二十、心に響く銅鑼
どこかの地方に火事と喧嘩はなんとやらという言葉があるとかないとか。
というわけで、観客が集まるのは珍しいことではなかった。
「いやあ、意外ですね。今回は辰と羅ですか」
「羅は色んな奇才が生まれるというが、あの青年は武の才を持っているというのかな」
周りの声がよく聞こえる。はらはらしている若い衆に比べて、年配のかたがたは花見気分だ。別に、他家がぶつかることは珍しくもないらしい。
「羅半兄、武器はどうします? 鍬の長さはどのくらいがいいですか?」
猫猫は羅半兄に聞いた。
「何が鍬だ⁉」
「立ち合いは木剣か木棒だよ。刃物は禁止」
羅半が修練用の木剣や棒を持ってくる。
「先が布で巻かれていますね」
「仮にも名持ちの一族の有望な若者たちだからね。修練でも死ぬときは死ぬから」
「へえ、これなら死なねえな」
羅半兄は、落ち着いていた。
「大丈夫ですか? 剣の指導なんて受けたことありますか?」
「剣はなあ。祖父さんにひたすらぼこぼこ叩かれたことはいっぱいある。修練という名の折檻だったけどな」
「お祖父さまは、剣の腕はいくらか名をはせたと聞いているけど、教え方は下手だからね」
羅半が両手を広げてため息をつく。
「そうだな。仕方ねえさ。とりあえず規範は教えてくれるか?」
「規範は、相手が戦闘不能になるか待ったをかける、もしくは武器を離したら試合終了だね。あと、金的、目つぶしは駄目だよ」
「じゃあ、相手に斬られても倒れなきゃ続けられるのか?」
「そうなるけど、普通は寸止めにして相手に実力差をわからせるほうが多いんじゃないかな」
羅半は他人事のように言う。
「負けたらどうするんです?」
「負けても問題ねえだろ? 元々、俺たちには関係ない案件だ」
猫猫の質問に、羅半兄はさっくり答えた。
それは姚と燕燕にも聞こえるようにだ。
「姚さん、燕燕さん。俺はあんたたちのことは良く知らないが、あいつの言うことが気に食わねえ。だから、こうやって決闘の真似事をする。勿論、負けるつもりはねえけど、このとおり俺は武官でも剣豪でもなんでもねえ。そこのところは理解してくれ」
「わかっております」
姚はもじもじしている。
「とはいえ、さっき馬閃さんがいたな。あの人というか、馬の家はあんな横暴なことを許さねえだろう。俺たちがあんたらを保護しないにしても、勝手に引き継いでくれるんじゃないか?」
「どうしてそう思うんです?」
燕燕が訊ねる。
「いやねえ、馬閃さんの兄貴とはたまに話すことがあったからね。弟のほうとはあまり会話しないけど、見ての通り曲がったことは嫌いだろう」
羅半兄は、西都にいた。馬良と相性が良かったのはとても意外だが。
「そうだね。僕たちが手を引いても問題ないだろう。あと、辰の大奥さまには念のため話をつけておくから」
「へえ、やる気がないと思っていたんだけどねえ」
猫猫は意味もなく羅半を煽る。
「一応、頼まれたことはするのが、大人というものだろう」
「大人ねえ」
猫猫は視線を変人軍師に向ける。すでに決闘会場である中庭に、特等席を用意していた。
「猫猫や、こっちで見ようか」
二番は、わざわざ卓子と椅子を運ばされてため息をついている。
「ということだ。俺は勝っても負けても、深く気を負うことはないから、あんたらも気にしないでくれ」
羅半兄は、鍬と変わらぬ長さの木棒を手にすると、中庭に向かった。
猫猫たちは二番が用意した椅子に座る。
立会人を務めるのは、馬の一族のようだ。見たことがない三十代半ばくらいの男だ。麻美がにこにこと手を振っている。
馬閃および数人の男が羅半兄と付きまとい男の周りを囲んでいる。何かあった時、すぐさま取り押さえられるようにしているようだ。
