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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
宮廷編2
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二十一、怪談前編

 鷹狩りより帰って数日後、以前より言われていた新しい女官たちが来た。翡翠宮には新たに三人、猫猫以外は顔見知りの者たちである。


(ふむふむ)


 猫猫は目を細めて三人の侍女を見た。そして、即座に思う。


(名前と顔が一致しない)

 

 猫猫は元々、興味のあることしか物覚えがよくない。なので、しばらく新しく入った女官たちには話しかけづらいだろう。

 まあ、元々そんなに喋らない猫猫なのでおいおい覚えればよいかと片付ける。


 それよりも問題は。


「猫猫、ちゃんと部屋に戻りなさい」


 両手を腰に当てて、言い放つのは桜花インファだ。


「私の部屋は、ここだと言われたのですが」


 猫猫は、翡翠宮の庭にある物置小屋にしがみつくようにして言った。中には、調合器具や薬草を干したものがたくさん置いてある。ようやく部屋から全部持ってきたのに。これから先日とってきたさるのこしかけや万年茸まんねんだけをどうするか、考えるところだった。


「冗談に決まってるじゃない! それなのに真に受けて」


 新しい子たちに示しがつかない、と怒っている。


「問題ありません。このまま使わせていただきたいです」

「だめに決まってるでしょ! ほら、他の子たちが変な目で見てるじゃない!」


 そうやって小屋の柱にはりつく猫猫と、それを引っ張る桜花という奇妙な光景ができあがった。

 女官二人がそんなことをすれば、侍女頭の紅娘ホンニャンが黙っているわけがなく、二人仲良く拳骨を受けた。

 





 結局、猫猫は元の部屋にもどることになった。

 しかし、大量の調合器具と薬草の数々を見た紅娘は観念したように、主である玉葉妃に報告した。面白いもの好きの妃は、ころころと笑いながら、小屋を好きにしていいといってくれた。


 就寝は必ず部屋を使うように言われたが、他は自由だった。


 いい上司だなあ、と猫猫が思っていると、桜花はやはり不満顔だった。うきうきと物置小屋で作業を始める猫猫を見ている。茶会も終わり、夕餉までなにも仕事はない。新たに三人侍女が入ったことで、翡翠宮の仕事はぐんと減っていた。

 

(これはいかん)


 桜花の発言は、猫猫に対してはお節介だが、猫猫のことを考えてのものだ。新しい女官たちとすぐ慣れるために、そう言ってくれたのだろう。今日の点心おやつのとき、やたら猫猫と三人の新入りを話にいれようとしていた。

 桜花は、そういう気配りができる娘なのだ。


 猫猫は、持っていたさるのこしかけを置くと、そっと物置小屋から桜花を見た。


「……すみません。勝手なことばかり」

「べつにいいけど」


 そう言いながら、桜花の口は尖ったままだ。


 猫猫は、身体半分を壁に隠しながら、桜花を窺い見る。


「……べつにいいけど」


 と、桜花が壁をはさんで猫猫に向かい合った。

 そして――。


「今日はちょっと付き合ってもらうからね」


 がっしり猫猫の手首を掴むと、にいっと意地の悪い笑みを浮かべた。


(これは)


「ちょうど、今晩暇なのは、私と猫猫だけなのよ! ちょうどよかったわー」


 実に楽しそうな口調で猫猫を持った手をぶんぶん振る。


(やられた)


 猫猫はふうっとため息をつきながら、現金な侍女を見るのだった。






 その夜、連れてこられた先は後宮の南側に位置する古びた棟だった。夜中に外にでることを紅娘が許してくれるか心配したが、意外にあっさりと許可が下りた。


「たまには、そういうのに参加しないとね」


(そういうのとは)


 一体なんだろうと猫猫は思いながらついていく。


 小さな行燈の光を頼りに歩く。生ぬるい風が気持ち悪く、耳元でなく羽虫の音がうるさいが、文句は言えない。


「はい、猫猫。これを羽織って」


 と、入口の前で桜花が差し出したのは、薄手の布だった。


「暑くないですか?」

「いいの、涼しくなるから。ほら」


 首を傾げながら、猫猫は言われた通りにする。


 桜花は、とんとんと、入口を叩くと、中から女官が現れた。


「いらっしゃい。参加者は二人ね」

「はい、よろしくお願いします」

「よろしくおねがいします」


 猫猫も桜花につられて頭を下げる。出迎えた女官は、微笑みながら二人に小さな火を渡す。かわりに灯籠は消せと言われた。


 棟の中は、やはり外と同じく古びていた。長い年月を経て古くなったというより、人が住まなくなって急激に傷んだ感じがする。最低限の掃除をしているが、どこか立てつけが悪かったり、床がきしんだりした。


