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悪役令嬢の茶番劇。

ファンタジーです。

夜宵が悪役令嬢ものを書くとどうなる?


 魔術学園の談話室にて見目麗しい男性が五人、彼女、アイリス・ウォルナントの目の前に立ちはだかり、その回りには野次馬達が彼らを囲むように集まっている。逃げ場は無い。それでも彼女は凛とした姿勢を崩さず、なお堂々と前を向いている。

「何か弁明はあるか?」

 彼らの中心に立つ一人がアイリスを睨み付け重々しく告げた。普通の人間なら声を聞いただけでも怯えてしまうよな冷たさと怒気を孕んだそれを、やはり凛と彼女は受け止める。

 たとえそれが、婚約者である、クロード・ロスティ・アルヴガルドからの批難の声だとしても、彼らから目を逸らさずに立つ彼女は、表情を変えずに言葉を返した。

「何に対して弁明せよと言うのですか? 貴方達が仰った、わたくしには身に覚えの無い罪にですか? だとするなら、無意味だと思いませんか? 貴方達はわたくしを信用も信頼もしていないのでしょう? そんな女が何を言ったところで、貴方達は信じられないでしょう」

 そう告げた声は端から聞けば堂々としたものだったが、アイリスをよく知る人間が聞けば、微かに震えていることがわかる。だが、そんなことにさえ、目の前の婚約者は気付きもしなかった。

 だが、彼女を助けようとする者は現れない。彼女がそれを望んでいない。やれるだけのことはやった。誰もやりたがらない、やることができない。彼女にしか出来ない。その結果がこれならば、救われない。大半が彼女を蔑み睨む野次馬のどこからから、啜り泣く音が聞こえた気がした。それだけで彼女がそこに立つ勇気になる。

 ───まだ、わたくしを、こんなわたくしを慕ってくれるかたがいるならば、こんな下らない茶番劇も悪くはない。

 アイリスは内心でそう嘯き、背筋に力を込める。油断すれば崩れ落ちて、泣き出してしまいそうな弱い自分を叱咤して、ひたすら彼らから目を逸らさない。


 さきほど彼女に弁明を求めたクロードはこの国でもっとも権力を持つ一族、簡単に言うなら王族で、その第二継承権を持っていた。幼い頃、彼の婚約者に選ばれた彼女は、それは政略結婚であり、恋愛感情こそなかったが、この国における男女の成人、十八歳と十六を歳を迎える今年になるまでの長い付き合いの中で、彼の人間らしさや優しさを知り、尊敬している。それは彼女の周囲の人間から、彼に裏切られたと言われる今でさえ変わらない。

 彼は彼の、彼女は彼女の信じる正義を持ってこの場にいる。だからこそ相容れない。許容出来ない。それは彼の回りに集う男性達にも言えることだ。

 彼らは王族でこそ無いものの、この国有数の権力者の御子息達だ。よくここまで揃えたものだと逆に感心したくなるほど、彼らは一人の女性に夢中になっている。

 この場には居ないが、彼らの意中の相手であるリリィ・ガーデンズはとても可愛らしく、あまりに努力家で、それでいて素直な女性で、庶民の出にも関わらずその才能を以てこの学園で彼女を認めないものは少ない。

 彼らが彼女に興味を持ち、惹かれるのも無理は無い。アイリス達貴族の令嬢には無い感性を彼女は持っているし、彼らの隣に立つに相応しい能力も兼ね揃えている。

 けれど、頭ではそう理解していても、感情が納得してくれなかった人間もいる。それが彼らの婚約者達だ。彼女達も彼らとともに生きるべく、幼い頃より努力しちおり、純粋に彼らを慕っている娘もいた。

 彼女達を納得させるにはこうするしかなかった。


 だからこそ、アイリスが、すべてを背負いここにいる。


 彼女自身、権力者の令嬢であり、自己中心的だと罵られ、嫉妬に狂っていると謗られても、彼女の矜持と意思を以て、この舞台を誰に譲る気もなかった。

 ──さあ、踊りましょう、アルヴガルド様。貴方は社交パーティーでは終に踊ってくれませんでしたけれど、わたくし最後のダンスですのよ。今日は踊ってくれますわよね?