羅半兄が棒に対し、付きまとい男は木剣だ。
「辰の一族は基本、剣を修練するからね」
羅半はちまちまと果物を食べている。
「長さ的には有利に見えるけど」
姚は真剣に見ている。
「始まりますね」
立会人が手を挙げる。羅半兄は兄なりに構えていた。それらしき形に見えなくもない。
付きまとい男は一応武人の家育ちであり、武官であることから構えが決まっているように見える。
「始め!」
立会人が手を振り下ろすとともに斬りかかったのは、付きまとい男だった。がつんという音、羅半兄の棒が木剣を受け止める。棒を斜めにし滑らせるように木剣を返し、後ろに下がる。
猫猫は剣術云々についてよくわからない。ただ、羅半兄が一方的に押されているように見えた。
「大丈夫なのですか?」
姚が心配そうに羅半に聞いた。
「さあ。僕に武術のことを聞かれても困るよ」
羅半の答えは素っ気ない。
「聞き方が悪いですよ。おい、丸眼鏡、どういう数字が見える?」
猫猫は、雑な言い方で羅半に聞く。
「兄さん、けっこう武術に適性があるんじゃないかって思った。押されているようだけど、無駄な数字には見えない。対して相手は、きっちりした動きだね。数字が安定しているから、仮にも武人の家だからと基礎はしっかり叩き込まれているんじゃないかな」
「つまり、兄負ける」
「猫猫! 縁起でもないこと言わないで!」
姚が怒った。
だが、防戦一方で羅半兄は攻撃できない。そして、攻撃しなければ、いつしか打たれる。
「きゃっ!」
羅半兄の腹に木剣が当たった。羅半兄の体は横に飛ぶ。ずさっと地面にあとを残し、踏ん張っている。
「ははは、所詮は農民だな。戦う術も知らない。立場をわきまえろ」
「農民の何が悪いんだよ」
羅半兄は、また棒を構える。
「強がりを言うな」
「ごめんなあ。俺は生きぎたないもんでね」
羅半兄の声は、普通だった。いつもと変わりなく普通だった。
「ふうん。意外と面白いなあ」
菓子の粉をこぼしつつ、変人軍師が呟いた。手垢で濁った片眼鏡の奥には、狐のような目が二人の動きをなぞっていた。
同じような動きが続く。羅半兄が押され、付きまとい男が攻撃する。とてもつまらない、さっさと仕留めてしまえという野次の声も聞こえてきた。
防戦一方で、何度打たれてもまた挑む羅半兄。ひたすらこれでもかと攻撃する付きまとい男。
そんな中でも変人軍師はじっと見ていた。そして、羅半もまた凝視していた。
「もしかして、うちの兄さんってやばい人なのかな?」
「やばくはないけど、やばい目には一杯遭っている人だと思う。どうやばいんだ?」
猫猫は答える。
「さっきから動きの数値が変わっていない。相手はどんどん数値が下がっているのに」
「そういえば、さっきほどあの醜男の勢いがありませんね」
燕燕が言った。別に付きまとい男は醜いというほどひどい面ではないが、燕燕にとって餓鬼よりも醜悪に見えるのだろう。
そして、攻守は忽然と入れかわる。
付きまとい男は焦っていた。焦ったがゆえに、羅半兄に向ける攻撃が雑になる。羅半兄はそれを見逃さず、弾き飛ばし、そして、木棒を前に突く。
ぐふっと付きまとい男の体が折れる。わき腹に棒を突き立てられ、口から唾がはじけ飛ぶ。目が大きく開かれ、そのまま体は宙に飛んだ。
飛んだ、というのは大げさかもしれない。だが、それだけ大きな動きに感じたのは、羅半兄の一撃がどれだけ強かったのかわかる。
地面に横になった付きまとい男は、口から泡めいた唾を吐いていたが意識は残っている。
「試合を続けるか?」
立会人が付きまとい男に聞いた。
「ぼ、僕はまだ負けてない……」
まだ、付きまとい男は、武器を手に持っている。ごほごほと咳をして唾を吐く。
