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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
華佗編
330/390

七、翡翠の牌

 猫猫は宿舎の自室にて、腕組みをしていた。 


 目の前には翡翠の牌。表面は削られているが、小刀で削ったというより潰したようにも見える。猫猫は小刀を取りだすと先を突き立ててみる。


「硬いな」


 翡翠には硬いものと柔らかい物の二種類がある。この翡翠は硬いもので、それだけ細工がしにくいはずだ。その細工を無残にも真っ二つに割った上に表面を削ったということは、偶然ではありえない。なにかしら、証拠を隠滅するためにやったと考えるのが妥当だ。


「ふむ」


 かろうじて確認できるのは、側面に残った模様だ。


「ちょいと失礼」


 猫猫は墨を取り出し、側面に塗る。そして、紙を押し付けて、指先でなぞる。紙をゆっくりはがすと判子のように写っている。


 裏返して透かして見る。


 古代文字に似た文様だ。


(こういうの、得意な人いたかな?)


 ふと思い出したのは、前に書庫で会った役人だった。壬氏ジンシが祭祀の際、命を狙われる直前に会っていた。祭祀のことに詳しいので、古代文字のことも詳しそうだが――。


(あまり知らない人間に聞くのはよくないな)


 女華ジョカ小姐から預かっている以上、彼女に迷惑がかかる方向に動いてはいけない。


(信頼できる人間は……)


 猫猫の頭に壬氏の顔が浮かんだ。壬氏であれば、皇族や名家について詳しかろうし、何より良くも悪くも善良なのだ。


 子の一族の子どもたちを見逃し、皇族の端くれである翠苓スイレイを隠し、さらには砂欧シャオウの元巫女も匿っている。


(あまり負担をかけるのは良くないけど)


 他に思いつく人物がいなかった。






 西都から帰って来て、壬氏に呼び出されたのは一度きり。以前のように頻繁に呼び出されることはなくなった。


(呼ばれたいような呼ばれたくないような)


 猫猫としては前回が前回なだけに複雑だった。


(かまされる前にかましたれ)


 その気持ちで壬氏の元へ向かったところ追い出されたのだ。


 拍子抜けしたし、安堵もした。


 とはいえ、どういう顔で次回会えばいいかといえば、どうしようと考える。


(まあ、仕事だと思えば)


 さして気にすることでもなかろうと思っていた。


 だが、こうして壬氏に用事があるときに、向こうからの呼び出しがないのも困る。女華にはひと月で返すと言ったので、期間内に返したい。


 こういう時に便利なのは誰かと言えば、神出鬼没のあの人だ。


チュエさん、こんにちは」

「猫猫さん、こんにちはー。今日は、お昼からの重役出勤ですかぁ?」


 雀はわが物顔をして医務室でくつろいでいた。


「いえいえ。失敬な。買い出しに行ってきたのですよ」


 猫猫の手には布包みがある。後ろにいるのは新人ので、もう一人若い医官と共に街に出ていた。


 妤は、雀を怪訝な目で見ている。雀の存在は、一言で説明しづらい。雀のその態度を見ると、とても優秀には見えないし、だからといって誰かのめかけにしては美人とは言えないので少し趣味が尖っている。ましてや、良い所のお嬢さまと説明するには、逸脱した行動ばかりとる。


 なんかいるけど追い出せない謎の後ろ盾を持つ侍女とされている。


 猫猫は荷物を置く。


「妤さん、荷物を置いて元の仕事に戻ってください」


 今日は、もう一人ついてきた若い医官に薬の仕分けを教えるので、妤は別の仕事についてもらう。


「わかりました」


 妤は謎の侍女を最後まで怪訝に見つつ、帰って行った。


「猫猫さん猫猫さん、先輩面してますねぇ」

「雀さん雀さん、私は実際、先輩なんですけど」


 猫猫はそう言ってから、雀を見る。


「ちょっとご相談があるんですが」

「なんでしょうか?」


 雀は饅頭を食べている。後ろでは「こいつをどうにかしろ」と医官が猫猫を睨んでいた。西都で顔見知りということもあって、猫猫がいない間、雀の世話をしていたようだ。饅頭に合う茶を淹れていた。


 猫猫は李医官の元へ向かう。


「雀さんは私が受け持ちますので」

「わかった」


 猫猫はお茶を受け取る。


「あのー」


 誰か話しかけてきたと思ったら、若い医官だった。


「薬の仕分けはどうするんですか?」

「それは私がやろう」


 李医官は薬の仕分けと雀の世話を天秤にかけた。そして、薬の仕分けのほうが楽だと思ったらしい。


 ちょうどいい。あまり聞かれたくない会話なので、別室に移動する手間が省けた。


「さあさあ、猫猫さんお茶にしましょうねぇ。猫猫さん、お饅頭は肉餡のほうがいいですよねぇ?」

「はい」


 猫猫は茶を雀の前に置く。


「ちょっとご相談とは、こういう場所ではしにくいと思いますねぇ。ええっと、静かな場所で後程落ち合うというのはどうでしょうかねぇ?」


 雀の指は北側を示していた。壬氏の宮がある方向だ。


「いつ頃向かえばよろしいでしょうか?」

「雀さんが迎えに来ますゆえ、猫猫さんは宿舎にてお待ちいただければと思いますぅ」


 猫猫は考える。翡翠の牌について聞きたいが、そこまで大ごとにしてよいものだろうか。例の殺人事件に関係しているとは言い切れないが、まだ憶測の範囲に過ぎない。


 唸っている猫猫の口に饅頭が突き付けられる。


「んぐっ⁉」

「はいはい、猫猫さんが何か躊躇していることくらい、雀さんにはまるっとおみとおしなのです」

「……」


 猫猫はもぐもぐと口の中につっこまれた饅頭を食む。


(この人は察しがいいもんな)


 猫猫はごくんと饅頭を飲み込み、茶を含む。


「では猫猫さん」


 雀はそっと猫猫の耳元で話す。


「雀さんが旦那様を誘惑した、すけすけの寝間着を貸してあげますので、次は成功してください」


(いや違うて)


 猫猫の口の中の茶は、雀の顔面に降りかかった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ふと思い出したのは、前に書庫で会った役人だった。壬氏ジンシが祭祀の際、命を狙われる直前に会っていた。祭祀のことに詳しいので、古代文字のことも詳しそうだが――。 誰のことですか? 「…
[一言] コレは、雀さん、可愛そうやな。 つか、避けれるだろ、わざと食らったな。
[気になる点] 雀さん 月の君様の侍女です、とか 月の君様の文官の夫人です とかでいいんじゃないですかね。 なんで突然妾?この国では妾さんは外へ出てくるけど人妻はおつきもつけずに外へ出ちゃいけないこと…
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