 もう何度目かも判らない戯れ言を内心で呟き、自ら()んだ悪役(・・)を精一杯演じる。

「身に覚えがないだと? シラを切るな。証拠もある。貴様がリリィを辱しめていたことの証拠がな」

 そうしてクロードが投げたのは、アイリスがこの日のために用意した(でっち上げた)証拠だ。そのことに僅かに失望を覚えた。彼らならそれが偽造であると気付いてくれるだろうと、未だに救いを求めていた自分に。

「……ふふっ」

 そのことに思わず笑ってしまい、それすら利用し、降りるための舞台を築く。

「何がおかしい」

「何もかもですわ。彼女には足りないものが多すぎるのです。貴方達の隣に立つ資格も覚悟も教養も理由も。だから、わたくしが教えて差し上げたのです。彼女の身の程を」

 そこには嘘は無い。彼らの婚約者を納得させるには、リリィがそれだけの努力をする必要があった。この国の王族や有力貴族に見合うだけのそれらが必須だった。そしてリリィは見事それを成し遂げた。今や彼女は誰が見てもどこに出しても恥の無い立派な淑女になり、それでいて彼女らしさは失われていない。悪役を被ってまで成し遂げたアイリスの偉業だ。

「認めたな」

「ええ、認めますわ」

 後は彼女が舞台を降りるだけ。

「……貴様には失望した。貴様との婚約を破棄する。そして罰は後日通達する。」

「どうぞ。貴方様の望むままに」

 ズキリと鈍い胸の痛みを無視し、アイリスは踵を返した。

 ──まだ終わっていないわ。泣くのなら後でも出来る。だから、動いて。

 回りからこそ優雅に見える歩みは、アイリスにとって永遠に近かった。自室まで無限に距離があるような気さえした。今すぐ崩れてしまいたかった。大声で泣き叫びたかった。みっともなく誰かにすがり付いてしまいたかった。けれど、そんなことは出来ない。すべてが無意味になってしまうから。茶番劇の終幕はすぐそこ。ここから自室までの数十メートル。

「お待ちください!!」

 それを防いだのは、他でもないリリィであり、それに一番驚き焦ったのはアイリスだ。

「……なぜ、貴女がここに……」

 自分の声が嫌に遠く掠れている。彼女がここにいるわけがなかった。何故なら彼女は新しい魔術式の理論と構築の功績が称えられ、王に爵位を頂く儀式の為に学園を離れていたはずなのだから。だからこそこの舞台が成り立っているのだから。クロード達は心優しい彼女を傷付けないために、アイリスはそんな彼らの心情を利用していたのに。

「ウォルナント様、申し訳ありませんでした。すべての責は私にあります」

 リリィはアイリスの前に跪き、深く頭を下げた。

「……っ! 貴女は何をしているのですか! 爵位を賜ったのでしょう!? わたくしに頭を下げる意味が判らない貴女ではないでしょう!?」

 アイリスはリリィの謝罪に思わず声を荒げる。爵位を賜ったとて、上位に位置するのはアイリスであり、下位にいるリリィが謝罪するということは、それを受け入れてもらうためにどんな要求も贖罪として受けるということだ。極論、この場で首を跳ねられても誰も何も言えない。すべてをアイリスに委ねたのだ。それだけの重みが貴族の謝罪にはある。事実、リリィはいつ首を切られても良いように頭を上げず、首を差し出している。

