十、末摘花 中編
猫猫たちは一度、豪の屋敷を離れることにした。
馬車の中は行きと違って狭い。理由としては、麻美と雀がいるからだ。
詰めればもう一人くらい入りそうだが、馬閃はあまり役に立たないと入っていない。
もう夜も遅いので帰るまでに情報共有をしておこうということになった。
「さて何か気づいたようだが説明してもらおうか」
壬氏は腕を組みながら猫猫に聞いてきた。
「いつも通りの憶測ですが」
「いつも通りの憶測で頼む」
猫猫はどう話そうか考えたが、別に隠すようなことはないと正直に口にする。
「毒を作ったのは妾のかたで、毒を盛られているのはその娘ですね」
「猫猫さんにしては珍しく単刀直入に言っちゃいましたねぇ」
雀が馬車の揺れと共に体を揺らしている。
「母が娘を、ですか?」
麻美が確認する。
「ええ」
「母親だからといって誰しも母性を持っているわけではありませんよぅ」
雀は猫猫が言いたいことを代弁してくれる。
「毒を盛ったというが確実なのか?」
「確実とは言い切れませんが、十中八九はあたりかと思います」
猫猫は根拠を述べる。
「さっき私がいただいた茶には複数の薬草が含まれておりました。安眠を促す効果があり、味も悪くなかったのですけど……。おそらくその茶に例の毒を入れられていたでしょう」
ここで馬閃がいたらぎゃあぎゃあいいそうだが、生憎いない。壬氏も慣れたもので腕を組んで落ち着いている。
「おまえがあまり興奮していないところを見ると、毒は摂取していないようだな」
「はい、月の君の言う通り。お妾さんは出がらしの茶ではなく、新しく淹れなおした茶をくださいましたよぅ」
「そして、たとえ摂取していたとしても、毎日飲まない限りそれほど身体に異常をきたしません」
猫猫は付け加えておく。あくまでゆっくりと段々弱らせるための毒だ。
「そして、娘の梔子さんの病状も毒を摂取した時と同じ症状が出ておりました」
猫猫は腑に落ちない様子の壬氏と麻美を見る。雀は猫猫と一緒に部屋についてきたので、猫猫の証言が不足していた部分を補う役に徹するようだ。
「猫猫が他人の名前を一度で憶えている……」
(そこかい!)
猫猫とて一度で名前を覚えることはある。わんわん先輩とか。
「なぜ母親が娘に毒を盛ったのか。出がらしの茶を出さなかっただけでは理由として弱すぎますよ」
麻美のいう通りだ。猫猫もそう思う。
「見る限りは娘思いのいい母親のようでしたけどねぇ。見る限りは」
雀は、母親に対して少しとげがある。
「淹れなおしてもらった茶は、少し苦みがあるものでした。あと荊芥が入っていました」
「荊芥?」
「はい。名前は犬ですが、効用はまたたびに近いですね。生薬としても用いられますが、またたびと同様に猫が好む草でもあります」
「猫と言ったら」
「ええ」
後宮時代、毛毛とかいう憎らしい三毛猫が医務室のまたたびをよく狙っていた。
「頻繁に荊芥に触れる人が触ったものなら、匂いがついていたのかもしれません」
だから猫が毒壺を見つけた。
「しかし梔子さんの母親が娘を害す理由などありません。まだ正妻が毒を盛っていたならわかります」
事前情報によれば母子はないがしろにされているようだった。娘は後宮に入内するどころか、表に出すことなく離れに追いやられている。
「私の目には仲の良い母子には見えませんでした」
「あー、猫猫さんもそう思ったんですかぁ?」
「ええ。だって、あの人、『母』というより『女』でしたからね」
猫猫ははっきり言った。元妓女だと見抜いた理由だ。
雀にとげがあったわけだ。
一流の妓女は客を虜にする動きをする。客から見てどの角度で首を傾げれば綺麗に見えるか、髪の流れや指の動き、どれも計算して動いている。
妾の動きは客人である猫猫たちに対して、一番自分が哀れに見えるように動いていた。緑青館で儚げに見せるのが上手い妓女の動きにそっくりだった。
「つまり哀れみを誘っていたと?」
