二十三、炊事係
猫猫は数日滞在したことで、町の中のことが大体把握できた。女子どもは陰鬱な気分をおしゃべりで発散するため、新参者の猫猫にべらべらと喋る。
独眼竜とか格好つけるが見た目は熊の盗賊の頭領について、聞こえたらすぐさま殺されるのではないかと不安になるくらい滅茶苦茶言っている。頭は悪いが勘がよく腕っぷしで盗賊をまとめている。
「あいつさえいなければ、雑魚ばっかだっていうのに」
小母さんは煮炊きをしつつ、話す。猫猫は隣でひたすら馬鈴薯の皮むきだ。
猫猫が放り込まれた集会所では女子ども合わせて三十人ほど。主に煮炊きをさせるためだけに集めており、他は洗濯や掃除など役割ごとに分けられている。元々、千人ほど住んでいた集落だが、蝗害の煽りを受けて半数が他の地域へと移った。主に商人たちで、残ったほとんどの者は、教会を守る信心深い者、農民、またはどこへも行き場がない人たちばかりだ。
(盗賊の元の数は百人もいないみたいだな)
五十人いるかいないかくらいだ。だが、非戦闘員ばかりの集落を襲うのには十分だったらしい。最初に、派遣された兵士たちを殺してしまえば、残るは聖職者と農民ばかりだ。
(農民って体はできているから本来強いはずだけど)
戦い方を知らない。羅半兄がいい例だ。
残った住人の男たちを使って盗賊まがいのこともさせているのを見ると、部下たちは大したことなさそうだ。まさに烏合の衆といえよう。
「そういえば鴟梟とかどうとか言っていたんですけど、誰なんですか?」
猫猫は話を聞くべきか迷ったが口にする。
「何年か前、あの熊の片目を潰した男らしいよ。自分がそいつの護衛する商隊を襲ったから返り討ちにあったのに、逆恨みしているのさ」
(長男め)
いや悪くないのだが、猫猫が今大変なのはあのどら息子が原因だ。もっと元を辿れば、猫猫を頼ってきた小紅になるが――。
(あいつは可愛いから許してやる)
どうにも情が芽生えてしまった。
今までろくでもないひねくれた餓鬼の相手をしてばかりだったので、素直に言うことを聞く子どもは可愛くて仕方ない。世の中、あんな子どもばかりなら猫猫も子ども好きと言いたくなる。
(鈴麗公主は、まあそれなりに可愛かったけど仕事だったもんな)
ふと、翡翠宮のことを思い出してしまう。
しかし、猫猫は疑問に思う。なぜ、小紅が猫猫を呼びに来たのか。最初は、小紅が血族としてあの隠し通路の存在を知っていたから、鴟梟を見つけることができたのだと思った。でも、子どもにそう簡単に教える場所だろうか。
猫猫は馬鈴薯の皮をむき終える。皮とむいた芋をまな板の上にのせる。芋は蒸かして主食に、皮は千切りにして炒める。
猫猫は馬鈴薯の皮をつまみ、眉間にしわを寄せる。
(もっとちゃんとした物じゃないとだめだよな)
実際、住人の四分の一を間引きするといったが全員が殺されたわけでなく、労働力になる者は奴隷扱いにしたという話だ。なので、食事は実に粗末なものだ。
馬鈴薯の皮を炒めただけの主食に、薄味の汁物がつくだけだ。かわりに盗賊たちには、貴重な羊肉や乳酪など食わせている。
煮炊きの小母さんたちは、思うところはあるが逆らえない。せめて、肉を炒めたあとの鍋で皮を炒めて風味をつけてやっていた。
元々異教徒だからと差別はなかったらしい。なので、この方針を決めた老師に対して反感を持っていた。
「ひどいもんだ。異教徒だからって小さい子も見捨てるだなんて」
「見損なったね。今じゃ、熊男の腰ぎんちゃく」
そういう者もいれば。
「でも私たちが殺されている可能性もあった」
「何かしら選別は必要だったから、立場上仕方ないよ」
という者もいる。
「ともあれ、異教徒にもたくさん世話になっているからね。大体、この芋だって異教徒のにいさんが持ってきた物じゃないか」
馬鈴薯を鍋に入れながら小母さんが言った。
(あにー)
「そうだね、数日だけしか滞在しなかったけど、働き者だったねえ。私があと十歳若けりゃ、結婚を申し込んでいたよ」
違う小母さんの言。
「あんたは十歳若くてもすでに旦那いただろう? うちの娘にぴったりだったわ。もう少し滞在が長ければ夜這いさせていたのに」
「あー、それお隣も言ってたわねえ。たしか、見た目は農民だけど、実はすごい名家の出だって聞いたけど」
「まーさーかー。あんな腰が入った鍬さばきの旦那が名家ってことはないでしょ?」
「そうよねえ。いやあ、いい鍬さばきだったわ」
(兄、もてもてやん)
今、この話を西都にいる羅半兄に聞かせたらどう思うのか。落ち着いたらこの村にもう一度向かって婿入りしてもいいかもしれない。
炊事場には見張りの目が届かないので、結構声が大きい。
「あのー」
「何だい? 熊熊?」
自分で決めておいて慣れない偽名だ。もっと他の名前にすればよかったが、思いつかなかったので仕方ない。何も文句を言わない小紅に「えっ?」という顔をされたのを覚えている。
「私たちが来る前に、女の鏢師は来ていませんでしたか? 私たちの護衛として雇った者だったんですけど」
気になっていた女鏢師の話を口にした。
小母さんは味見をしながら唸る。
「んー、そんな騒ぎはなかったと思うけど。ただ、私はずっとここにいるから、外のことは知らないことが多いからね」
「あたしもよくわかんないわねえ。ただ、異教徒だとわかれば牢に閉じ込めて後で処分を決めることが多いのよ」
「……牢ですか」
あれだけ用心深そうな女鏢師が簡単に捕まるとは思えないが、不測の事態には違いない。猫猫たちを置いて逃げたのだろうか。
唸りつつ猫猫は馬鈴薯の皮を千切りにする。
「あらってきました」
小紅が馬鈴薯を持ってくる。
「あんたは小さいのに偉いねえ」
小母さんがくすんだ手の平で小紅の頭を撫でる。小紅ははにかんだ顔をした。
「あんたらがまあ働ける方でよかったよ。飯炊きに使えなかったら、他の仕事にまわされたからね」
「他の仕事はここより大変なんですか?」
「掃除洗濯は力仕事だし、畑仕事も大変だろ。楽な仕事はないが、比較的飯の心配がない煮炊きの仕事はましなほうだよ。ただ一つだけ気をつけておくれ」
「な、なんでしょう?」
ずずいっと小母さんが顔を近づける。
「あたしたちは順番で二人ずつ、熊男の酌をさせられる。その時、変な様子を見せないように。一度、包丁を隠し持って油断した隙に殺そうとした子がいたけど……」
表情を見ればわかる、失敗したのだろう。
(じゃあ、毒なら)
「飯も酒も、最初に箸をつけない。女たちに最初に毒見させるよ」
(ちっ)
猫猫は切った馬鈴薯の皮を鍋に放り込む。鍋には肉を炒めた油が残っていた。