十六、辰の家宝 前編
「さて、そろそろ行きましょうか」
羅半が立ち上がる。猫猫も仕方なく立ち上がると、変人軍師がぼやっとついて来る。
「じゃあ、兄さん頼んだよ」
「へいへい」
羅半兄はなんとも居心地悪そうに返事をした。
護衛は二人残して、一人だけ猫猫たちと同行する。
「二番、義父上がはぐれないように見ていてくれ」
「かしこまりました」
二番という呼ばれ方からして、変人軍師が引き抜いた人材だろう。三十半ばの壮年で、護衛らしい屈強な体つきをしている。腫れぼったい目をした生気のない人物だが、変人軍師のお守りを年中していたら大体の人間がそうなるものだ。
辰の一族も席を立つ。向こうは保護者役の老女とお世話の男、あと一人若い男が宴会場を出る。羅半のことだ、あらかじめ時間と場所を決めていたのだろう。
予想通り、羅半は辰の一族と同じ密会部屋に向かった。
部屋に入ると、長卓が一つと椅子が三つずつ両側に並んでいる。
三対三、それに護衛が一人ずつ。数も合わせてきた。
「いやはや、此度は私の申し出を受けていただき、ありがとうございます。辰の大奥さま」
(私とか)
羅半はいつもに増して営業用の顔を全開にしていた。
変人軍師はいつも通りで、二番の手には果実水の瓶と甘い匂いをぷんぷんさせた袋がある。
「ふふふふ。大奥さまとは言ったものね。それにしても、孤高の羅の一族からの申し出とは何かしら?」
(孤立無援の間違いでは?)
猫猫はそう思いつつ、黙っている。羅半が喋っているのは、変人軍師が役に立たないからであって、本来、目上の人物に対して対等に話すことは良しとされない。
「とりあえず座りましょうか」
大奥さまが言い出したことでようやく座れる。なお、変人軍師は勝手に座ろうとしていたのを二番に止められていた。
猫猫は順番として最後に座る。変人軍師の隣に座るしかなかったので、椅子をずらして微妙に離れた。
(羅半、絶対薬草か何か踏んだくってやる)
猫猫としては我慢が多い会合だ。
「それで、私たちに素晴らしい提案があると聞きましたけど」
大奥さまは、威厳とかつての美しさの片りんを残す大熟女だった。羅半からしたら得意の相手だろう。
「四十年前、辰の一族が失った家宝を探し出すと言ったらどうでしょう?」
「ふふふふふふ」
大奥さまは団扇で口元を隠し、上品な笑いを見せる。隣の補佐の男は、呆れた表情を浮かべていた。
「本当にどこから聞いたのですかね? 今更、探し出そうなんて無理に決まっているでしょう?」
「ですが、先代当主である貴女の旦那さまは、亡くなられる寸前まで探していたと聞きましたけどね。ええ、三年ほど前まで」
「そうです。自分の代で家宝を失ったと言えば、どれだけ恥かわかりますか? 夫は、それはもう悩んでおりました。何より親友であった卯の一族の長と喧嘩別れするほどに」
「有名な話ですね。卯の一族が盗んだと、宮中で叫び、抜剣したと」
「お恥ずかしい話です。夫は武勇に優れた人でありましたが、癇癪持ちのところがありましたので。だからこそ、冷静に諫めてくれる卯の一族の長がいて助かっていたというのに」
大奥さまは悲しそうにまつ毛を伏せる。
だが、横にいた若者が立ち上がる。
「お祖母さま! 卯の一族をなぜ庇うのですか? では家宝はどこへ行ったというのですか?」
若者は二十代半ば。辰の一族は馬の一族と同じく武人の一族だろうか。がっちりした体つきをしている。
「家宝は消えた。お祖父さまが今際の時におっしゃったではないですか? 『もう探さなくていい』と」
「ですが!」
「やめなさい」
補佐の男が孫の男を止める。
(あー、そういうことね)
今回、羅半が接触したのは孫の男なのだろう。辰の一族としては、先代の死とともに終わりにしたが、一部の者たちは納得していない。
羅半はどうしようかと悩んだ顔をしていたが、ちらっと変人軍師を見たのに気が付いた。
「義父上、どうしましょうか?」
「ん?」
変人軍師は、二番から貰った袋から麻花を齧っていた。無くなっても、卓の上には水菓子が置いてあるので、しばらく持つだろう。
「義父上の時間が無駄になってしまいましたね。特別なお願いだというので、時間を割いたというのに。あえて、気を使わせぬため、こちらからの要望という形にしたというのに」
羅半は残念そうに首を振る。
「どういうことですか?」
大奥さまは孫を見る。
