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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
後宮編
34/387

34 解雇

「どういたしましょうか?」


寡黙な従者は主に書類を渡す。

どうにもこうにも頭を抱えたくなる案件だ。


「先日の風明フォンミンの事件より、彼女の実家及びその関係者の名簿なのですが」


風明はそのまま処刑、一族郎党皆殺しは行われなかったものの、親族は皆、財産をすべて奪われ、重さの違いはあるもののすべて肉刑に処せられている。

主である阿多妃にはなにも沙汰さたがなかったのは幸いである。


関係者の中には、実家の商いの取引先も含まれていた。ただの養蜂農家だとおもっていたが、なかなか手広くやっていたようである。


「後宮内に八十人ほどその子女がいます」

「なんだ、二千人中八十か。なかなかの的中率だな」

「そうですね」


高順ガオシュンは眉間にしわを寄せる主にたずねる。


「隠ぺいしますか?」

「できるか?」

「お望みであれば」


お望みであれば。


高順は壬氏ジンシの言葉通りに従うだろう。

それが正しいのかは関係なく、壬氏のいうままに。


深くため息をつく。


関係者の中に見慣れた名前が記述されてあった。

かどわかされて、身売りされた先は、くだんの関係者だったらしい。


「さてどうすべきか」


簡単に決めてしまえばよいのに。

自分の選んだ行為によって、娘がどんな顔をするのか、とても恐ろしかった。



○●○



「大量解雇?」

「そだよ」


おやつに干し柿を食べながら小蘭シャオランはいった。干し柿は、猫猫マオマオが果樹園から失敬し、こっそり軒下につるして作っていたものだ。


「なーんか、一族郎党皆殺しとかそんな感じで、取引のあった商家とかの娘はやめなくちゃなんないんだって」


(それは、なんだか嫌な予感がする)


猫猫の予感はよく当たる。

書類上の猫猫の実家は、交易をおこなっている商家だった。


(いま、解雇とかかなり困るんだが)


それなりに今の生活は気に入っている。

そりゃ、花街に戻れるのならうれしいことに違いないが、戻ったところで銭の算段しているやり手婆につかまるのがおちだ。


李白ののち、いまだ上客を送り込んでいない。

それが問題である。


(確実に売りとばされる)


猫猫は小蘭と別れると、普段会おうとか思わないその人物を探すことにした。




「珍しいな。息が荒いぞ」


後宮の正門で、麗しき宦官は軽く言ってくれる。

猫猫は、翡翠宮ひすいきゅうのほか四夫人の屋敷をすべて周り終えた後だった。


「……っ」

「落ち着け。顔が真っ赤だぞ」


壬氏は天女の顔に、いささか焦りを見せている。


「おっ、お話が、あ、あります」


猫猫は切れ切れに言葉をつむぐ。


壬氏は目を細めた。なぜだか、憂いを含んだ顔だった。


「わかった。中で話そう」






通されたのは宮官長室で、いつもどおり外で待ちぼうけを食らう長には悪いと思う。一礼して中に入る。


「どうせ、今度の大量解雇について聞きたいのだろう」

「はい。私はどうなるのでしょうか」


返事の代わりに壬氏は書類を見せる。上質の紙に書かれた中に、猫猫の名もあった。


「つまり解雇というわけですね」


(どうしようか)


解雇といわれてやめてくださいと言える立場ではない。自分はたかが女官だということは重々承知している。

無表情のまま、媚びる目をしないようにこらえた。結果、いつものくせで毛虫でも眺めているような顔になった。


「どうしたい?」


うかがい聞くその声に、いつもの甘さはない。むしろ、逆に甘えるような少し幼い声だった。声色と違い、顔だけは真剣に固まった顔をしていた。


「私は、ただの女官です。言われるままに、下働きでも、まかないでも、毒見役も命じられればやります」


(だから、解雇クビにしないでくれ)


精いっぱい雇ってくれといったつもりだった。

青年の表情は、固まったままで、ふと視線をそらすと小さくため息をついた。


「わかった。退職金ははずもう」


青年の声は冷たく、うつむいて表情は読み取れなかった。


交渉は失敗した。



○●○



いじけたあるじを見るのは、今日で何日連続だろうか。

仕事には今のところ支障はないが、執務室に戻ると部屋の隅に座り込み、陰気な空気を醸し出すのは勘弁願いたい。

胞子でも飛ばさん勢いである。


麗しき天女の笑みとはちみつの声を持つ青年はそこにはいない。


猫猫は解雇通告の翌週に出て行った。愛想はないが、礼儀正しく、世話になったところに一軒一軒回って行ったらしい。

玉葉ギョクヨウ妃は渋っていたが、壬氏が決めたことだと聞くととりあえず引き下がった。「後悔しても知らないわよ」とご丁寧に捨て台詞を残して。


「やっぱり引き止めればよかったのでは」

「なにもいうな」


高順ガオシュンは腕組みをし、眉間のしわを深くする。


お気に入りの玩具おもちゃをなくしたときは、どんなものだったか。

より新しい珍しい玩具をあたえるのに、どのくらい苦労しただろうか。


玩具といっしょにしてはいけないのかもしれない。

壬氏は娘を道具として扱いたくなくて、引き止めるのをやめたのだった。そこで、新しい毛色の違った娘をあてがえたところで何になろう。


まったくもって厄介である。


「代替がだめなら、本物を用意するしかないか」


壬氏に聞こえない声でつぶやくと、ふとある人物を思い出した。


娘の実家をよく知る武官である。


「手間のかかる」


苦労人、高順は首の後ろをかいた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] んー [気になる点] 普通頭の固い役人でも(普通の役人かどうかは知らんが)できる力を持ってるならやるはず。しなかったのはただそれだけの間柄ということ。やらずに後悔するならやって後悔というこ…
[一言] 不器用かw
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