Vol.32 午後‐3
「こんなの落ちてたんだけど」
西原が言った。その手の上には小さくかわいらしい男の子の人形が乗っている。
「何だろう……?」
僕はその人形を眺めた。どこにでもあるような普通の人形だ。
「あれッ?これ何?」
春川は人形の腹を指差した。見ると,その部分には服のボタンが3つはめられていて,その中の一番下のボタンが少し大き目に造られている。
「ここなんか押してみたりして」
僕は一番下のボタンを押してみた。すると,人形の中から歯車の回る鈍い音がして,人形がぎこちない動作で動き出した。僕は驚き,思わず人形を手放してしまった。
「あ〜あ」
その瞬間,皆の声が一気に溜め息へと変わった。歯車の音が止まってしまったのだ。その事をしゃがみ込んで確かめた僕に皆からの文に換え難い程の囂囂たる非難が矢のように突き刺さって行く。僕は悲しくなり,沈み込んだ。しかし,
「あッ!!動いた!」
長田が言った。人形は自ら動き出し,うつぶせになっていた体を持ち上げ始めた。そしてそれが終わると軽く礼をし,突然喋り始めた。
「今日ハ」
「喋った!!」
皆が驚く。
「私ハ,アナタ達ヘノめっせんじゃーデス。コレカラアナタ達ヲ案内致シマス」
「『使者』って訳か……」
織部が呟いた。
「デハ,コチラヘ」
そう言うと,人形は歩き出した。
「……遅ッ!」
少し経って僕は言った。
「私が持つよ」
春川が言った。人形は春川の腕に抱えられ,言葉でナビゲートする形となった。
人形のナビゲートによって連れて来られた場所は,広大な水田地帯だった。人形はそこまで来ると春川の腕を離れ,路面に着地するとロケット花火のように真上へ飛び上がり,青空で軽い音を立てて爆発した。
「………」
しばらくの間沈黙が流れた。
「……来た」
長田が気配を感じ,静かに言った。皆一斉に緊張し,西原は身構えた。
「……よく来たね。待ち構えたよ……」
「……誰だ!?」
西原が言った。すると遥か前方から拡声器を持った男が猛烈な勢いで走って来た。
「我こそは,『羽生田TRYアングル』!西崎勝だ!!」
「羽生田TRYアングル」
こと西崎は,声を張り上げて言った。