「ここは、前の帝の時代に使われてた場所なのよ」


 なるほど、と猫猫は思う。

 今の後宮も大所帯に見えるが、前の皇帝の時代はもっと女官が多かった。帝の子を産ませるために国中から女たちが集められ、ここへ閉じ込められた。


 女官が減った現在、使われなくなった場所だが、こうして時折利用しているという。

 そして、何に利用するかと言えば。


 廊下の突き当たり、大部屋に入るとすでに先客が十数名いた。円陣を作り、皆布を被って座っている。ちらちらと一人一つ貰った火が揺らめいてなんだか不気味な光景だ。


 真夏の夜に何をやるかといえば。


 ここまでくれば、大体想像がついた。


「さて、はじめましょうか」


 入口で出迎えた女官が座る。


「みなさん、ちゃんとお話は準備していますか?」


 と、女官は、棒の切れ端で作ったくじを差し出す。


「今宵は、十三の肝が冷える話を楽しみましょう」


 にやりと笑うそれは、揺らめく炎の中でたいそう不気味だった。


 どうやら、これから怪談話が始まるらしい。






 配列は東西南北に四人、そのあいだに二人ずつ入っている。


 猫猫は布に半分顔を隠しながら欠伸を噛み殺す。一人目の話は、話し手も最初で緊張していたためか、しどろもどろでさほど臨場感がなかった。話も後宮内の噂程度で肝が冷えるまでいかない。


 二人目に入るところで、猫猫は右隣からつつかれた。桜花は左側にいる。


「こんばんわー」

「こんばんは」


 声を殺したあどけない口調だ。頭まで布を被った人物に猫猫は見覚えがあった。

 先日、虫に興奮していた女官、子翠である。暗い中で、気づかなかったらしい。


 子翠は眠たそうな猫猫に何かを差し出す。磯の匂いがすると思ったら、するめだった。


「食べる?」

「もらう」


 猫猫はげそを食むと、音を立てないようにゆっくり噛んだ。


 二人目もごくごくどこにでもある怪談話だった。特に話の内容は珍しいものでもなかったが、一人目と違い話の抑揚がついていたので、怖がる人間が数名いた。隣の桜花も布を頭からかぶり、時折顔を隠す仕草をしながら聞いている。

 それだけならいいが、たまに猫猫にしがみつくようにくっついている。小柄な割に力は案外強く、たまに首を絞められる。


(怖がりだけど好きなわけね)


 別に珍しくもない。猫猫を誘ったところを見ると、一人で行くのが怖かったのだろう。


 こういう語らいは、あまり好ましいと思わないが、娯楽の少ない後宮内ではある程度認められているようだ。実際、紅娘も許可をくれたし、楼蘭妃のところの女官である子翠もこの場にいる。ただ、この子翠の場合、許可がなくとも顔を出しそうだと猫猫は思った。


 そんな感じで、半分が終わった。配られた光源は話が終わるごとにひとつ消され、半分になっていた。七人目の話がはじまり、猫猫はするめを噛みながらぼんやりと聞いた。


 語り手は青白い顔を揺らめく炎に照らされながら語り始めた。



〇●〇



 これは、私の故郷の話なんだけど、故郷には古くから入ってはいけないという森があるの。

 そこに入ると、呪われ、魂を幽鬼に食われてしまうといわれていたわ。


 でも、あるとき、その禁忌を破るものがいた。

 その年、作物は不作だったらしいの。さすがに、飢饉とまではいかなかったんだけど、ちょうど稼ぎ手が死んだ家があって、そこには子どもと母親だけしかいなかった。


 周りも助けを出す余裕もなく、子どもはずっとお腹を空かせていたらしいの。


 そして、ある日、その子どもがなにか食べ物がないかと禁忌の森へと入ったらしいわ。


 子どもはにこにこしながら、木の実を集めて家に帰った。


 母親に、「あの森にはたくさんたべものがあるよ」と話していたの。


 母親はそれを子どもに口止めしたが、遅かった。村長むらおさから禁忌の地に入るな、と呼び出される羽目となったの。


 その上、妙なことが起きたの。


 その夜、母子の家にゆらりゆらりと光が向かうのを見た者がいた。


 そして、翌日、母子は倒れた。


 呪いを恐れた村人は近寄らず、結果、母子は死んだの。


 母親は子が死に、自分が息絶える前に、こういったらしいわ。


「ねえ、いいこと教えてあげる」


 笑いながらなにかを伝えようとし、そのまま母親は死んだ。


 結局、なにが言いたかったのかわからないまま、森は再び禁忌の場所となったの。


 今でも、その森は禁忌として伝えられているわ。

 

 それでも、禁忌を破るものがいると、その夜、人魂が家へと入り、家人の魂を抜いていくの。


 

〇●〇



(ああ、なるほど)


 猫猫は特に珍しくもない話に、妙に納得して聞いていた。特に怖がるおちもないが、皆震えて聞いている。おそらく雰囲気がそうさせるのだろう。


 口の中で柔らかくなったするめをごくんと飲みこむと、それに合わせるように新しいするめが差し出された。


「なんか妙にさっぱりした顔してる」


 声を殺して子翠が言った。

 彼女も猫猫と同じく、怪談に怖がる様子はない。


「まあね」

「どうしたの?」

「あとで教える」


 今、ここでねたばらしをしたところで興をそぐだけだと、猫猫は子翠に伝えた。


 世の中、噂話にも多少の根や葉があるものである。


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