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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
西都編2
303/391

二十六、後始末


 盗賊たちの一掃は、笑えるほどすぐに終わった。


 すでに厠へと向かった盗賊たちは捕縛され、教会の中にいる盗賊たちも抵抗はしたもののほぼ無血に近い形でとらえられた。ただ、盗賊たちに嘔吐下痢の症状があったため、違う意味で阿鼻叫喚の図になったので、詳しい描写は避けておく。絶対掃除をしたくない。


 そして、猫猫マオマオはぎゅっと眉間にしわを寄せながら、鴟梟シキョウと対面していた。横には小紅シャオホンと女鏢師がいる。小紅は伯父との再会に顔をほころばせていた。


 集会所の一室を借りている。部屋の外には護衛がおり、盗み聞きはできないようになっている。


「さすがにそろそろ詳しい説明を聞かせてくれないでしょうか?」


 猫猫は自分の倍の体重はあろうかという男を前にひるむ気もなかった。 


 女鏢師が気を使ってか、小紅を連れて部屋から出ていく。


「さて、説明したいところだけど、まずは互いに自己紹介といこうか。あんたは俺についてどこまで知っている? 忌憚なき意見とやらで言ってくれ」


 鴟梟の言葉に猫猫は正直に答えることにした。


玉袁ギョクエンさまの孫、玉鶯ギョクオウさまの長子、玉葉ギョクヨウさまの甥で血筋としては申し分ないものの素行が悪く後継者争いではあまり良い目で見られていないどら息子ですね。密造酒を醸造して売り出したり、盗賊とつながりがあるとかないとか見られたり。ついでに言えば、自分の子どもの教育をちゃんとしたほうがいいと思います」

「本当に忌憚ないなあ」


 鴟梟は怒る様子もない。


「じゃあ、俺から。あんたは漢太尉の娘。表向き、医官の手伝いとして来ている官女だが、実際は月の君のお気に入りだよな?」

「漢太尉は私が馴染みだった妓女の娘だったから、娘だと勘違いしているだけです。月の君に対しては、毒見役として重宝されているとだけお伝えします」


 訂正しておかねばならない。


「ん、まあ、そういうことにしておこう」


 言い方が引っかかるが、無視しないと話が進まない。


「なんでこういう形になったかといやあ、どこから話せばいいかなあ?」


 鴟梟は唸りつつ、卓をとんとん指で叩く。


「俺はならず者の親分をやっているとか言われるけど、まあ、鏢局を作ったと言えばわかるな。正しくは小さな鏢局を買い取って継いだ。盗賊とつながりがある件については……、蜜月のような付き合いというわけじゃない。あの熊男の片目を潰してから、あいつは俺に恨みを抱いていた。俺の縄張りに突っかかるように出現するわ、時にうちの鏢師の名前を騙ることもあった」


 鴟梟の話を全部鵜呑みにするわけにはいかないが、猫猫が聞いた話はだいたいチュエが持ってきたものだ。


(雀さんの情報のほうが怪しいな)


 雀からの話を鵜呑みにしたら、矛盾する。そもそも雀が鴟梟と共に猫猫を逃がしたところからおかしい。


(雀さんのことだから巧みに本当のこと入れて、誘導された可能性のほうが高い)


 ならば、鴟梟の話をちゃんと聞いて事実の照らし合わせをしなければならない。


「月の君が西都にやってきて間もない頃、俺の元にとある異国人の商隊を西都まで連れて行って欲しいと話があった。途中まで他の鏢局が引き受けた仕事だったが縄張りから離れるからと、信頼する鏢師にとさ。もちろん、俺のことをよく知っていたから頼んだんだろうな。もし親父、玉鶯に見つかったとしても誤魔化しが利くという算段だろうよ。鏢師の間じゃあ、親父の異国人嫌いは知られていたからな」

玉鶯ギョクオウさまの息子である貴方はどうなんでしょうか?」

「……昔は親父の影響を受けて嫌っていたさ。でも、こんな国境に囲まれた地方で異国人を排斥していてもなんの得にもなんねえだろ」


(ふーん)


 猫猫は茶がわりの馬乳酒を飲む。


「その商隊が異国の要人だったとかそういう話ですか?」

「最初は知らなかったけどな。段々、怪しいなとは思ったさ」

「どんな?」


 鴟梟はひとさし指を立てる。


「月の君の滞在を聞きつけてやってきた様子だったこと。ただやってきてすぐ追手がやってきた。商人を狙うにしては執拗だし、面倒臭え。あと、茘人に似ているが、異民族だってわかった。おそらく異国のお偉いさんが、月の君と話をするためにやってきたのだろうと思ったよ。でも実際は、茘の要人が集まる土地で身を潜め、雲隠れすることだった」

「なんでまたそんなことを」


 わざわざ他国まで来て隠れることはない。しかも壬氏が来ている時を狙ったのはどういう意味があるのだろうか。


「あわよくば亡命を狙ったのかもしれないし、要人がいれば追いかけてきた自国の人間が入りにくいと思ったんだろう。なんか莫迦なのか天才なのかわからねえぎりぎりのやり方ばかりやる参謀がついているみたいでな」


(それは面倒くさい)


 ともかく雲隠れしていたようだが――。


「蝗害があってずっと足止めを食らったわけだ。異国人への反感は危なかったが、大海ダーハイの叔父貴が宿場町で保護してくれたんで助かった。途中、病気になったとかで医者が必要だったときは焦ったけどな」