「リリィ! 何をしている!」

 唖然としていたクロード達も漸く状況を理解出来たのか、慌てながらリリィに近付いていくが、それを止めたのもリリィだった。

「意味なら理解しています! 爵位を賜った今でこそ意味があるのです! これは許しを乞うためではありません。私は貴女を、私なんかのために悪を演じる貴女を、心から尊敬し、お慕いしております。そんな貴女に私は誠実でありたいのです。どんな罰も受け入れます。この場で首を跳ねて頂いて構いません。私は貴女の人生を狂わせてしまったのです。私の首などでは足りないのもわかっています。ですが、どうか。どうか」

 言葉に嘘が無いことに、その悲痛なまでの覚悟に、その場にいたすべての人間が言葉を無くした。沈黙を破ったのはアイリスだ。

「どう……して……」

 絞り出したであろうそれは先ほどまでの凛とした声には程遠く、今にも泣き出してしまいそうな年相応の少女そのものだった。

「……ウェルナント様が、私を庇ってくれたから、貴族に名を連ねる覚悟を教えてくれたから、恥をかかないための立ち振舞いを授けてくれたから、今の私がここにいられるのです。貴女は私を救ってくれた。今度は私が命を掛けて貴女を救うのです」

 アイリスはとうとう耐えきれずその場に崩れ落ちて涙を流した。

「ああ、頭をあげて。……どうして、どうして、貴女が気付いてしまうのです。誰も気付いてくれなかったのに。誰もかえりみてくれなかったのに」

「気付かないわけありません。貴女が教えてくれたんです。貴族は何より醜聞を気にするのだと。なのに貴女はそれでも私を叱り、嗜めてくれた。わざとらしく悪役になんて徹して」

「どうして私を嫌ってくれないのです。突き放してくれないのです。救いなどもういらないのに」

「そんな貴女だから、私は貴女をお慕いしているのです。貴女は誰かを救うために自分が傷付くのも厭わないほど優しいから」

 リリィは涙を流すアイリスをそっと抱き締めた。

「ウェルナント様、ありがとうございます。本当は謝罪よりも先に感謝を伝えたかった。けれどこんなことになってしまったのは私のせいだから。私がアルヴガルド様を好きにならなければ、あの方がたに守ってもらわなくてもいいくらい強ければ貴女はこんなに追い詰められなくてもよかったから」

 リリィのその細い腕は震えていたが、それ以上にアイリスは震えていた。この華奢で美しい女性にどれ程の重責がのし掛かっていたのだろう。誰も信じられる味方もおらず、それでも立ち向かうのにどれだけの勇気が必要だったのだろう。

 リリィには想像もできなかった。想像することすら彼女に対する侮辱な気がした。

「ああ、ふっ……、ぐすっ、……ふにゃあぁ、にゃあぁぁぁ……」

 リリィに出来るのはせめて、泣き崩れる彼女が泣き止むまで、罰を受けるその時まで、彼女に寄り添い、抱き締めることだけだった。



「……ぐすっ。……一生涯の恥ですわ」

 彼女が泣き止んだのは、群がる野次馬を一掃し、談話室の端にあるソファに彼女を座らせてから二時間が経とうとした頃だった。泣き止みはしたものの、彼女は未だ鼻を啜っていて、普段の凛と美しく完璧な淑女からは想像も付かない姿だった。そして顔を見せたくないのか、リリィの肩に顔を埋めている。

「……結局、どーゆーことなの?」

 居たたまれない気持ちになりながら、ことの発端を担う彼らの中の一人が、顔をしかめながら訊ねる。

「なぜ庇うんですか。彼女は貴女を辱しめたんですよ?」

「そォだよなァ。実際、ことも起きてンだし」

「………………うん」

 それに便乗して他の男も口を挟んだが、リリィが本気で怒りを携えて睨むと息が詰まったように押し黙った。

「全部、ウェルナント様の演技です。貴方達や貴方達の婚約者を救うために、一人で悪役を買って出たウェルナント様の、自分だけが負けて退場して汚名を着飾るための一人舞台」

