Vol.40 終局‐2
「それでもううきうき気分で厨房へ行ったんです。俺料理はあまりした事が無かったんですけど,旅館の人に『上手じゃないの!』って言われて……!考えてみれば,あの時が俺の頂点だったのかもしれないな……」
独り言のようにつぶやく西崎に,畑部が訊ねる。
「その『料理』って何だったんですか?」
西崎は強く低い,恨みを込めた厚い声で答えた。
「すき焼き……」
一瞬僕の脳裏を卵掛け御飯がよぎって行った。
「調理の一切を任された俺は,とにかくがむしゃらにやった。俺の,魂と熱意のこもったすき焼き鍋……。それをお前はぁ〜!!」
その瞬間,僕の記憶と西崎の記憶とが完全に一致した。
2003年5月下旬。南高へ入学する事となる半年以上も前の事。修学旅行中京都の旅館に宿泊した我が中学校同学年の生徒達。その中の1日目だっただろうか,夕食にすき焼きが出た事があった。しかし肉・魚の苦手な僕はそれを拒み,すき焼き肉にかける生卵を御飯へ。石鍋を囲んですき焼きをおいしそうに食べる友達を尻目に,僕は卵掛け御飯とおかずのたくあんとを交互に細々と食べていた。
――まさか!?――
僕の直感は的中した。西崎がその話をすると,それまで黙って話を聴いていた皆が一斉に西崎を非難した。
「たったそれだけの事かよ〜!」
西原。
「どうしてポンがすき焼きを食べなかった事が判ったんですか?」
長田。
「そんな事で私達まで巻き添えになるなんて信じらんない!」
柿沼。
「………」
西崎はしおれた。その後,西崎はしばらく口を開かなかった。長田の疑問も晴れず……。
「皆,戻るぞ!」
ゆったりと時が流れ,少しして織部が言うと,いつの間に暑さでへたり込んでいた皆がのっそりと立ち上がった。西崎は乗って来たバイクに乗って,僕達は携帯でタクシーを呼び,タクシーに乗って,再び福川の落合橋へと戻って行く。そして織部の車に乗り換え,後ろに西崎のバイクを従えて,羽生南高校へ。時間はそれ程かからなかった。
14時36分。南高へ到着。
「着いたぞ」
織部がそう言って車のドアロックを解除したが,皆暑さを嫌って外へ出たがろうとしない。織部はカーエアコンを切り,捕虜状態となった西崎に協力を要請,嫌がる生徒達を無理矢理外へ追い出して行った。