壬氏は理解できないという顔で聞き返す。
「はい。だって事前情報ほどさっきのお妾さんと娘は雑に扱われていませんでした。むしろ十分すぎる待遇かと思います」
妾の服は奥方に次いで立派なものだった。蔑ろにされていたらまず皇弟の出迎えに顔を出すことも許されないだろう。
「娘さんも、医者でも匙を投げる原因不明の病を持っていたら、普通に母屋から離すのは当たり前です。感染症の類だったら怖いので私だってそうします。出してくれた茶だって、生薬を何種類も配合していました。価格として安くないはずでしょう」
何より壺の毒の材料は高級な茶葉だ。
「しかしあまり良い噂を聞かないのは」
「正直、豪さまの奥方はあまり見た目が良いほうではありません。そこにいくらか若く美しいお妾さんがいたとしたらどう思います? 娘思いの優しい母であるお妾さんが、憂い顔を周りに振りまいていたらどうでしょう?」
人は都合がいい物語を作りたがる。常に屋敷にいる使用人はともかく客人なら、勝手な妄想を働かせるだろう。
「ただ自分を儚げに見せるだけならそれでいいのですが、娘を小道具に使うのはいただけませんね」
「小道具とは、まさか他人に同情してもらうために娘に毒を盛り続けているということか?」
「毒を盛る理由としては一番妥当かなと思いました」
「いやいや」
壬氏は信じたくなさそうな顔をしている。
「先輩妓女にやっかまれています。私はこんな被害を受けました。と客人にあえてざんばらに切られた髪を見せる妓女もいましたよ。自作自演でしたけど。その延長上の行動です。娘をだしにして、ご主人に涙をほろほろと見せる。ご主人はかわいそうな女に同情してしまう」
「だが毒を盛って弱らせる利点があまりに少ない。豪殿には娘が他にいない。後宮に入内させ、妃にさせるほうが賢明ではないか?」
「壬氏さまは妾の、元妓女の娘を簡単に上級妃にできますか?」
「……」
壬氏は言葉に詰まった。
後宮を管理していた以上、上級妃の選定にはいろんな要素が含まれる。
「失礼ながら玉葉后を上級妃に上げる際、反対意見も多かったのではありませんか?」
玉葉后の母親は、西の地を治める玉袁の複数いる妻のうちの一人だ。西方の血が混じっていることもあって、今でも皇后にふさわしいのかという意見もある。
「私は豪さまを詳しく知りませんが、上級妃になる確率を上げるためなら妓女の母をなかったことにしないでしょうか?」
娘は妾ではなく正妻の子どもとして扱う。だから、娘はなかったように扱われていた。背後にいる妓女の存在は知られないほうがいい。妓女の母から男を虜にする技術を学ばせ、使えそうであれば正妻の養女にすればいい。戸籍自体は最初から正妻の娘として登録されていることも考えられる。
(そして)
妾は娘が入内した時点で用済みとなる。
ところが娘が病弱で入内できないとなったらどうだろう。
豪という男の性格はわからない。だが特別に情が深い人間でないとしても、実の娘を捨てるほど非情でもなかろう。表に出て華やかな舞台にでることはないまでも、見捨てられ飢え死にすることはない。
「妾としては主人に捨てられない方法を探ったといえますね。周りの同情を買い、ひたすら献身的な母親を演じ、時に若くも美しくもない正妻と比べられることでわずかな自尊心を回復させていたのではないでしょうか?」
壬氏も麻美も信じられないという顔だ。雀だけはにやにやと不気味な笑いを浮かべている。
(生きるすべがそれしかないと思ったのか)
ただ、猫猫としてはあまりに利己的だと思った。
(強い毒ではない)
だが確実に体をむしばむ毒だ。
「では、明日はそのことを確認するために証拠を集めておけばよろしいですかねぇ」
裏のやりとりがとても得意そうな雀が言った。
「はい。それともう一つ確認してもらいたいことがありまして」
「なんでしょうかぁ?」
「牛小屋を調べてもらいたいです」
「牛小屋?」
雀だけでなく壬氏も麻美も首を傾げていた。