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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
宮廷編2
58/391

二、前触

こちらは薬屋の蛇足編の改稿です。

宮廷編1は蛇足編より羅漢の話までをまとめ、半分ほど改稿加筆、投稿済みです。

宮廷編2は蛇足編より楼蘭妃の話を九割ほど書きなおしていく予定です。

御承知の上、お読みいただけるとありがたいです。


旧蛇足編はこちらに置いてあります。

http://ncode.syosetu.com/n8967bb/

「それは本当ですか?」


 翡翠宮にやってきた壬氏がきな臭い話をしたのは、春の宴から三日後のことだった。

 猫猫はいぶかしみながらも、壬氏の方を見る。場所は、翡翠宮の応接間で、玉葉妃は着替え中のため、しばらく来るのに時間がかかるとのこと。


「ああ。言うべきことか迷ったのだが」


 壬氏は首の裏を掻きながら言った。


 春の宴があった夜、罪人が一人死んだ。いや、正しくは罪人と認定されそうになった男が、だ。

 

 先日、河豚の中毒死と見せかけて兄を毒殺しようとした弟が、皮肉なことに獄中で中毒死した。


「昨日、高順さまが来られたときにはそんな様子は見えませんでしたけど」

 

 猫猫はちらりと、壁際に立つ寡黙な宦官を見る。肯定するように、高順はゆっくり頷いた。


「私の耳に入ったのも昨晩だった」


 複雑な顔をして、壬氏が俯く。


 猫猫はそれを見て、時間差タイムラグがあった理由を考えた。 

 壬氏の立場は、後宮の管理だろう。そう考えると、元々、その手の事件に関しては畑違いなのは当たり前だ。そう考えれば、耳に入るのは遅れてもおかしくない。


 一方で、その当たり前のことが不満な顔をしている気がする。

 

 まだ、高順だけならわかる。彼は以前、似たような仕事をしていたというし、表向き知人が解決した事件となっているはずだ。


 なぜ、壬氏が顔をしかめるのだろうか、と猫猫は思った。


「そうですか、中毒死ということは他の囚人も?」

 

 猫猫の疑問を否定したのは高順のほうだった。首を横に振っている。


「いえ、囚人には一日二回食事が与えられますが、それにはおかしなものはなかったそうです」

「では一体?」


 次に答えてくれたのは壬氏だった。


「宴の後、罪人にも、ささやかだが料理が振舞われる」


 その料理は、おこぼれをもらう形になるため、皆同じものを与えるわけではないらしい。それだけでなく、祝いという形で差し入れが入ることも多いらしい。本来、その手のことは禁じられているが、宴の後では皆酒が入っているので、看守も目を瞑ることが慣習になっている。


(なるほどねえ)


 それならば、壬氏たちの耳にはいることも遅かろう。いわば、内部の失敗であるからして、隠したくなることもあるだろう。


「それで、何の毒かわからないままですか?」

「そういうことだ」


 袖に手を入れて唸る壬氏。

 

 猫猫はもっと詳細を聞きたかったが、かつかつと足音が近づいてきたので、そっと扉の前に立った。


 扉の横にそっと立ち、猫猫は頭を下げる。


 こつんと扉を叩く音がしたと思ったら、着替えを終えた玉葉妃が入ってきた。


「楽しいお話とかしていました?」


 美しい赤毛の妃は、猫猫と壬氏に交互に視線を送る。その目には、好奇心が飛び出さんばかりに浮かんでいた。


「いえいえ、世間話ですよ」


 壬氏は、整い過ぎて不気味なくらいの笑顔を玉葉妃に向ける。さすがに妃は効果無しだが、飛び火に当てられた紅娘がふらりと倒れそうになったが、侍女頭としての気力でなんとか持ち直す。


 猫猫は冷めた目で彼を見て、壬氏は時にあやかしの類ではないかと思わずにいられない。侍女頭には耐えられたが、その後ろでさらに見ていた三人娘が撃沈していた。


(どう見てもあやかしだ)


 そんなことを考えているうちにいつのまにか剣呑な目を壬氏に向けてしまった。高順がじろりと猫猫を見、なんだか壬氏は嬉しそうにこちらを見ている。


(いつもの流れだな)


 猫猫は思いながら、そっと退室した。






 壬氏たちが帰ってから、紅娘が侍女たちに言ったのは、夏物衣類を出すことだった。まだ、時期としては少し早い気がするが、量の多さを考えたら早めのほうがいいだろう。


「時代遅れの意匠デザインもけっこうあるのよね」


 桜花インファが衣裳部屋の前に仁王立ちすると鼻息を荒くした。貴園グイエンは公主のお世話なので、桜花と猫猫、そして愛藍アイランの三人で出すことになる。


愛藍は気にしているようだが、背丈があるので高い荷物は取りやすいから便利だ。


 背のない猫猫と桜花は、愛藍から行李を受け取り、中身を確認する。


「これは、まだいけるかな」


 一つ一つ見ながら桜花が使えるもの、使えないものに分けていく。猫猫にとってどれも上等な代物に見えるが、目の肥えた桜花には違いがわかるらしい。


「これは、一時期、すごく流行ったんだけどね。流行ものってすぎると途端に使えなくなるから駄目なのよ」


 猫猫は選り分けた使えないものを行李に押し込め、廊下へと運んでいく。


古い服でも、妃が使ったものである。素材は立派なもので、作り直して下賜するのだという。それは、翡翠宮の侍女たちが貰うものではなく、彼女の実家へと送られるものである。


簪など装飾品なら侍女たちが貰うこともあるのだが、服といった場合、堂々と後宮内で着るものではないので、職人の手に回され、違う形に変えて玉葉の父親の領地で配られるのだそうだ。


「そういえば、もう少ししたら、新しい侍女が来るかもしれないわ」


 思い出したかのように愛藍が行李をおろしながら言った。


「玉葉さまの懐妊がわかれば人も増えるでしょ。でも、それだけじゃ怪しまれるからって、妃全員に侍女を増やす機会を与えようかなんてこの間言ってたもの」


 それを聞いて桜花はぽかんと口を開ける。


「それは嬉しいけど、いきなりねえ」

「理由はあるみたいだけど。だって、一人の妃が五十をこえる使用人引きつれて入内したら、他の妃だってねえ」

「あー、それか」


 途端に桜花の顔が曇る。


 猫猫にもそれが誰のことを示しているのかわかった。


(五十もいたのか)


 確かに大所帯でやってきたように見えたが、それはわからなかったと猫猫は思う。

 対して、帝の寵妃が五人しか侍女を連れていないとならば、見た目が悪いだろう。


「減らそうとする努力はないの、あれ?」

「桜花、そんなこと言ったらまた、紅娘さまに鉄槌を食らうわよ」


 愛藍が言うと、桜花はしまったと口を押さえる。


 猫猫はひたすら不用品を行李に入れては外に運ぶ。


 そんな駄弁りながらの作業をしているうちに、夏物衣装は半分ほど残った。


「こんなに減りましたが、どうしますか?」


 さすがに猫猫も首を傾げながら聞くと、愛藍が「大丈夫よ」と笑う。


「衣装については、すでに何着か職人に頼んでいるし」

「もうすぐ商隊キャラバンがやってくるから。そのときに買い足すわ」


 と、桜花が続けた。台詞をとられたと愛藍は少し不貞腐れた顔をする。


「商隊ですか」


 これまた、後宮の女官たちが喜びそうな行事イベントだな、と猫猫は思いながら、夏物衣装を持って陰干しをしにいった。


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