四、妤の探し人
長身の新人官女こと妤はしつこかった。猫猫が根負けし、非番の日を合わせて会うことになった。
部署が違うこと、いてもいなくても数合わせがしやすい新人官女であるので、休みを合わせるのは簡単だった。
もう一人の新人官女、長紗と比べ、妤は無口だ。猫猫も基本、会話は受け身なので、自然と無言になる。
(これなら花街で待ち合わせをしていたほうが良かったかな)
宿舎で待ち合わせをしていたので、終始無言だ。宿舎から花街までけっこう距離があるが、だからといって馬車を使うのは勿体ないと思う猫猫の貧乏性がある。
(でも、花街で若い娘を一人待たせるわけにもいかないし)
花街で生まれ育った猫猫と違い、堅気の娘が花街付近でうろうろしようものなら、襲われかねない。多少の気まずさは我慢しよう。
目抜き通りを抜け、柳が揺れる水路の横を通り、小さな露店を横目に見ていると、歩く人種が変わってくる。
大きくきらびやかな門をくぐる。門の両脇には門番が睨みを利かせるように、猫猫たちを見る。一人は顔なじみの門番だったので、猫猫が片手を挙げると、「ああ」と頷いた。
「なんだ、女衒の真似事でもしているのか。小猫?」
「人買いなんてしてねえって」
妤は、猫猫と門番のやり取りにびくびくしている。半眼で猫猫を見るが、売り飛ばしたりしないから安心して欲しい。
ただ、素人女が何も知らずに花街の門をくぐろうものなら身売り以外の何物でもない。
独特の香の匂いと、気だるい吐息が空気に混じる。朝帰りする客人を見送る遊女。行燈を片づける禿に、二階の窓からさえずる愛玩動物の小鳥。
花街の中央通りを猫猫は堂々と、妤は恐る恐る歩いていく。
「あんまりよそ見しないで、まっすぐ向いて歩いてください。いきなり誰かに手を掴まれたりしたら、大声を出すように」
「わ、わかりました」
しばらく歩いていくと緑青館に到着する。
「おっ、猫猫、久しぶりだな」
男衆頭の右叫が声をかける。緑青館に長くいる男衆で、左膳や趙迂の面倒も見てくれる。
「そっちの嬢ちゃんの口利きか?」
「売らねえよ。それより、左膳来てる?」
なぜ猫猫が若い娘を連れて帰ってきたら、売りに来たと思うのだろうか。
「うーん、まだだな。この時間だと、裏の畑にでもいるんじゃないか?」
「わかった」
妤はまだおどおどした顔だ。
「あ、あの。目上の人のようですが、あんな言葉遣いでいいんですか?」
妤は不安そうに聞いてきた。確かに、雑な口調なのは認める。
「いいもなにも、ああやって育ってきたので。むしろ、こっちの言葉遣いは仕事だからです」
「仕事だから」
仕事と割り切っているので、年上でも年下でも基本、丁寧な口調を心掛けている。変に砕けるより楽だからだ。
「いました」
猫猫は緑青館の裏へと向かう。猫猫が前に住んでいたあばら家近くの畑に中肉中背の男がいた。
「おーい、左膳」
猫猫が大きく手を振ると、左膳はのっそり立ち上がる。大蒜の収穫をしていた。疲労回復など効用がある他、滋養強壮効果があるので、花街では欠かせない生薬だ。ふっくら育った大蒜は、料理に使っても美味しそうだ。
「どうした? 帳簿の確認か?」
「いや、おまえに客人を連れてきたんだけど」
猫猫は妤を左膳の前に出す。
「俺に?」
「……誰ですか、これ?」
猫猫は妤を睨む。
「ここ数年で薬屋なんか始めた、なんだか胡散臭い男」
「何気に俺、卑下されてない?」
左膳が猫猫をじとっとした目で見る。
「こんなんじゃありません。もう少しひょろっとしてて、何考えているのかわからない美形で、顔半分隠している怪しい男です!」
「何気に俺、美形じゃないって言われてない?」
あえて左膳の主張は無視する。
「……」
猫猫は顎を撫で、首を傾げる。
「じゃあ、あっちかな?」
猫猫はそっと横を見た。
あばら家から、顔半分隠した優男があくびをしながら出て来る。だらしない恰好で、帯もちゃんとしていないから、下帯がちらちら見えている。
「克用」
ふらふらとした明るい苦労人だった。
「昨日、来て遅いから泊まってもらってたんだよ。もしかして、俺じゃなくて、あいつに用が――」
「お医者さん!」
妤は一目散に克用のほうへと向かい、そして――。
「⁉」
妤は克用を思い切り殴った。鈍い音が響く。歯が折れているのではないか、拳が折れているのではないか。そんな、加減を知らぬ音だった。
そして、まだ殴るだけならいい、妤は馬乗りになって克用をぼこぼこにしている。
「おい、やめろ!」
(なにやってんだ! こいつ! なにやったんだ! こいつ!)
猫猫と左膳は、馬乗りになった妤を引きはがす。妤は涙目になって鼻をすすっていた。
「ああ。もしかして、妤? 大きくなったねえ」
克用は鼻血を垂らしながら笑っていた。顔半分を隠した布がめくれ、醜い疱瘡のあとが見える。殴られても笑顔のまま、克用らしいが同時に不気味だ。
「君が都にいるということは――」
「はい。そうです。あなたの言う通りになりました」
妤の両拳は克用の鼻血で濡れ、震えていた。
「村は滅びました」
妤はとんでもないことを言った。
彼女のめくれた袖には、克用と同じ、疱瘡のあとが見えた。