「だって、こうでもしないと見つかるものも見つからないでしょう!」
「おまえから頼んだんだね?」
「ええ。そうですよ」
辰の一族の者たちは、変人軍師を凝視する。本来、触れるべからずの札付きの男だ。変人軍師から声をかけたならともかく、辰の一族から接触したのなら話は違う。
羅半は困った顔をしていたが、その分厚い面の皮の下ではほくそ笑んでいるに違いない。
「そうですね。四十年も前の話でしたら、たとえ義父上でもわからないことがあるかもしれない。でも、呼び出されて何の話も聞けなかったというのはさすがに莫迦にするにもほどがあります。ということで、お話だけでも聞かせていただけないでしょうか?」
べらべらと口が回ると猫猫は感心する。
辰の一族は、複雑な表情をしながらも、頷いた。
「では、夫がいつも説明していた内容を私の補足を加えて話します」
大奥さまは大きく息を吐いた。
〇●〇
まず我が家の家宝は玉を持った金の龍の置物です。龍という瑞獣を家宝にしているのは、このいただいた文字が『辰』であることと、家の興りが関係しております。
辰の一族は、皇族の傍系として名をいただきました。故に、瑞獣を表す『辰』の字があてられております。
家宝は六代前の皇帝陛下より賜りました。その代の東宮は体が弱く、他に兄弟がたくさんおられたそうです。東宮は自分が帝位につくより、優秀な弟が帝位についたほうがいいと父君である皇帝陛下に直訴したそうです。
ですが、推挙した弟君は優秀であるものの母君の位が低かったのです。東宮は宮中の内乱を防ぐため、出家を決意されましたが、皇帝陛下はそれを良しとせず、臣籍降下で話は片付きました。ちょうどその時、直系に男子がいなかった辰の一族にやってこられたのです。
東宮は体が弱いものの、聡明なかたで皇帝陛下も可愛がっておりました。たとえ、皇族でなくなったとしても息子であるという証拠に玉を持った龍の置物を贈られたのです。
ええ、そうですね。皇位継承権はありませんが、我が家の男子は皇族の男系の血を引いております。
前置きはこれくらいにしておきますか。
なぜ家宝を失くしたのかについてですね。
四十年前、我が家の蔵が火事になったのです。大きな火事でした。懸命な消火作業と大雨のおかげで全焼することはありませんでしたが、蔵の中の物はほとんど焼けてしまいました。
家宝の龍の置物もそこにあったのです。火で焼けてしまえば家宝も何もない、そうでしょう。
ですが、夫が家宝は絶対あると言い出したのです。誰かが盗んだ、持ち出した、それが卯の一族だと名指ししました。
理由は、卯の長がちょうど火事の時、我が家を訪問していたのです。大量の水をかけ、近くの小屋を壊し、延焼を防いでくれました。
傍に建っていた屋敷に燃え移らなかったのは、卯の一族のおかげと言ってもいいのに、夫は恩人に後ろ足で砂をかける真似をしました。
その当時、卯の一族は女帝、と言っていいのでしょうか。時の皇太后の派閥に属していました。皇位継承権はありませんが、皇族と同じ血を引くという誇りを持った夫は、どこの馬の骨ともわからない女に頭を下げる気はないと豪語しておりました。あの時代、本当に族滅させられなかったのが不思議なほどです。
私は、家宝は蔵と共に焼けてなくなったと思っています。
その言葉を信じず家宝を探し続ける夫は、子や孫にどこかにあると言い続けてきました。その結果が卯の一族との確執に繋がっているのです。
〇●〇
大奥さまは話を終えると、茶をゆっくり飲んだ。密談の間に丑の使用人はいないので、それぞれの護衛達が用意してくれた。
(皇位継承権のない元皇族)
猫猫はふむと顎を撫で、変人軍師を見た。
「なんだい、猫猫?」
変人軍師はすかさず猫猫の視線に気づいた。
「……」
猫猫は一瞬無視したかったが、話が進まないと困るので、我慢した。
「さっきの話に嘘はありませんか?」
やりたくないが耳打ちする。そのまま話すと辰の一族に駄々洩れだ。
「嘘? うーん」
変人軍師の反応からして嘘はないらしい。あと妙に嬉しそうなのがなんか嫌だ。
猫猫はさっと変人軍師から離れた。
どうしてもさっきの話には気になることが多すぎた。
そして、羅半はこういう猫猫の表情を見逃したりしない。
「ちょっといいでしょうか?」
羅半が挙手した。
「なんでしょうか?」
「いえ、私ではなく妹が話を聞きたいようで」
羅半は猫猫を見ると、器用に片目だけを瞑って見せた。