二十七、襲撃者の正体
女鏢師の姿をした雀を、猫猫は半眼で見つめる。
「とりあえずその恰好で変な動きをするのはやめてください。頭が混乱します」
むしろどうやったらあんな別人になれるのか。
「しかし、絶大なる自信をもってやった変装ですのに、猫猫さんには気づかれてしまいましたか。ふむ」
「この刺繍がなければ絶対気づきませんでしたよ」
猫猫は袖の刺繍を見せる。むしろ雀の刺繍はまだ気づかなかったのか、という挑発にも思えた。
雀は女鏢師の正体についてほのめかすことで、もうすぐ猫猫たちを助けにいくと伝えていた。町の中には雀の協力者が何人もいて、符丁を使って情報を交換していたのだろう。
「もしかして老師と呼ばれる方も雀さんのお知り合いですか?」
「よくわかりましたね」
猫猫はふうっと息を吐く。道理で、雀があれほど猫猫に教典の一文を教え込んだわけだ。最初から教えてくれればいいのに。
ともかく、今更愚痴を言っても仕方ない。
「雀さんも私に色々説明することありますよね」
「そうですねぇ。何から話せばよろしいのか」
そういうと雀はくくった髪をほどく。鋭い目つきが、どことなく愛着のある慣れた元の顔に戻っていく。雀は指で肌をこすると、ぽろぽろと白い塊が剥がれ落ちる。化粧で肌の濃淡を作るだけでなく、特殊な接着剤で顔の造形を変えているようだ。
「まず、お二人の関係性を教えていただけますか?」
猫猫は鴟梟と雀を交互に見る。
「雀さんは最初、鴟梟さまがろくでなしであるような言い方をされました。少なくとも、あまり仲良くすべきではない人間であるように言っていましたよね」
「はい。でも嘘は言ってないですよぅ。以前、私と猫猫さんを襲った盗賊いたじゃないですか? あれって鴟梟さんの元部下ですよぅ」
「買い取った鏢局に元からいた破落戸だよ。護衛にするにはあまりに信頼のおけねえ奴らは追い出したんだ。逆恨みした奴は俺らの縄張りで盗賊やったり、あの熊男につきやがった」
(鏢局には信頼のおけない部下は置けないか)
猫猫たちに状況を教えた上で放置した小父さんたちもそうだろうか。確かに仕事と割り切っているが、誠実なほうだと思った。
「じゃあ、密造酒造ったのも理由があるんでしょうか?」
「いや、あれは、ええっと、自家消費用だったんだけど入れ物が無くて……、ちょうど良さそうな空き瓶に詰め込んだら、間違えて輸送用の荷物に紛れ込んで……」
鴟梟はしどろもどろな言い方をする。真実はともかく周りに迷惑をかけたことは違いないらしい。
「こういう方ですので、猫猫さんは近づかないほうがいいと私は思ったんですよぅ」
化粧を完全に落とした女鏢師は確かに雀の顔になっていた。
「へえ、そうですか」
猫猫はまだまだ隠しているように思えたがとりあえず納得してやることにした。
「鴟梟さまと雀さんがどんな関係かは知りませんが、雀さんがどうしていたかについては説明をしていただけますね?」
「はい。猫猫さんを本邸から連れ出したあと大変でしたよぅ。鴟梟さんを襲った内部犯を見つけること、月の君への説明、やぶさん他への誤魔化し、一番面倒臭いのは軍師さまですねぇ。わかります、この苦労、わかりますぅ?」
どうやって誤魔化したのかは知らないが大変だったらしい。
「内部犯以外のことはやり遂げ、その後、猫猫さんを連れて移動。西都はまだ危険と同時に月の君に要人誘拐の疑いがかからないようにするため仕方ないことだと思っていただけたら」
「そうですね」
雀が猫猫にもわからないほどしっかりした変装をしたのも、そのためだろう。
「要人を理人国へ引き渡す。その間、猫猫さんたちはその一つ前の町、つまりこの町に滞在し、誘拐の容疑が晴れた状態で西都に戻る予定でした」
