二十二、住人と異教徒
猫猫と小紅が案内された先は、女子どもが集まる集会所だった。壁側にそれぞれ枕や布団が置いてあることから集団で寝起きをさせられていることがわかる。そして、集会所の前にはいかつい男が見張りについていた。
(そういうことか)
町の住人は盗賊に支配されているようだ。女子どもは人質のような立場らしい。
さっきの「ごめんね」発言は、関係ない小紅に対しての謝罪だろうか。いや、住人達も被害者だろう。どういう意味か、猫猫にはまだわからない。
「ふーん。新入りね」
どっしりとした中年女の元に案内される。中年女は猫猫と小紅を値踏みをするように見る。
「どっちも瘦せっぽちだねえ。使えるのかい? どうせ老師が連れてきたんだろう?」
「はい。同教ということで」
猫猫たちを連れてきた女が言った。
(さっきのおっさんが老師?)
教師かそれとも教会関係者かどちらかだろう。となると、盗賊ではなく町の住人となる。
(つまり、住人たちは盗賊どもに協力している、もしくはさせられている)
ならさっきの女の謝罪も理解できる。
ふくよかな中年女は猫猫を見る。
「あんた、悪いけど今着ているもの全部脱ぎな。この部屋には女しかいない。ぺぺっと脱いでぺぺっと着替えな」
「……わかりました」
猫猫は特に気にもせず服をさくさく脱ぎ始める。女ばかりだというし、後宮に入るたび身体検査は受けていたので慣れている。
ただ、問題があるとすれば――。
「これは何だい?」
「それは血止めです」
「これは何だい?」
「それは解熱剤です」
「これは何だい?」
「それは咳止めです」
猫猫の懐からどんどん出てくる薬草の包みに、中年女はあきれ顔だ。
「これは何だい?」
「……それは精力剤です」
最後に女鏢師から渡された瓶を出された。
(ある意味精力剤)
毒蛇は酒につければいい味が出る。
「あんた、何者だい?」
「薬師です」
猫猫は、いまさら誤魔化しようもないので正直に答える。化粧が落ちてしまったので母子設定はどこまで使うかあとで判断しよう。
「薬師ねえ。なら、この薬の類はちゃんととっておきな。どうせ、あんな奴らに渡しても使い道がわからず捨てられるだけだからね」
「ありがとうございます」
冷たいように見えた中年女だが、根は悪い人ではなさそうだ。もちろん、そこには同教であるという仲間意識があるのかもしれない。
(異教徒、ってことはないけど、ばれないほうがいいな)
猫猫は、そう判断する。
「あんたらの服を洗うからついでに着替えておくれ。自分で洗濯はできるかい?」
「はい。あとついでで申し訳ありませんが、私たちが乗っていた馬車の荷物は受け取れませんよね?」
「無理だね。なんか大切なものでもあるのかい?」
「いえ、愛用の教典を置いていたもので。この子に教えている途中だったので」
小紅がそこで猫猫にしがみつく。
(即興芝居うまいな、こいつ)
猫猫が勝手に思っていることかもしれないが、小紅とはうまくやっていけそうだ。
「教典かい? なら仕方ないね。あたしから老師に頼んでおくよ」
中年女はすんなり受けてくれた。
猫猫はほっとする。
猫猫たちに渡された服は粗末だが丈夫な毛織物だった。さっきまで着ていた服は、綿織物だったので町の中では浮いていただろう。鏢師に護衛を頼む奥方ならともかく半分捕虜のような扱いなら、この恰好のほうがしっくりくる。
「じゃあ、あたしは他の仕事があるから、あそこにいる子たちに仕事をもらっておくれ」
「わかりました」
猫猫は丁寧に頭を下げる。
「いいかい? ここでは働かないとすぐ処分される。生き残りたかったら、恥を捨てて懸命に働くことだよ」
念を押すように言われて、猫猫と小紅はこくこくと頷いた。
「へえ、熊熊って言うの? っで、娘は小狼? ずいぶんいかつい名前だね?」
人懐っこい喋りをするのは、先ほど独眼竜とやらに酌をしていた女のもう一人だった。日焼けして少し大人びて見えるが年は十七。すでに三歳の子持ちで、猫猫と小紅が母子だと言っても問題ないと確信する。
偽名を使ったのは小紅の正体を隠すためだ。昨日の独眼竜の態度から、鴟梟に恨みを持っているようだった。もし、小紅が鴟梟の姪だと気づかれた時が怖い。
「はい。うちの家系、女は病気に打ち勝つようにと強い名前を付けられるのです」
猫猫は息を吐くように嘘をつきながら、野菜を剥く。とりあえず体格的に力仕事は難しいと判断され、炊事の手伝いをすることになった。猫猫は皮むき、小紅は野菜を水洗いする。水源が近いだけあって、他の地域より水を贅沢に使える。
今、猫猫が剥いているのは馬鈴薯だ。とても既視感がありすぎる野菜だ。
「不自由だけど我慢してね。殺されないだけましだからさ」
よく喋る娘で一緒に皮むきしながら町のことを話してくれる。
蝗害が来てからぐぐんと町の訪問者が減ったこと。食い詰めた人間が盗賊に加わって勢力が拡大したこと。さらに、一月ほど前からろくでもない頭領が来て町を制圧したこと。
町には西都から派遣された兵士がいたが皆殺された。
(一か月か)
ならまだ西都へ報告が来ていないことはわかる。予想よりかなり悪い状況だ。
「腕っぷしの強い奴らは盗賊たちに刃向かったんだけど、殺されちゃった。独眼竜とかかっこつけているし、頭は悪いけど強さだけは半端ないの。あいつにはどうしても逆らえないからって、老師が商談を持ち掛けたんだ」
結果、今の町の体制になったという。
(長持ちはしない)
老師とやらはそこをわかっているのだろうか。打開策はないままただ、存命を願っているのだろうか。
猫猫は疑問に持ちつつ、剥き終わった馬鈴薯を桶に入れる。
「皮はどこに捨てますか?」
「皮は捨てないよ。炒めて残った異教徒のごはんになる」
なんとも居心地の悪そうな顔で娘が言った。
「熊熊たちは同教でよかった。もし異教徒だったら大変なことになっていた」
「どういうことです?」
猫猫はできるだけ平静を装いつつ聞き返す。
「独眼竜とか言う奴は住人を半分に減らすつもりだったみたい。でも、老師が住人をまとめて労働するから許してくれって。でも……」
娘の目からぽろりと涙が落ちる。
「独眼竜はじゃあ半分の半分にしてやる。その選別は老師に任せると言って……」
老師とやらは異教徒を選び出した。
「ち、ちっちゃい子どももいたの。うちの子とよく遊んでくれて……。労働力として使える人たち以外は……」
嗚咽を漏らす娘。
猫猫は周りを見る。見張りに仕事をしていないと思われると怖かった。
「わかりました。つらいことを聞いてしまい申し訳ありません」
猫猫は娘の背中をさすると、忌々しい独眼竜をどうにかできないかと奥歯を噛みしめた。