら、その方以外に考えられないのです。……わたくしは、おかしいのでしょうか?」

「いや、純粋な疑問だ。そんな意味で言ったんじゃねー。その考え方は花恋らしくていい」

 そう言って微笑む彼女はその名の通り素直で可愛かったのです。


 そして今、わたくしは不入(いりず) (かなめ)さんに恋をしているのです。きっかけはありきたりで些細なことでした。同じクラスになり話しているうちに恋に落ちたのです。

「どうした?」

「なんでもないですわ」

 ぼんやりと首を傾げる彼は、なんだか可愛らしく見えてしまいました。ああ、恋は盲目とはよく言ったものですね。

「しかし、愛生と泡沫は仲がいいな。いつも一緒にいる」

 それはそうでしょう。かれこれ四年は一緒にいます。お互い、小さな仕草で何を考えているかなんとなくわかるくらいです。

「大切な親友ですもの、今までもこれからも。でも、彼女。わたくしの話は聞いてくれるのですけれど、自分の話はしてくれませんの」

 わたくしが頼りないと言われればそれまでなのでしょう。でも少しくらい話してくれてもいいと思います。いつか彼女とも恋の話が出来れば楽しいと思うのはわたくしのわがままなのでしょうか?

「泡沫にも言いたくないことくらい、言えないことくらいあるのだろうよ。愛生にもあるだろう?」

 そうなのでしょうか? でも確かにわたくしにもありますし、それは普通のことです。

「あなたにもあるのですか?」

 何気なしに聞いた疑問を、わたくしは後悔することになりました。

「……そうだな、ある。誰にも言えない。口にしちゃいけない」

 そうやってわたくし達から離れたところでクラスメイトと話す素直を眺める要さんの、視線の意味を知っていたのです。他の誰でもないわたくしが、一番。

「……っ!」

「愛生?」

「少し失礼しますっ」

 要さんの顔も見れず、わたくしは教室から逃げるように出ました。


 あれはまるで。そう、まるで。いつか泣き腫らしたあと鏡で見たような。

 気付いてしまった。気付きたくなかった。わたくしは男運がありすぎるのです。でもこんなことって。


 わたくしは、素直に幸せになってほしいのです。わたくしなどの幸せを願ってくれる素直に。

 素直はとても魅力的な女の子です。さばさばとして面倒見の良い、優しく無愛想な可愛い可愛い彼女。わたくしの恋を後押ししてくれる大好きな親友。わたくしもいつかそうすることが出来ればいいと思っていたのです。彼女が落ちた恋をいつか、いつか。要さんならば、素直を絶対に幸せにしてくれる。それはわかっています。


 ああ、言えないのです。言えるわけないのです────



────君が好き。そんなことさえ。



彼女達の選択がどんなものでも、いつか、笑っていられるのなら、ハッピーエンドでいいと思います。

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