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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
宮廷編2
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二十七、鈴虫

 猫猫は、夜食の準備をしながらため息をつく。それを近くにいる新参の侍女が眺める。猫猫はまだ、新しく入った侍女たちとそれほど親しくない。外に出ることが多く、自分から話しかけない猫猫であるからして仕方ないが。


 向こうとしても、一人だけ知らないよそ者が混じっていることに違和感があるのか、それほど話しかけようとしない。


(別にいいけどね)


 それよりも、猫猫の頭の中は他のことでいっぱいだった。なんでまた、あの苦労人従者は猫猫に対してなんでああも面倒くさいことを言ってくれたのだろう。


(別に他言するつもりはないけど)


 それでも、もう少し情報を表に出さないほうがいいのではなかろうか。

 なにかしら理由でもあるのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、調理場から夜食が届いた。猫猫は準備した食器にそれらを飾り付ける。


 そんな中、猫猫はあるものに気が付く。

 

 箸で根っこのようなものをつまむ。


 一見、牛蒡のようなそれを猫猫はいぶかしみ、小皿にのせた。


「なにしてるの?」


 小皿の上でなにやら解体している猫猫をいぶかしんで新しい侍女が見ていた。猫猫は、ばらした根っこを口に含んでそして、ぺっと吐いた。


「……紅娘ホンニャンさまを呼んでいただけますか?」


 それは、牛蒡ではなく鬼灯ほおずきの根だった。






「今更という感じもしますね」


 猫猫は皿の中身を見ながら言った。


「たしかに今更なのかしら」


 紅娘は、まつ毛を伏せて言った。


 鬼灯は、堕胎剤として使われることもある。妊娠初期であれば、流れることもあるだろうが、今更、玉葉妃に食べさせたところで効果はそれほどあるとは思えない。

 玉葉妃の妊娠は、表ざたにしていないものの暗黙の了解として後宮中に広まっている。梨花妃の妊娠についても広まっているくらいだ。


 玉葉妃はこのまま順調ならひと月もすれば子が生まれるだろう。梨花妃とて、その後数か月も差があるまい。


 どちらを狙うにしても、今更毒を混ぜたところで妙な気がしてならない。もっと早く狙うならともかく。


 しかし、実際、混ぜられていたとなれば。


 猫猫は頭をがりがりとかきむしりそうになったが、紅娘が目の前にいるので我慢する。玉葉妃はいない。身重の妃を慮ってのことだろうが、あの妃のことだ。なんとなく感づくだろう。


 猫猫が悶々としているのを見て、紅娘がじっと見る。


「なにか気になることはあるの?」


「……」


 いいえ、と言ったらうそになるだろう。


「たしか、夜食も調理場にて他の妃のものとともに作られていましたよね」


 確認するようにたずねる。

 紅娘は肯定する。


「味の染み込みかたからして、他の妃のものにも混ざっているのではないでしょうか?」

「その様子だと食べたのね」


 呆れたように紅娘が言った。

 

 食べなくてはわからないではないかと、猫猫は思う。どうせ食べるならもっと刺激があるものがいい。


(なんだかなあ)


 猫猫は考え込む。

 なんだか妙に引っ掛かる。


 なんだろう、最初に引っかかったのは。

 なにかがどこかでつながっているような気がする。


(あれは一体どうなったんだろうか)

 

 堕胎剤といえば、あの事件だ。


 商隊がきて、そこに多くの堕胎剤の材料が売られていた。

 それを梨花妃の元侍女頭が購入して、堕胎剤を作ろうとした。梨花妃に作るために。

 薬の知識が疎い彼女が作ろうとした理由は、たまたま材料が書かれていた紙切れを拾ったから。

 そして、紙切れの元の持ち主はわかっていない。


 あれは、元侍女頭が相手をかばっているのか。


(いや)

 

 どうだろう。あの気位の高そうな人物がそこまでするだろうか。それとも、聴取を行う役人への嫌がらせか。


(身内の可能性も)


 その場合、相手は梨花妃なら辻褄が合わない。正直、あの侍女頭が皇帝の寵を得るのは難しいと思う、ならば、同じ身内の梨花妃のほうが優先されるだろう。


(本当に拾ったのだとしたら)


 後宮内にそんな不埒な輩がいることになる。


 それとも、最初から紙切れの話は嘘かもしれない。しかし、猫猫はそうは思わなかった。

 

(わざわざ、集めづらい材料ばかり書いてあった)

 

 もっと身近に堕胎剤を作る方法はある。

 白粉花にしろ、鬼灯にしろ。


(!?)


