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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
華佗編
329/389

六、女華の頼み

 露店の串焼きを食べ終え、猫猫マオマオは口を尖らせていた。


 狭い緑青館の薬屋の中に、猫猫と左膳サゼン、そしてがいる。何をしているのかと言えば、在庫と帳簿の確認だ。


「おい、最近薬草代ふんだくられてないか?」


 猫猫は、目を細め、仕入れの値段を確認する。


「そうだろう? 高いだろう? でも、この値段じゃねえと克用コクヨウが売らねえって言うんだよ」


 左膳がぼやく。肝心の克用と言えば、薬屋が狭いので外でチュエと共に、子どもたちと遊んでいた。


 趙迂チョウウも一緒に遊んでいる。猫猫と目があったが無視してきたので、多感なお年頃なのだろう。


「あー、これも高い。湿地でしか育たないからって足元見やがって」


 畑で薬草を栽培するのにも限りがある。限られた入手経路だとどうしても、強くは出られない。


「その内、買い付けにも行かされるから、生薬の値段なんかは大体覚えておいたほうがいいです」


 猫猫は暇そうな妤に帳簿を見せる。本来、軽々しく見せるべきものではないが、悪用することはなかろう。


「基本、他の医官と一緒に買い付けに行くけど、悪い業者は医官が離れたときを狙って売りに来ます。『あと残りこれだけ』、『今後いつ手に入るかわからない』とか言ってきたら要注意です。粗悪品を掴まされることもありますので」

「わかりました」

「俺も何度かやられたわー」


 左膳がふうっと息を吐く。


「左膳は商売下手そうだからな」

「うっせー。元農民だ、こら」

「元農民」


 そういえば現役農民こと羅半ラハン兄はどうしているだろうか。羅半兄が帰ってきたら、芋と麦の他に、生薬の栽培を手掛けてくれないかと打診するつもりだ。


 帳簿の確認を終えると、在庫を調べる。ついでに左膳が調合した薬を確認する。


「ど、どうだ?」


 左膳は猫猫の表情を窺う。


「悪くない。良くもない。及第点」

「なんだよ、それ。ちゃんと習った通りに作ったのに」

「習っただけじゃなく、どうすれば飲みやすくなるかとかも考えてみろ」


 左膳は口を尖らせつつ、記帳メモを取り出す。帳面には配合法など書かれていた。左膳は、これといって特に頭がいいわけではないが、勤勉なのは美徳だ。


(ついでに調合もしとくか)


「妤さん。ここにある材料で知っている薬を作れますか?」

「熱冷ましと切り傷用の軟膏くらいなら」

「じゃあ、作ってみてください」


 猫猫はその間に在庫の確認の続きをする。


 妤の動きはぎこちないが、作り方は間違っていない。


「克用から教わったのですか?」

「はい。克用さんは、村の子どもに読み書きや薬の作り方を教えていました。開拓村ということもあって、怪我は絶えませんでしたので」


 妤は無口だと思っていたが、意外とぺらぺら話してくれた。


「克用は妤さん家族以外には、疱瘡の処置はしなかったんですか?」

「はい。疱瘡の恐ろしさを知っていたのは、私の父くらいで他の村人は話も聞きませんでした。特に村長は呪い師も兼ねていたので、克用さんが邪魔だったのでしょう」

「ついてねえなあ、克用」


 左膳は帳面を確認しながら話に加わる。


「どう見たってあいつに非はないだろう?」


 なんで殴ったのかわかんねえ、と左膳の目は言っていた。妤は気まずそうに顔を下げて、すりこ木で薬草をすりつぶす。


 猫猫も何か作るか、と立ち上がった時だった。


「猫猫、いるかい?」


 気だるい声が聞こえた。誰かと思ったら女華ジョカ小姐だった。


「どうしたんだ? 女華小姐?」

「いやねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、私の部屋に来てくれるかい?」


 猫猫は妤と左膳を二人きりで置いていくのはどうかと思ったが、二人とも自分の作業に没頭している。猫猫が席を外しても問題なかろう。


「わかった」


 猫猫は女華の部屋へと向かった。






 本棚がいくつも並んだ部屋には、書物の独特の匂いが漂っていた。妓女の部屋というより学者の部屋と言われたほうが納得してしまう。本棚の隅っこには、猫猫が西都で手に入れたお土産の書物があった。