「……」


(異国人、宿場町、医者……)


 猫猫には大変覚えがある話だ。


「要人とは子どもですか?」

「そうだ」


 やっぱりと猫猫は頭を抱える。


「いつまでも宿場町でだらだらしているわけにはいかねえ。だが、親父が死んだことで色々進展があったわけな」

「玉鶯さまがいなくなってどう変わったのですか?」

「異国人の話をまともに聞く相手と聞かない相手なら、どちらと話したいか? つまり、異国人、もう名前出していいかな。理人リビト国の者が子どもを迎えに来たわけだ。国内のごたごたがだいぶおさまったわけでな」


(理人国……)


 たぶん、北亜連ホクアレンの国だった気がする。それ以上、猫猫にはわからない。


「それで俺が月の君との間に入って話すことになった。だが、その話をしにいこうとした矢先」


 鴟梟はわき腹を叩く。毒矢で怪我をしたあたりだ。


「本邸に入ってすぐにやられた。俺は条件反射で近くにいた門番たちを殴り倒した。あれが間違いだったな。ともかくどこに刺客がいるかわかんねえんで、例の通路に隠れて矢をえぐりだした」

「そして、私が処置したと」


 話がつながった。


「そこで私が一緒に行く羽目になったのはどういうことですか?」

「はめられたんだ。俺はいつの間にか異国の要人を誘拐した犯人になっていた。俺を治療したあんたも繋がっていると見られる。外交問題において、自国の不利になることは相手国に見せないのが基本だ」


 仮にも長男として教育を受けていただけに、そういうことはわかるらしい。


「屋敷内で吹き矢を使われたことも考えると、中に内通者がいる可能性は高かったんだろう。そう雀は言っていた」


 猫猫を連れ出したのは雀の判断か。すでに異国の要人と接触していた猫猫なので、知らないと言い切ることはできない。


「異国の要人と落ち合い、誤解なく理人国に引き合わせることができれば解放できた。もちろん、引き合わせる相手が要人の政敵じゃねえこと確認してからな。その間、俺たちは元よりあんたと姪っ子も雲隠れしておかなきゃなんねえし、追手も振り払わないといけない。あと月の君ともなんとか連絡を取りたかった」


(簡単に言うけど、やること多い、やること多い)


「まあ全部上手くいくわけなく、危険を感じた要人は宿場町から移動し、あらかじめ何かあった時の待ち合わせ場所へ向かった。結果、またあんたらを引っ張りまわす羽目になったわけだ」

「……その要人を追いかけてきた一人が独眼竜とやらですね」

「そんな名前もったいねえ、熊男で十分だろう。あいつは以前から俺のこと、根に持ってたもんな。喜んで仕事を引き受けたんだろう。この町は、俺がよく準備するときに利用する場所だったから待ち伏せに狙っていたのかもな。……申し訳ないことをした」

「今、ここにいるということは要人を無事引き渡した後ということですね」

「ああ。もっと早く向かいたかったが、変に熊男に気付かれると何されるかわからねえ。言い訳じみても仕方ないが、俺はあんたも小紅も囮にするつもりはなかった」

「わかっています。普通は間違えません」


 独眼竜もとい熊男が小紅を異国の要人と間違えた理由は、あの男が字を読めなかったからだろう。似顔絵には色がついておらず、細かい特徴は横に箇条書きにされていた。髪色はともかく目の色を間違えるということは、箇条書きを読んでいなかったからだろう。


 そして、盗賊のほとんどが字を読めないとならば色々出し抜くこともできる。


 猫猫は服の袖を見る。毛織の服から洗濯した服に着替えた。袖には雀の刺繍が入っている。こまやかな刺繍で、「ほつれを直す」程度ではない。何より、服にはほつれなど何もなかった。


 こんな細かい刺繍が短期間に労働の合間にできるとは思えない。なので、最初から刺繍がされているのだと猫猫は思った。


 まるで刺繍をした主は、猫猫が服装など興味ないと言わんばかりに。そして、「ほつれを直す」を符丁あいことばだと気づくと想定した。猫猫をよく知っていないとできない。


 あらかじめ町の中には協力者がいた。あの小母さんだ。牧歌的な住人の中で一人、妙に語彙が多いと思った。


「何かあらかじめ決めておいた連絡方法があったのですか?」

「普通に忍び込んで教えた。まあ、想定した場所に書いて指示するだけだがな」

「そんな人いるんですか?」

「いるんだよ、そういうのが得意なのが」

「……それって女鏢師さんですか?」

「正解だ」

「……もしかしてその」


 猫猫が聞こうとしたときに、戸が開いた。


 女鏢師が立っていた。三十代くらいの精悍な顔つき、のはずが表情は妙に親しみやすかった。


「もしかしてその……雀さんですか?」


 猫猫は半眼で女鏢師を見る。まさかとは思っていたが――。


「へへっ、知られちゃいましたか。正解です」


 女鏢師は、非常にふざけた姿勢ポーズを取った。




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― 新着の感想 ―
[一言] え、雀さん! どゆことーーーー!
[一言] 雀さん、読者の半分(当社想定)は気づいていたよ。 でも、もうちょっと、ハヨキテね〜 猫猫ちょっと怪我してるじゃん、怒られるよ~。
[良い点] そういえば雀さんも鳥の名前ですね。鴟梟とのつながりの伏線も2文字じゃないから見落としていました 
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