十三、後宮再び(14.06.27改)
(以前は合わないと思っていたが)
案外そうでもないらしいと猫猫は思った。
猫猫は久しぶりの後宮生活を満喫していた。
もともと女だらけの場所で育ってきたので、そういう雰囲気が水にあうのかもしれない。
以前とかわらず、毒見と調合と散策の毎日を過ごしている。
玉葉妃の懐妊についてはまだよくわからない。
鈴麗公主の妊娠時も、ひどい悪阻はなかったらしく、味覚変化もほとんどない。月経不順以外これといった確証はない。
しかし、翡翠宮内では、箝口令がしかれ、万が一の対策を行っている。
玉葉妃の妊娠に不都合な相手なら、一番流れやすい時期を狙うにきまっているのだから。毒でも盛られてはたまらない。
好色親父こと皇帝には、念のため夜のむつみごとを控えてもらうことにした。
普通に事を行うのであれば、問題ないのだが、玉葉妃が妃教育を実践していたら普通の範疇から外れており、まあいろいろと問題が起きる可能性が否定できないからだ。
(もうちょっと柔らかめのほうを教えたほうがよかっただろうか)
いや、しかし、それでは玉葉妃も皇帝も満足しないだろう。結果、里樹妃には怯えられる羽目になり、梨花妃の侍女たちにはさらに化け物扱いされるようになった。
この手の話に関しては皇帝に自分からいうのも難なので、壬氏を通して伝えてもらった。下女の口から直接いうのは憚られる。
できれば、玉葉妃への訪問回数も減らしてもらいたくないが、そこまでは提言できない。皇帝の妃は一人ではないのだからして。
いきなり夜伽の数が減ると、勘ぐる輩もいるだろうけど。
しかし、皇帝は意外にも訪問回数を減らさず、可愛い娘と遊び、玉葉妃とたわいない会話を楽しんでいる。
阿多妃の件も思ったが、好色親父とくくりをつけてみるべきでないかもしれない。
もしくは、皇帝は皇帝なりに考えがあるのだろうか。現帝は、賢帝と言われる方である。もちろん、それは先の皇帝が昏君と言われていただけによりまともに見えるという点もあるが、愚帝とまでは猫猫も思わない。
(どちらでもいいけど)
要は稼ぎに税をかけ過ぎない生活をおくらせてもらえればうれしい。愚帝は民が無限だと思い、賢帝は民が有限だと知っている。少なくとも、この皇帝は後者だ。
ただ、少し物寂しそうな顔をたまにするので、妃教育の残りの教材を渡すことにした。時間つぶしにくらいなるだろうと。
予備に何冊か持ってきたのはいいが、残念ながら欲しがる侍女はいなかった。
どんな教材なのかはいわずもがな。
(二次元で我慢してくれ)
こっそりと目に届くところに置いておいたのだが、気づいてくれたらしい。
後日、違うものを用意しろと言われた時は、やはり好色親父のままでいいのだと確信したが。
後宮内では相変わらず慢性的な異性不足と単調な一日の繰り返しが原因と思われる噂話が広がっていた。
というわけで、現在、厨房で仕事がひと段落した侍女たちが駄弁っている。茶菓子はお茶会のおさがりで、今日は龍鬚糖だ。繭のような細い糸の飴で口にするとほろりと蕩ける。茶葉を混ぜているらしく、少し香ばしい匂いがした。
「というわけでありえないわ。あの格好」
口いっぱい飴を頬張り、もごもごさせながら言うのは、翡翠宮三人娘の一人、桜花だった。気の強い彼女は、思ったことをすぐ口にする。
「たしかにねえ。でもこの間の衣装は良かったかも。胡服ってかっこよくない?」
おっとりした口調は貴園だ。ふっくらとした頬は、飴を口にして幸せそうに緩んでいる。
「ああいう服は着る人選ぶものね。似合わなかったってことはなかったわね」
ひょろりとした体型の愛藍がいった。こちらは甘い物はつままず茶だけをすすっている。
桜花は仲間二人に裏切られたような顔をして、残った猫猫を見た。
猫猫は面倒だなと思いつつ、「はいはい」と首を縦に振った。しかし、猫猫の愛想はそこで打ち止めだ。
増援を期待していた桜花はぷうっと口を膨らませる。
「んー、あんなの阿多妃のほうがかっこよかったわよ」
桜花はぶすくれたまま茶をすすった。
その様子を見て貴園と愛藍は顔を見合わせてにやにやと笑う。
「あらー、桜花ったら、実は阿多さま派だったの?」
「ち、ちがうわよ!」
貴園の言葉に桜花が慌てる、すかさず、愛藍がにやりと笑う。
「別に隠さなくていいわよ。私たちのご主人さまは玉葉さまだけど、そういう気持ちもあっていいと思うわ」
「だから違うってばー」
猫猫はあいかわらず騒がしい三人娘のおしゃべりを聞きながら、ふうっと茶を飲み干した。辛党の猫猫にとって綿飴の類は少し甘すぎた。口直しに塩辛い煎餅を食べたいと思う。
桜花たちが話していた内容と言えばこれである。新しくきた楼蘭妃の話だ。この妃、ちょっと一風変わったところがあるゆえ、話題になるのに十分らしい。
何がと言えば、衣装である。
ことあるごとに衣装の雰囲気ががらりと違う。あるときは西方の装飾服を身に着け、あるときは異民族の騎手のような衣装を身にまとう。
(なんていうんだろう、これは)
金は有り余っているのだろうか、それだけ毎度衣装替えを行っていては、宮は衣装棚だけになってしまう。
よって、かつては清廉とした佇まいだった柘榴宮はすでに面影のないほどに変わり、かつて住んでいた阿多を拭い去ろうとする勢いだった。
ある意味正解、ある意味間違い。
後宮は目立ってなんぼの世界であり、同時に出る杭は打たれる世界でもある。本来出る杭扱いされる楼蘭妃のはずだが、彼女の父は先帝の時代から覚えがめでたい重臣であるがゆえ、杭を打つ槌がないというのが現状だ。
(なるほどねえ)
これならば、阿多が追い出される理由としては十分すぎる。むしろ、楼蘭妃の年齢を考えれば待ったほうかもしれない。
ふと猫猫は思った。
皇帝としても正直、阿多に後宮内にいてもらったほうがなにかと都合がよかったのではないだろうか。
国母となることがないゆえ、彼女の目はまっすぐ先を見通す。男であればと思うほどの聡明さだ。
相談役としても心強い阿多がいなくなり、かわりに後宮内のみならず宮廷すら影響を与えかねない娘が入内するとなると、たとえ天上人であろうとも頭が痛い話だろう。
無下にできず、だからといって仲良くなりすぎて子ができるのも困る。妃の後ろ盾が頼もしいのは、頼りない東宮の時代だけ、帝となり子もできれば途端に用無しになることもあるのだから。
はてはてどうしたものやら。
猫猫はそんな妄想を思い浮かべながら、急須から手ずから茶をついだ。