「何をすればいいの?」


 女華は、机の引き出しから組木細工の箱を取り出す。中から、緑色の四角い板が出てきた。


「これは知っているかい?」

「確か女華小姐の親の手がかりとかなんとか言ってたはいだろ?」


 翡翠の牌だ。表面を削られ、半分に割られている。


 女華小姐は、娼館で生まれた。産んだのは妓女で、種は客の誰か。その客が置いていったのが、この牌の欠片だ。


 女華という名前は不謹慎だ。本来なら『華』という字は皇族にしか使えない。だが、女華の父親は実はやんごとなき血筋であり、その証拠に牌を置いていった。なので、華の字を使っている、というのが女華の設定なのだ。


 女華自身は、自分が皇族だとは思っておらず、莫迦な女が客の男に騙され、盗品か何かをつかまされたと思っている。


 とはいえ、客を呼び込むためには少し神秘的な雰囲気をまとうのも悪くない。女華は商売のために、皇族のご落胤であるかもしれないという物語を利用している。


「この牌について、調べられないかと思って」

「調べろっていっても、表面は削られているし、割られているじゃないか? なにより、小姐は別に親が誰であろうと関係ないって言ってなかったっけ?」

「それがさあ。ちょっと面倒なことに巻き込まれているっぽいのよ」


 女華は艶やかな髪をかき上げる。


「面倒なこと?」

「ああ。前に私の噂を聞きつけて、牌を見せて欲しいと言ってきた客がいてね。あろうことか、譲ってくれとか言われたんだけど」

「断ったんだよね?」

「断るよ。現役のうちはまだこんな牌でも使い勝手があるからね。でも、その後、譲ってくれと言った男が死んだらしいんだ。それからかね。何度か緑青館に空き巣が入って私の部屋を家探ししていったんだよ。どうにも、おかしいと思わないかい?」


 猫猫は腕を組む。


「ねえ、その男ってまだ若かったの? 死因は何?」

「若かったね。武官で、ファンとか言う男だよ。何より三股かけたせいで女たちに恨まれて殺されたらしいわ」

「……」


 猫猫はとても心当たりがある話を聞いてしまった。


(あいつやんけ)


 変人軍師の執務室にぶら下がっていた男だ。


「死因がどうこうわからないけど、ただ不気味でね。猫猫なら宮中に知り合いが多いし、調べられないかと思って」

「わかったよ。現物、しっかり見せてくれる?」

「ああ」


 猫猫は翡翠の牌を確認する。表面は削られて割られているが、元々、大きな翡翠を削って作ったことがわかる。


 皇族かどうかはわからないが、これだけの翡翠を用意できるのは余程の金持ちだろう。


「うーん」

「猫猫、それ持って帰っていいから」

「えっ?」

「ここに置いていても、また泥棒に忍び込まれて盗まれたら本末転倒だろ? まったくわかんなかったら返してくれたらいいし」


 猫猫はどうしようかと思いつつ、牌の表面を撫でる。


(ん?)


 ざらりとした感触がした。側面を見ると削られていない模様が見えた。


「わかった。一月ひとつきだけ借りとく。それまでにわかんなかったら返しに来るよ」

「ああ。よろしく頼むね」


 猫猫は牌を受け取ると、手ぬぐいに包んで懐に入れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 月の君かその母ちゃんに会いに行く予感がするところ。 [一言] 疫病で村全滅か… 生き残っても500年も持たずに過疎で全滅かもね。 人間って何やろね。
[一言] (あいつやんけ)(あいつやんけ) 大事なので2回言いましたw
[一言] ご落胤の話は、天祐の過去話で出てきてたような。 あの話は、天祐が引き取られるまでの話でしたから、確定ではありませんでしたが、確かにご落胤の話もあれば、外戚の勢力争いの具になりそうですね。
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