 リリィの言葉に何もかも気付かれていたのだとアイリスはビクリと肩を震わせた。

「……私達はアイリスにまんまと踊らされていたと言うのか」

 苦虫を噛み潰したようにクロードが呟けば、リリィは溜め息を吐いた。男達は思わず姿勢を正す。

「むしろ私でも気付いたのにアルヴガルド様達が気付かないなんて思いもしませんでした。私は怒ってるんですよ? まさか私がいないこのタイミングでこんなことしでかすなんて思ってもみませんでした。級友から伝達術式(テレパス)で連絡が来たときは絶望しました。爵位を賜ったあと、すぐに王城を出て転移(テレポート)して。間に合ったからよかったですけど、間に合わなかったら私、後悔と恥で生きてけないです」

 それが軽口だと誰も笑えなかった。どころかリリィは今もアイリスが望めば死ぬつもりである。命の恩人を辱しめてまで生き恥を晒す気は彼女にない。それもアイリスから受けた教育の賜物である。

 アイリスの誤算は、リリィがアイリスが思っていた以上に素直で努力家で、なおかつ聡明であり、なによりアイリスを慕っていたことだ。

「……貴女の謝罪を受け入れます。だからもう死のうとしないで。わたくしの行ってきたことを無意味にしないで」

 そのことにやっと気付いたアイリスは、ぼんやりとする頭でリリィを許した。

「……ありがとうございます、ウェルナント様」

「……どうか、名で呼んでいただけませんか? わたくしも貴女を名でお呼びしてもよろしいですか?」

「……貴女が望むままに、アイリス様」

「…………救ってくれてありがとう、リリィ様」

 それだけ言うと、アイリスは泣き疲れたのか、ふっと眠ってしまった。その寝顔は涙の跡で真っ赤になってしまっていたが、どこか穏やかだった。



 余談だが、

「なぁ、リリィ」

「どうなされました、アルヴガルド様?」

「……何故、名で呼んでくれないのだ?」

「さて、どうしてでしょうね、アルヴガルド様(・・・・・・・)

 この会話のあと数週間、リリィはクロードと一言さえ言葉を交わすことはなく、数ヶ月もの間、名を呼ぶことがなかった。



 そしてこの事件のあと、アイリスとリリィは親友となり、アイリスは同列の貴族と甘い大恋愛の後、結婚し幸せに暮らし、王妃となったリリィを陰ながら支えると共に、近代魔術式に大革命をもたらすことになるのはまた別の話。

 


こうなる。


読んでくれてありがとうございます。

主人公の名前を変えました。読み返してたら同じ名前のヒロインいるやん。全然気付かんとか、ちょ、おま。

以下蛇足。


舞台は乙女ゲーム系魔術学園。攻略対象者は空気。詳しい設定も無し。

クロードさんとリリィさんは両想いです。アイリスさんに恋愛感情はないので二人をくっつけようと頑張ってたら、なんか回りの令嬢達の不満が爆発しそうだったのでいろいろ画策して捻れた結果、悪役になっていたようです。

ちなみに他の攻略対象者は婚約者とくっついたりこっぴどくフラれたりしてます。


ちなみに乙女ゲーム系ですが、転生者とかいません。乙女ゲーム悪役転生ものにハマって便乗した結果がこれだよ。


なんつーか、悪役しかいないな、これ。クロードさん、リリィさんにもアイリスさんにも頭上がんないんだろーなぁ。ざまぁ。


ちなみに菖蒲(アイリス)の花言葉は「愛・消息・あなたを愛す・優しい心・あなたを大切にします・私は賭けてみる・伝言・優雅・恋のメッセージ・恋のメロディ・使者・よろしくお伝えを・吉報・変わりやすい・やわらかな知性・雄弁・軽快」

百合(リリィ)の花言葉は「純粋」「無垢」「威厳」

図らずとも彼女達の性格もそんな感じ。


一部、主人公の名前が以前のままになっていたので直しました。ご迷惑おかけしました。

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