「でも、熊男がいたのですね?」
「ええ。最大の誤算ですよぅ。嫌な予感はしていましたが、あそこまで入り込んでいたなんて。ついでに言えば、誰が小紅さんと異国の要人を勘違いして追いかけていると思いますぅ?」
盤遊戯では素人ほど駒の動きが予想できない。熊男が策士というより本当にどんな動きをするかわからなかったのだろう。
「そうなると私は予定を変える他なかったんですよぅ。猫猫さんの護衛を続けるわけにはいきません。なので、猫猫さんの命の保障ができると確認して、この町を離れました」
「……私が老師とやらと接触したのを確認して、去ったわけですね?」
「はい」
猫猫は「この野郎」と叫びたくなったが、なんとか腹の中に抑え込んだ。雀にも雀の立場がある。
「私は町の状況を確認し、中の協力者数人と接触を試みただけで盗賊には存在が知られていませんでした。私が戻る前に馬車が盗賊に見つかってしまったのでもう逃げられないと確認して計画を変更したのですよぅ」
「だから、私は同教の者として保護を受けたと?」
「ええ。老師は昔から同教の者には手を出しませんから。同時に守るためには手段を選びません」
(守るためには手段を選ばないか)
だから、異教徒は見捨てるということかと、猫猫は呆れたくなったが実際命が助かった側なので何も言えない。
「鴟梟さんたちはまだこの町に到着していない。熊男と鉢合わせになることも、理人国の要人が近くにいることも知られてはいけません。私はこの町を避けて次の場所へ向かうことを伝えて、要人の引き渡しを最優先しました。下手に私一人戻ったとしてもあの人数を制圧する武力はありません。諸々の事情で月の君から武力を借りることはできません。なので要人の引き渡しが終わったあと、鴟梟さんとその鏢局の人たちを連れてやってきたわけです」
「それで、内通者を通じてそろそろ迎えに行くよ、とほのめかしたわけですか?」
「ええ、気付いても気づかなくてもどっちでも良かったんですけど、さすが猫猫さん。盗賊たちに毒を盛ってくれたおかげでだいぶ楽になりました」
雀は褒めるがあまり嬉しくない。本来、薬師がやるべきではない仕事だ。
「盗賊に味覚音痴が多くて助かりました」
毒の入った芋は味がぴりぴりする。誤魔化した味付けでも気づく者はいるはずだ。症状が軽い何人かは、芋の味を変に思ってあまり口にしなかったのだろう。
「……二つ確認してもよろしいですか?」
「可能な範囲でしたら」
「要人を引き渡したとありますが、どんな方に引き渡したのでしょうか?」
雀は目を細める。
「ご安心を。猫猫さんが気を病むような相手ではございませんよぅ」
曖昧な言い方だが、要人の身の安全は確保されるらしい。
「二つ目は何ですか?」
「……鴟梟さまを襲ったのは誰かという話です」
「猫猫さんは気付いているように思えますけどねぇ」
雀は鋭いことを言うから困る。気づいていても口にしないのが猫猫だ。
猫猫には疑問があった。なぜ、小紅が猫猫を呼びに来たのか。なぜ、秘密の通路を知っていたのか。
なので、小紅にこっそり聞いてみたのだ。
「なんで、あの場所に鴟梟さまがいたのを知っていたのか」
と。その返事が――。
「おじさんが教えてくれた」
ここでいうおじさんとは親戚の叔父さんということだろう。
「虎狼おじさんが教えてくれた」
虎狼、腰の低い玉鶯の三男だ。四人兄弟の中で一人だけ年が離れている。
「……虎狼さまはどういう意図があったんですか?」
話が進まないので猫猫は口に出すしかなかった。
「はい、なんてことはない後継者争いですよぅ」
気軽な口調の雀とは裏腹に、鴟梟は複雑な顔をしていた。