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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
西都編2
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三十二、安眠

 猫猫マオマオはふらふらしながら雀の寝室から医務室に戻ろうとしていた。


(つ、つかれたー)


 もう疲れが絶頂に達していた。鴟梟シキョウを助けてからもうろくでもないことしか起こっていない。


 監禁されたうえ、意味もわからず逃亡、盗賊に捕まり強制労働のあと戻る途中に襲われる。


 チュエの手術は大変だった。肋骨はひびが入っていたが完全に離れていなくて良かった。内臓にも損傷はなかったが打撲が激しくがっちりと固定した。胴体の怪我がひどくなければ命には別状はない。


 ただ問題は右腕だった。


 ひどい有様としか言いようがなかった。辛うじて腕の形を残している。肘から先の骨は複雑に砕けて、肉も半分えぐれていた。


 雀は護衛として腕は立つと思っていたが、分が悪かった。熊男は怒りで痛みも何も考えることができず、それこそ蛇のようなしつこさで倒れなかった。手負いの獣を相手にしたのだ。


 猫猫は骨を元の形につなぎ合わせた。千切れたすじもつなぎ合わせ、皮膚を縫う。


 麻酔なんてものは無く、雀には手ぬぐいをくわえてもらった。動かぬよう手脚を押さえてもらったが、雀はどれだけ痛みに強いのだろうか、ほとんど動くことはなかった。


 本来なら安静にしたいところだが、野営を続けるわけにもいかずならばいっそ急いで西都へと帰った。


 それが今さっきだった。


 猫猫の診立てでは、雀の右腕は今後使い物にならないだろう。少なくとも肘から先の感覚はほぼ失っていると言ってもいい。猫猫にできるのは今後、つないだ腕が腐り落ちないように経過を看ることくらいだ。


(ちゃんと筋はつながるだろうか?)


 つなげるだけつなげたつもりだ。上手くつながっただけ、雀の手の感覚は戻ると信じているがあくまでこれは養父の羅門ルォメンがやっていた処置の見様見真似に過ぎない。医官たちの腑分けの実習ではそんなことは習わなかった。


 やれることはやった。さすがに猫猫もこれ以上、雀の傍にいても仕方ない。馬良バリョウに任せたが、何かあったら呼びに来るだろう。


(あー眠い、つらい)


 結局一睡もしていない。つらいが、もっとつらい人間がいると思ったら休むことはできない。


 それで働いてしまうと本末転倒だ。


(寝る! 絶対寝る!)


 猫猫は医務室に向かおうとした。したのだが、なぜか足は反対方向へと向かう。


 どうしてだろうか。


(雀さんのせいだ)


 あんな遺言めいたことを言うからだ。


 本当なら体力温存、それが一番大切だと言うのに。


 猫猫は壬氏の執務室へと向かっていた。

 





 普段なら雀あたりから呼び出されないと向かわない部屋。妙に戸を叩くのに勇気がいる。


 すうっと息を吸って、吐いて、叩いた。


「……」


 返事がない。


 誰もいないのだろうかと猫猫は首を傾げる。同時に、肩透かしを食らったような気持ちになって、医務室に戻ろうと背を向けた時だった。


 乱暴に戸が開かれた。猫猫は驚きつつ、振り返るとそこには壬氏ジンシがいた。


 やつれている。また、自分の体力を過信して徹夜したのだろうか。何日寝ていないのだろうか。人によっては憂いと見える。だが、猫猫にはただの過労にしか見えない。


 腫れぼったい目、くすんだ肌、髪には艶が無く、唇は渇いていた。


「一体、何徹しているんですか?」

「その台詞、そのまま返してやる」


 壬氏はなにか言いたそうに、手を伸ばしていた。その手は猫猫の手を掴むと、外にいた猫猫を執務室へと連れ込んだ。あまりにいきおいが強くそのまま床に倒れこみそうだったがその前に抱きすくめられる。


(あっ)


 床の上で二人は横になっていた。猫猫が上に壬氏が下に。毛足の長い絨毯は敷かれているが、床に倒れこんで痛くないのだろうかと猫猫は思う。


「……勝手なことはするな」

「申し訳ございません」

「もっと考えて行動しろ」

「……考えた結果がこれなんです」


 ため息とわかる温かい息が猫猫の頭にかかる。


 身動きができない。顔をあげようにも壬氏の顎が猫猫の頭を押さえ込んでいるようだ。


「安全だと思って連れて来たのに、なんで全て裏目に出るんだろうな」

「世の中上手くいかないものですから。中央にいても、どうせ似たような厄介ごとがあったかもしれませんよ」

「それもそうだな」


 なんで二人して床に寝そべって、世間話をしているのだろうか。


(戸を閉めなくちゃ)


 誰かに見られたら困る。


(早く立ち上がらないと)


 いつまで抱き着いているのだろうか。


 正直、何日風呂に入っていないと思っている。着替えすらまともにしていない。汗と垢まみれの汚れた女に抱き着いて臭くないのだろうか。


(それどころか嗅いでいる)


「壬氏さま」

「なんだ?」

「そろそろ放してはくれませんか?」

「自分で振りほどけばよかろう」


 猫猫は壬氏の手を掴む。ずっしりしているが押さえつけているようではない。


 だが――。


(眠い)


 猫猫はぼんやりしていた。


 緊張が解けたのか、猫猫の体は妙に安心していた。毛足の長い絨毯が気持ちいいのだろうか。それとも密着した体温がちょうどいいのか。


「……そうですね」


 振りほどこうにもほどけない。


 猫猫の息がゆっくりと規則的になる。壬氏の息もそれに重なる。


 しばしして、寝息へと変わり、猫猫は何日ぶりかわからない安眠をとった。



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― 新着の感想 ―
心の奥底でお互いを信頼していないと眠りこけるなんて出来ないですよねぇ
猫吸いして爆睡
羅漢の父性本能が痛いほどわかるなあ。。。
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