八、呪いの壺 後編
茶を使った毒があると猫猫は口にした。
「毒だと?」
壬氏は面倒くささを少しまじえた顔をした。宮廷内では日常茶飯事の毒だ。
「濃い茶を竹筒の中に入れ、土の中に埋めてひと月待つと毒になります。茶は乾燥したもの、高級なものほど望ましいとか。今回は竹筒ではないのですが、作り方としては同じではないかと。しかし、竹筒と壺、ちゃんと比べて毒に変わっているか確かめたいところですけど、壺での作り方は本に載っていませんでした」
「確かめんでいい、というかそんな本があるのか?」
と壬氏。
「一か月も放置した茶なら普通に腐って腹を壊すのでは?」
と馬閃。なお反省を促すため正座をさせられていた。
「ちゃんと毒になっていましたよ」
「なんでいましたよ、と過去形なんだ?」
壬氏が猫猫ににじりよってきた。
「ははは」
猫猫は笑ってごまかそうとしたが、壬氏のにらみは止まらない。なお、過去に作った当時は、材料に緑青館の高級茶葉を使ったことでやり手婆に怒られ、試してだんだん弱っていく猫猫をあわてて羅門が解毒したなどの経緯がある。
「とりあえず事件解決が大切ですよ」
猫猫はごまかしつつ、割れた壺と中身をじっくり確認する。
「まだ完全に熟成された感じはしませんね。呪いの札が貼られているのは、毒作りを呪術めいたものとしてとらえていたか、もしくは毒を作っているのではなく呪いをかけているように見せているのかどちらかかと」
「ふーむ」
壬氏は唸る。
「何かおかしなことでも?」
「この毒はどんな使い方をし、どんな作用がある?」
壬氏は確かめるように聞いてきた。
「一日に数滴ずつ標的に摂取させます。すると少しずつ相手の胃の腑が弱っていき、数か月すると死んでしまうそうです」
猫猫も吐き気と腹痛に苦しんだ。弱った相手なら二か月もあれば弱って死ぬだろう。
壬氏は麻美に確認をとるように見た。
「呪い、いえ毒の壺が見つかった屋敷には病弱な娘が一人います。胃腸が弱く食が細い娘です」
「症状と当てはまるな」
「うーん」
猫猫は唸る。
「毒を使われたとして矛盾があります」
「どこが?」
「すでに毒を使っていたら、とうに死んでもおかしくないくらい長い時間摂取していることになりませんか? 手元に毒が無くなってきたので、無くなる前に作り始めたとして、これまでに一体どれだけ飲ませ続けられたのか?」
猫猫は割れた壺のかけらをつまむ。
「一日二滴ずつ、この大きさの壺で作ったとして、何日分になりますか?」
両掌に載るほどの大きさの壺だ。一日数滴使うと考えるとかなりの量といえよう。
「半年分はゆうにあろうな」
「なら娘の病弱な原因は毒のせいではないと思います。私もあの毒の腹痛の経験から、体が弱いものであれば二か月もあれば十分死ぬに値する効力があるか……」
壬氏の目は「てめえ、やっぱ試していたな?」と睨みつけていた。
「ごほん、ともかく今も毒を飲み続けているか否か、調べる機会をいただけませんか?」
「そうしてもらいたいのはやまやまだが――」
「何か問題でも?」
「さっきおまえも気づいていただろう? どこの屋敷かが問題だ」
なるほどと猫猫は頷く。
皇太后の実家と言っていた。猫猫はどんな家か知らないが、少なくとも幼い皇太后を先帝に差し出したことで出世した家だ。今の当主は知らないが壬氏の反応からして、関わり合いがないほうがいい。
「後宮時代は何度も水晶宮に送り込みませんでしたか?」
「……水晶宮は、侍女たちはともかく梨花妃の人格は優れていただろう」
つまり皇太后の実家の当主は優れていないと答えていた。
「そういえば皇太后のご実家から後宮入りした妃がいましたよね?」
「ああ。それも問題なんだ」
「もしかして最初に呪いの相談があったのは、妃のことで一族が呪われていると思われたからでしょうか?」
(だれが入内していたっけ?)
皇太后の孫、ではなく兄弟の孫だった気がする。
「当主の孫姪、つまり皇太后にとっても孫姪が入内しております。そして、今妊娠しているのではと周りからささやかれております」
麻美が補足説明する。
壬氏をどうにかして東宮に戻そうとしていた一家だ。今はそんなことで浮足立っているに違いない。
「呪いでも毒でも厄介だな」
「なぜ厄介ごとを持ってきたんですかねえ」
猫猫は思わず口にしていた。馬閃が「おい!」と声を荒げそうになるが、麻美が頭を叩いて黙らせる。
「壬氏さまなら、後宮時代ならともかく今なら強く出ても問題ないでしょう?」
「皇太后からの頼みでもあるんだ」
「皇太后からの?」
皇太后にとってどんな家でも実家には違いない。
「その病弱な娘が呪いをかけたのではないかとの相談だった。その娘の部屋の近くで壺が見つかっている。娘は当主の末娘だ。本来なら年齢的にも孫姪ではなく彼女が入内するはずだったろう。病弱ゆえに妃にふさわしくない、それどころか他への嫁入りも難しいと思われ、周りからいないことにされている」
「適齢ということはずいぶん年齢が離れておりますね?」
「ああ。妾の子だ。本妻は壺が見つかるなり、妾とその娘を追い出しにかかろうとしている。当主もかばおうともしない」
だが皇太后は姪っ子の存在を知っており、不遇な立場にあることも知っていた。
「俺はその娘を助けてくれないかと頼まれた」
「じゃあ呪いだろうが毒だろうが、厄介な話ですね」
皇太后は娘の無実を証明してほしいのだろうか、それとも一家から追い出されたあとでちゃんと保護してほしいのだろうか。
壬氏としては若い娘を囲い込むことはできない。なら、娘の無実を証明するにこしたことはないが、呪いはともかく毒ともなると難しい。
呪いたい相手の近くに呪具を置くのは一般的な方法だ。呪いであれば、呪われているのは娘で病弱なのも呪いのせいだと言い訳にできる。
だが、呪いではなく毒となったら話が変わってくる。
自分をないがしろにする家族を苦しめるために身近な素材を使って毒を作ろうとしたと完全に加害者に変貌する。
「壬氏さまはどうしたいですか?」
「どうしたいと言われても、皇太后は慈悲深いおかただ。壺の正体どうこうではなく、なんとか娘を助け出せということだろう」
(無茶をいいなさる)
猫猫は腕を組み、唸る。
「やはり実際どういうものか見ないとわかりませんよ」
「そうかあ」
壬氏も乗り気はしない。
麻美も馬閃も、浮かない顔をしている。雀だけはいつも通り楽しそうだ。




