五、面接試験
疱瘡に詳しい民間の医者。猫猫が知るのは克用しかいなかった。
顔半分に疱瘡の痕を残した青年であり、不幸な身の上だがそれをものともしない軽い性格をしている。
猫猫はそんな彼に文を送った。
『あー、行く行くー! やったー!』
大変ちょろい返事がきた。想像通りだ。
前に女装してまで官女試験を受けようとした前科のある男だ。向こうから声をかけられて、断るわけがない。
ただ付随して左膳からも文が届いた。
「左膳さんって薬屋を今やっている人ですよね?」
妤が文を見て首を傾げる。どう見ても克用からの文より分厚い。
二人で中身を確認すると、悲しみにあふれた同情を誘う文面で要約すると『克用を連れて行くな』だった。紙には涙で濡れた跡があり、戦に行く旦那を引きとめるために妻がお上に出した嘆願書と言われたら信じそうになる。
「いつお医者さんのお嫁さんになったんでしょうか?」
「さあ」
妤は冗談か本気かわからないことを言った。
ともかく克用本人はのりのりなので早速きてもらうことにした。
面接官はおやじこと羅門、劉医官と老医官ともう一人上級医官だ。
老医官はせっかくなので克用を見てから戻ることになった。
推薦人として猫猫と妤は部屋の隅っこで書記役を務める。
克用はいつも通りへらへらした笑いを浮かべていた。いつもよりいくらかましな服を着ていて、面接官の前に座ると顔半分を覆った布を取った。
端正な顔に残った痕だからこそ、より際立って見える。
「克用です、よろしくお願いします」
「疱瘡の処置に詳しいと聞いたがどうだろうか?」
話を進めるのは言うまでもなく劉医官だ。
「この通りです。僕の師匠は僕に疱瘡患者の膿をうち、天然痘を発症、重症化し、このようになりました。死ななくて本当に幸運でしたー」
相変わらず直球で不幸な話をする男だ。
「それは感染対策でやった挙句に重症化したということかい?」
羅門は確認するように聞いた。
「いえ、僕には双子の弟がいて、同じ環境で育った双子にそれぞれ別の膿をうって確認したかったようです。なので、確実に感染するようにやっていました」
人体実験だ。
猫猫も投薬実験をやっているが、克用の師匠ほどのことはやっていない。
「……結果は?」
「僕は重症化し、弟は軽い熱ですみましたねー」
「弟にうった膿はどこから手に入れた?」
「その師匠は今どこにいる?」
医官たちの興味は面接ではなく克用にされた実験にうつっていた。
「師匠は死にましたー。資料も残っておらずわかんないから困っちゃいましたー」
「じゃあ弟は知らないのか?」
「弟も死んじゃいましたよー。僕のあばただらけの顔を見て驚いてそのまま師匠を刺してしまいましたー。そのせいで資料は残ってませんし、そのあと弟は良心の呵責に耐え切れず首を吊りましたねー」
(えぐい……)
師匠が死んだというのは聞いていたが想像の何倍もえぐかった。
妤は顔色を悪くし、医官たちも引いている。羅門だけはただ悲しそうに克用を見ていた。
「もう十年以上前で、ずっと師匠の研究を調べているんですけどなかなか難しいですねー。とりあえず僕が疫病関連で調べた資料持ってきましたけどー」
劉医官は無言で受け取り中身を確認する。羅門にも見せ、他の医官たちにも共有する。ふざけた話し方だが、資料はちゃんとしたものらしく特に老医官は何度も頷いていた。
(気になるなー)
猫猫もあとで克用に見せてもらおうと思う。
ふと妤を見るとうつむいて真っ青な顔のままだったので猫猫は肩を揺らす。
「書記の仕事は終わってませんよ」
「は、はい」
妤は慌てて筆を走らせる。
「この『終生免疫』というのは?」
「師匠がたまに使っていた言葉です。一度かかったら一生かからなくなるという意味で、師匠の国の言葉を訳したらこんな言葉かなって使っていますねー」
「必ずそうと言い切れるか?」
「言い切れませんけど、僕の場合、三年ごとに膿をうっても発症することはなかったですねー。あと、疱瘡の村に何度かいきましたけど一度かかった人でもう一度かかったという声はきかなかったです。母数が増えたら例外も増えると思いますが、おおむね一度かかったらかからないという認識でやっていますねー」
四人の医官の意見は一致したようだ。
「この資料をうつさせてもらっても問題ないか?」
克用はにこにこしたままで返事をしない。
「銀五十枚支払おう」