 白粉の花を最近見たのはどこだったろうか。

 そして、そこで他にいた人物は誰だったろうか。


 その彼女が何を目的にしているのか。


「猫猫、どうしたの?」


 紅娘が声をかけたことで、自分が考えにふけっているということがわかった。


「いえ、なんでも」


 まだ、結論はでていない、推測で口にするのはよくない。


 ただ、ここで猫猫が動かなければ、もっと悲惨なことが起こるかもしれない。


(悪い虫が禍を運ぶ)


 それがどういう意味かわからない。

 しかし、ここで立ち止まっていてもわかることじゃない。


 猫猫はじっと紅娘を見た。


「紅娘さま」

「どうしたの?」


 猫猫の表情を見て怪訝な顔で紅娘が見返す。

 猫猫は一瞬、渋い顔をし、言うべきことを口にした。


「お願いがあります、私を壬氏さま付へと戻していただけないでしょうか?」

「!?」


 紅娘が卓子を叩いた。のっていた皿がからんと一瞬宙を浮く。


「いきなり何を言い出すの!」


 予想通りの反応に猫猫は、小さく息を吐いた。


「玉葉さまがこれから大変な時期だとわかっているじゃない!」


 予定ではあとひと月ほど余裕がある。だが、それは予定であってなにかしら早産の可能性もあるかもしれない。


 後宮内で産もうとすれば、やぶ医者だけでは心もとない。もっと、実戦経験の豊富な有能な医官がいなければ安心できないだろう。


 しかし、猫猫は無表情のまま紅娘に返す。


「私は薬師です。出産に立ち会ったことはありますが、取り上げたことはありません。むしろ、半端な知識を持った私がいるより、もっと専門知識を持った人間を用意したほうがいいでしょう」


 そういって、猫猫は指先で卓子に文字を書く。


「花街に元医官で宦官のものがいます。その者なら、子を取り上げた経験も豊富です」

「……」

「一度は、後宮を追放されたものですが、今の医官さまより安心できましょう」


 やぶ医者ごめん、と猫猫は頭の中で謝罪しながら言った。


「帝に直接言われなくとも、壬氏さまを通してみては」

「……後宮を追放されたということは、罪人ということじゃなくて」


 紅娘が冷めた目で、猫猫を見る。

 わかっている、皆、そういう反応をするだろう。

 それが常識なのだから。


「罪人ですが、腕はたしかです。それに、そんなことにこだわっていれば、私がここにいることもできなくなります」


 猫猫は唇の端を上げる。


「私はその罪人によって育てられました」


 駆け引きだと思った。

 もし、罪人であるおやじを毛嫌うようであれば、猫猫はその娘だ。罪人の娘を妃の毒見役にできないということになる。


 前にも、紅娘とはなにかあったよな、と猫猫は思い出す。あのときは、あちらにうまくやられた気がしたが、今回はそういうわけにもいかなかった。


 紅娘の口がぐぐっとへの字に歪む。

 

 紅娘は有能な侍女頭だ。彼女の天秤にあるのは、主たる妃にどちらが有益かどうかである。


「……毒見はどうするの? 今、ここにその食材が混ぜられていたでしょ」

「これは、玉葉妃を狙ったものではありません」

「……じゃあ、梨花妃?」


 猫猫は首を振る。

 

 そうなると消去法だろう。いまだ、御手付きのない里樹妃をのぞく、上級妃は一人しかいない。


(なんてことだ)

 

 猫猫は部屋に置いてある虫かごを思い出す。

 中には鈴の音のような羽音を鳴らす虫がいる。


 あの怪談話を思い出す。まだ子翠と名乗っていた娘はどんな話をしただろうか。鈴虫の出る話。僧のかわりになにかが食われていた。一体、あやかしは何を食べたのだろうと。


 虫の中には、生殖を終えると、雄を食べてしまうものもある。蟷螂が共食いする姿を見て猫猫は最初、なんて気持ちが悪いと思った。


 しかし、ここも同じだ。

 権力者の子を産めば女は時にその父親が疎ましくなる。

 子に力を与えるために、時に父親を消す。


 虫と一緒。


(悪い虫が禍を運んでくる)


 何度も反すうした言葉をもう一度繰り返す。


 そういうことか、と猫猫は息を吐く。


 虫を愛でていた娘は権力など、興味がなく、ただのんびりと下女の真似事をしていたかったのかもしれない。


 その腹に、子が宿らぬようにしながら。


 別に付き合いが長いわけでもない。他愛無い話を時折していただけに違いない。


 別に猫猫が首を突っ込むことではないはずだが、それでも動かずにはいられなかった。


「玉葉妃は元気な御子を。私は、外で毒見でもいたします」


 猫猫は自分にしかできない解決法を模索していた。


「……わかった」

「ありがとうございます」


 短くそれだけ言った紅娘に小さく感謝の言葉を言うと、猫猫は目の前の皿の中身をつまんで口にした。


 即座に、紅娘に叩かれ、吐かされたのはいうまでもない。


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― 新着の感想 ―
[一言] いまいち子翠の思惑が分からないな 複雑な血縁といい歳をとるごとに理解力が下がってきてつらいよ
[一言] 息をするように毒を食う猫が好きです
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