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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
華佗編
332/387

九、怪我人と付添人

 翡翠の牌の出どころがわかるまで、何もせずに待っているわけにもいかない。普段通り仕事がある。


 なので、猫猫マオマオは変わらず、医務室の仕事をやっていた。


「おーい、急患だ」


 大声で呼び出されて、猫猫は薬棚の在庫確認をあとにする。


 運ばれてきた患者は、胸部と腹部の間に打撲のあとがあった。丸い内出血で青紫色をしている。まだ二十歳ほどの青年だ。


「しばらくやせ我慢をしていたようだが」

「ええ。かっこつけて我慢をしていました」


 患者に代わり、付き添いの男が答える。武官らしくない丁寧な口調だ。


 打撲は、あとから痛みがひどくなる。それにしても、打撲程度ではない雰囲気だ。


「肋骨が」

「お、折れているのか?」

「ひびが入っているかもしれないです。かなりふっとばされましたので」


 怪我人は我慢して声も出せないので、付き添いの武官が応対している。


「何で殴ったんだ? 木剣のあとには見えないのだが」

「素手です」

「す、素手? 熊にでもやられたか?」


 思わず真面目な医官がそんな冗談を言ってしまうくらい、激しい打撲あとだった。


 猫猫も思わず瞬きをする。


 とりあえず処置は李医官に任せて、猫猫は肋骨を固定するさらしや布、うっ血を冷やす手ぬぐいを用意する。内臓に損傷があれば、他にも道具が必要だ。


「どうですか?」

「内臓にはかろうじて損傷はなさそうだ。勿論、経過を診る。体を固定するので手伝ってくれ」

「患部の冷却はどうしましょうか?」


 皇族ならともかく武官の怪我には、氷は難しい。冷えた井戸水を使うので精いっぱいだろう。


「湿布を用意してくれ。いや、その前に鎮痛剤だな」


 冷却よりも骨の固定を優先したらしい。


「わかりました」


 李医官は、西都で筋肉に目覚めたものの、いたって常識的な医官だ。慌てることなく患者を診る姿は、気持ちがいい。


 患者は内臓に損傷はなかったようで、普通に薬を飲んでいる。ただ、怪我をした状況について黙っているので、付き添いの武官に訊ねることにした。


「訓練中の怪我ですか?」

「ええ、まあ。そうとも言えます」


 曖昧な物言いをする武官だ。というよりあまり武官っぽくない。全体的に優し気な雰囲気が漂っているし、体つきも李医官よりずっと細い。


「ちょっと、言い争いになりまして、では打ち合いで決めようと」


 つまり決闘ではないかと猫猫は思う。


「何が打ち合いだ……」


 患者が重い口を開いた。


「化けもんだろう、素手で木剣を砕きやがった」

「素手で?」


 猫猫は「はて?」と首を傾げる。どこかで聞いたことがある話だ。


(誰が……)


 やったのかと聞こうとしたら、先に李医官が質問した。


「一体、どんな言い争いをしたんだ?」


 場合によっては、上司に報告しないといけない案件だ。最近は、派閥争いで怪我をすることが多い。


「別に大したことじゃありませんよ」


 付き添いの男が困った顔をする。


「何が大したことないだよ!」


 怒ったのは患者だ。まだ腹が痛いのか、叫んで殴られた箇所をおさえている。


「おまえは、自分の妹を莫迦にされてなんで平気でいる?」

「私が妹のことをいまさら何を言われようと、関係ないと思ったからです。むしろ、身内と思われることのほうが、妹にとっては不愉快だろうと思っただけだよ」

「つまり、友人の妹のことを莫迦にされて、怒って決闘を挑んだわけか?」


 李医官が確認するように、患者を見た。


「いや、違います」


 付き添いが訂正する。


「私の妹のことを、こいつが莫迦にしました。そこに通りかかった違う武官が怒って、こいつと打ち合いを始めて負けたわけです」

「……なんだ、それは?」 


 李医官が首を傾げる。


 猫猫も同じく傾げつつ、状況を整理する。


「ええっと、まず妹のことを莫迦にされたのが貴方ですね」

「はい」


 付き添いが返事した。


「そして莫迦にしたほうが、貴方」

「そうだ」


 患者が肯定した。


「そして、まったく別の通りかかった第三者が怒りだして、決闘まがいの打ち合いになり大怪我をした。そして、莫迦にされたほうが付き添いとしてやってきた」

「そうだ」


 李医官と猫猫が揃えて首を傾げる。


「人が良すぎると言われませんか?」


 猫猫は付き添いを見て言った。


「ああ。よく言われるね」


 猫猫の問に付き添いは笑って返す。


「ともかく、怪我をさせた相手が知りたいんだが」

「……せん」

「ん?」

馬閃バセンだよ」


 不貞腐れたように患者が言った。


「馬閃さまですか……」


 あー、と猫猫は納得した。


 ひどい怪我だと思ったが、馬閃が相手なら仕方ない。むしろ――。


「内臓破裂しなくてよかったですね」


 しみじみ呟いてしまった。西都で盗賊の腕を小枝のように折っていたのが懐かしい。加減してくれたのだろうか。


「はあ? 木剣で受け身を取ってこれなんだぞ! 木剣が砕けた上で、このだぼ……っぶほっ!」


 まだ大声を出せるほど元気はないらしい。


 李医官が、喋るなと言わんばかりに固定したさらしをさらにきつく締める。


(人間の皮を被った熊なら仕方ない)


 だが、ここで猫猫はあることに気が付いた。


「あのー」

「なんですか?」 


 武官らしくない、人の良さそうな付き添いの男を見る。


「もしかして、貴方の妹というのは里樹リーシュさまではありませんか?」

「はい。そうですが、よくわかりましたね」


 付き添いの男は笑って頷いた。



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― 新着の感想 ―
あー、綺麗に馬閃さんの逆鱗触れちゃった訳かw
[気になる点] えー、あの世間知らずお嬢のあにー (゜∀゜) [一言] 馬閃、友達あんまりいねぇだろな
[気になる点] 馬閃がちょいと本気を出せば素手で四肢骨折させて職務復帰不能で退役にもできると思う。 訓練中の事故により職務復帰不能なため、退役と。 だけど、今回は打撲+肋骨にヒビが入ったかもで済ませて…
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