「はい」
意外と金銭感覚はしっかりしている男だ。
「あと仕事先としては宮廷ではなく地方に向かってもらう。滞在が長くなっても問題ないか?」
また克用はにこにこしたままだ。
「一日につき銀二枚払おう」
克用はなにも動かない。
「……二枚半、いや三枚でどうだ?」
まだ動かない。
「ええい五枚だ!」
大盤振る舞いだ。
克用はようやく頷く。
「だ、大丈夫ですかね? 銀五枚とか上級医官並の扱いだと思いますけど」
妤が心配になって猫猫を揺する。
「他に替えがきかない人材ならそれくらいやりますよ。これが商品だったら十倍百倍値を上げられることだってありますからね」
しかし劉医官を相手に強気に出ているなと猫猫は思う。
「では五枚で」
「いえ」
さらに値を上げようというのかと、思った。克用は三本指を立てる。
「五枚もいりません。三枚いただけたら嬉しいですねー。あと移動の馬車や配属先の寝床や食事は別に用意していただけるんですよねー?」
「ああ、それくらいいくらでも用意してやる」
医官たちはほっと胸をなでおろしていた。
面接が終わったあと、猫猫たちは克用の案内を任される。配属先に行く前に医官服や最低限の道具などを持たせるためだ。
「ふふふ、お上の仕事を受けられるなんて幸運だなー。妤とも一緒にいられるねー」
「私もお医者さんと一緒にいられるのは嬉しいですけど、楽しい職場じゃないですよ」
妤は顔色を悪くする。
「配属先、今どんな風なんですか?」
猫猫は詳しく聞きたいと思っていた。
「患者自体は今のところ日に一人二人といったところです。でも、村自体が閉鎖されているので空気が悪いようですね。日に日にいらいらがたまっているようです」
「妤はまだ直接患者を診ていないんですよね?」
「はい。老医官の補佐としていくようにと言われました」
そうだ、老医官は老医官なのだ。
猫猫とて配属先の上司の名前くらいは覚える。何よりわんわん先輩の次くらいに覚えやすいので覚えていたが、どうしても老人という意味で老医官と呼んでしまう。
「これから人員が確保できたら私も村の中に入るかもしれないです」
「……嫌ならやめてもいいと思うけど」
猫猫は正直に言ってみた。
「いいえ。私だからできることだと思っています。私にできて猫猫さんにできないことって限られると思いますから」
「ならいいけど」
ただ怖いのは流行病だけではない。抑圧された民のいらだちはその場にいる医官たちに降りかかることもある。
「私のお父さんも一緒に行くと言っています。給与もいいので本人はやる気です」
妤一家は村の生き残りの子どもを引き取って都に移住してきたのだ。食い扶持を稼ぐという意味ではまたとない機会かもしれない。
「そういえば克用。給与は銀三枚でよかったのか?」
「うんうん。花街の薬屋に顔出す額よりずっと大きいからねー」
(安くて悪かったな)
猫猫は引きつり笑いをみせる。
(左膳はなんとかやるだろう)
左膳も自己評価が低いだけで、薬師としては悪くないほうだ。ただ、失敗が許されないと思っている節がある。薬自体は個人差によって効く効かないがあるので思いつめる必要はないのだが。ただ、薬が合わなかったときの引き際だけはしっかり見ていればなんとかなる。
「しかし銀五枚かあ。劉医官だっけ? いいお医者さんだねー」
「医者としては優秀だよ。厳しいけど」
劉医官は羅門と並ぶ茘の名医だ。
「厳しくてもちゃんと僕を評価してくれるのは嬉しいものだよー。中には銅銭数枚で丸一日こき使う人だっているしさー。資料の写しに銀五十枚もくれるっていうし、ちゃんと働かないとねー、評価してくれた人には正しい対応をねー」
「じゃあ、評価してくれなかった人には?」
「それ相応の対応だよー」
妙に意味深なのでこれ以上深く聞かないでおこうと猫猫は思った。
「そんだけこき使われると思うけど」
「そのときは銀五枚に賃上げ要求するよー」
「賃上げ成功するといいね」
「しちゃ困るかなー」
つまり忙しくなるということだ。
「さっきの資料、私にもあとで見せてくれない?」
上級医官も認めた資料だ。それだけの価値がある。
「いいけど銀五十枚払える?」
「うっ」
猫猫にとって給料二、三か月分の価格だ。
「友達価格でやってくれない?」
「どうしよっかなー」
実は羅半並に金銭の駆け引きが上手いのではと、猫猫は思った。