ちょっとだけ猫猫は見直す、それなりに根性はあるようだ。
「うん、じゃあ続きをやるか」
羅半兄はまた農民なりの構えを作った。
「おい、農民! 一撃当てたくらいで調子に乗るな。僕が二十、三十とおまえが倒れるまで打ち込んでやる!」
「手加減しなくてもいいぞ。あんたの打ち込みなら、百は無理でも三十くらいなら耐えられる。それまでに五回くらいなら打ち込めそうだ。本当に真剣じゃなくてよかった」
羅半兄はけろっとした顔で言った。
「兄さん、なんかおかしくない?」
羅半がちょっと引いた顔で猫猫を見る。
「元々、逆境には強い方だと思ってたけど、どう見ても数値が振り切れているんだけど。いや数値は普通なんだけど、普通じゃないときに普通って普通はありえないんだけど」
羅半がわけのわからないことを言っている。
「羅半兄。飛蝗とか、盗賊とかにひたすら追い回されてきたからなあ」
今思えば、猫猫が盗賊の村でやったようなことを日常茶飯事のように繰り返して、命からがら西都に帰ってきたのだ。
「じゃあ、続きを始めるか」
羅半兄の息は上がっていない。体力に関しては、一日中開墾をしていても普通にしていた。その普通がやばかった。
付きまとい男は腹をさすりながら立ち上がったが、羅半兄の普通の態度に思わず木剣が滑り落ちた。なんだ、こいつ、という顔になっていた。
「勝負あり!」
付きまとい男は、それ以上強がりを言うことはなかった。
「兄さん!」
羅半を筆頭に皆が羅半兄に近づく。
姚も涙目で、燕燕も申し訳なさそうにしていた。
「ありがとうございます」
姚は羅半兄に頭を下げた。半分、涙目になっている。
(これって一応『私のために戦わないで』だもんな)
後宮で見かけた小説なら、ここで恋が芽生えるところだ。
猫猫としてはちょうどいいと思った。羅半よりも羅半兄のほうがまだ姚の相手としてはふさわしい。若い娘だ、他の男に心変わりしてもおかしくない。
羅半としてもそのほうが良いだろう。
しかし、現実は上手くいかない。
「羅半兄、ちょっと怪我をみたいので上着を脱いでください」
あれだけ何度も打たれたのだから、あざくらいできているだろう。
「大丈夫だろう。それより一応勝ててよかったわ。盗賊相手と違って死なねえって思ってたけど、負けたらかっこわるいもんな」
羅半兄はさすがに女性の前で上着を脱ぐのは恥ずかしそうだ。なお、猫猫の前では下履きだけで庭を耕していたこともある。
「かっこ悪いことはありません。勿論、勝ってくださったことには大変感謝しております」
燕燕が深々と頭を下げる。
「姚お嬢さまのために、ここまでしてくださるとは思いませんでした。本当にありがとうございます。俊杰さま」
羅半兄の顔が一瞬で真っ赤になった。
(はっ?)
「どうしましたか? 俊杰さま」
「い、いや、すまねえ。ええっともっかい言ってくれないか?」
「はい、何度でもお礼申し上げます。ありがとうございます」
「いや、そうじゃなくて! 俊杰ってのは!」
「お屋敷の少年と同じ名前でしたね。ややこしいとは思いましたが、恩人に対して名前も言わずに礼を言うのはどうかと。それともお名前が嫌いでしたか?」
「同姓同名だったのね」
姚は、初めて聞いたという顔をした。
さっきまで姚と羅半兄の前に振られていた旗がもろくも崩れ去った。
代わりに、羅半兄の中で大きな銅鑼が何度も叩かれている。
猫猫は呆然となり、羅半を見た。
「なんか、またややこしいことになってない?」
「おまえは、他人の色恋にだけは聡いよな」
猫猫は読心術などない。だが、羅半が今、猫猫と同じ気持ちでいることは理解できた。
(よりによって、燕燕かよ)
である。