十四、宴会場
宴会場は風変りな配置になっていた。
「田んぼ一枚分かなあ」
羅半兄の感覚ではそういう広さだ。一つの間にしてはとても広い。
中央に大きな丸い舞台があり、その周りを円卓が囲っている。
姚たちはまだ支度に手間取っており、離れに残っている。少し不安だが、護衛と変人軍師が残っているので、間違って変なのにからまれることはないだろうと考えた。あと、燕燕は変人軍師の扱いが比較的うまい。
猫猫は羅半と羅半兄とともに先に会場に来た。
「上座下座を意識させない配置だね」
羅半が言った。
猫猫も同じ考えだ。前に舞台があるとどうしても後ろの席の一族が蔑ろにされているように思える。適切な判断だろう。とはいえ、さすがに二列になっているが、前が干支の字を持つ家、後ろがその他の字の家とわかりやすい配置なので誰も文句は言わないはずだ。
まだ半分も人が来ていない。誰も座っていない円卓も目立つ。『馬』と『玉』という字が書かれてある円卓もあったが、まだ誰も来ていない。
卓の数は二十ほど。一卓につき八名が座れるようになっているが、多くの卓は全部埋まることはない。面白いことに座る組み合わせがどこも似たようなものだった。
(隠居したような老人と若者の組み合わせが多い)
猫猫たちは『羅』の字が書かれた席に座る。
猫猫は羅半を小突く。
「なあ」
「なんだい?」
「もしかして、ここお見合い会場か?」
「その側面もある。傍系の優秀な者や器量よしを連れてきて、他家に売り込むことも少なくない。血族だけでなく、名家と縁故を結びたい者もいる。そういう者を連れてくることもある。もちろん、はずれも交っているけどね。なお、父さんと母さんはこの会合で知り合ったらしいよ」
(普通にやばくないか?)
姚たちを連れてきてまずいと思っているのは猫猫だけでない。羅半もだ。他所のお嬢さんを勝手にお見合い会場に連れてきたのだから、機嫌が悪くなっても仕方がない。
しかし、見合い会場というのはあくまで一面だ。
「他の面では?」
「次期後継者の顔見せや縁故作り、もしくは商売関連の取引や、政治的干渉なども。お爺さまが大好きなことが多くて、毎回参加していたらしいね」
羅半はちらっと宴会場の外を見る。
「休憩室は用意されていて、それぞれ音が漏れにくい造りになっている。密談するならどうぞというわけさ」
羅半の本命はそこだろう。いや、嫁探しに関しては、羅半兄が本命かもしれないが、変人軍師を連れてきている時点であきらめた方がいいだろう。
「おまえ、まさかあくどいことに手を出していないよな? 俺に良い人紹介するとか言って」
羅半兄が、弟に詰め寄る。やはり嫁探しで羅半兄を釣って来たらしい。
「兄さん、僕が綺麗なものしか見たくないことを知っているだろう?」
「そうだけど。おまえはどこか胡散臭いから」
「ああ、胡散臭い」
猫猫が頷く。
「詐欺働いてそう」
「地味顔で安心させて隙につけいる型の結婚詐欺」
猫猫が付け加える。
「なんてひどい奴だ。投資した船、沈んじまえ沈んじまえ」
「船員が可哀そうですよ」
猫猫は無関係な船員に同情する。
「なら小指ぶつけてしまえ」
「兄さんと猫猫、なんで兄弟の僕より仲が良いわけ?」
羅半がむっとする。
一円卓につき一人ずつ使用人がついており、すぐさま飲み物を準備してくれる。羅半は茶を、猫猫と羅半兄には果実酒を用意してくれた。果実酒には消化を助ける香草も漬け込んであった。
羅半は使用人にさらに点心を持ってくるように言いつける。変人軍師に食べさせるためもあるだろうが、同時にこれからする話を聞かれたくないようだった。
「僕の目的は、とある御仁と親密になりたいんだ」
「女か?」
猫猫は冷めた目で羅半を見る。
「んなわけないだろ。ほら、右斜めの卓さ」
猫猫は視線だけ右斜めを向く。円卓に五人が座っている。かなり高齢の老人とその補助をしている中年女性、それから若い世代が三人いた。一人は二十代くらいの男で猫猫は見覚えがあった。残り二人は見覚えがないが、一人は女でもう一人はまだ十ほどの少年だ。卓には『卯』とある。
(これは……)
猫猫は、都合がよかったのか悪かったのか。姚たちだけでなく、馬閃の厄介ごとも否応にでも参加しなくてはいけなくなるのではないか。
(羅半に気付かれてはいけない)
猫猫はできるだけ興味がないふりをする。
「じいさん?」
素っ気なく言ってみた。
「ご年配と言いなさい、言いなさいね」
羅半は茶を飲みつつ、卓の中央に置かれた菓子をつまむ。
「あと左斜め前」
また視線をずらすと、年配の女性がいた。補佐らしき男性が一人と、若い世代が五人座っている。卓には『辰』とある。
「ばあさん?」
「だからご年配と言おう、言おうね」
羅半がたしなめるように言った。
「ご年配二人がどうしたんだ?」
「あの二つの家は、四十年ほど前から不仲なんだ。昔は仲が良かったらしいけど、先代当主たちが大喧嘩をしてから一族ぐるみで不仲になった」
「その先代当主というのがご年配二人?」
「いや、女性は先代当主の妻だね。とはいえ、当時の事情はよく知っているだろう」
先代当主は鬼籍に入ったのだろうか。
「喧嘩の原因は?」
「家宝を盗まれた側とその容疑者だそうだ。盗まれた側が辰、容疑者が卯だ」
「わあ、面倒くさそう」
しかも四十年前ときた。今更、家宝が出てくるわけがないだろう。
「別に家同士が不仲でもおまえには関係ないんじゃないのか? 冷たいように思えるけど」
羅半兄も小声で喋る。
「普段ならそうなんだけどね。今は卯の一族が弱っている。そこにつけこんでくる悪い人たちがたくさんいるんだよ」
羅半は、子どもに教えるように易しい言い方をする。
「子の一族が滅びて久しくもない。そんな中、また名持ちの家が無くなるのは避けたいだろう?」
「んで、仲が悪い家同士を仲直りさせて、卯の一族の力を回復させようってのか? そんなうまくいくとは思えない話だし、何より四十年前の事件を解決できると思っているのか?」
羅半兄の言葉に猫猫も頷く。
「普通はそうだね。でもね、辰の一族はまだ家宝が見つからないか探している。もし見つけることができたら、どんな恩が売れるだろうか」
「それが本命な」
猫猫は果実酒を飲みながら言った。なかなかうまい。
「あと気になることがあってね。前に、義父上の執務室で首つり死体があったろ」
「何の関係がある?」
「三人の犯人たちの実家はどれも辰の一族とつながりがある家だと言ったら?」
「……」
猫猫は黙って酒を飲み干す。
「四十年前の事件を解決するのは難しいけど。猫猫に、兄さん、それから義父上。できれば羅門大叔父さんも連れて来たかったけど、それは無理だった。まあ、三人寄れば文殊の知恵ともいうし、なんとかなるんじゃないかな?」
羅半にしては客観的な声だが、猫猫としても悪くない。さすがに卯の一族がさくっと潰されるのは、見捨てたようで寝覚めが悪かった。