二十一、独眼竜
町の中は意外なほど静かだった。
大きな宗教建築物の周りには商店が並んでいるが、休業中。代わりに、薄汚い男たちがたむろしていた。どう見ても盗賊だ。
猫猫は小紅と共に中年の男に連行されていた。盗賊は猫猫たちを値踏みするような目で見るが、中年の男が睨みをきかせると目をそらした。
この町はすでに盗賊たちに支配されているようだ。盗人は生産性がない。きっとこの町を食いつぶしたら別の場所へと移動するだろう。
しかし猫猫は自分の判断は正解だったと、息を吐く。中年の男は交渉相手として悪くない。
まずこの教会の信者であること。次にある程度、地位が確立されていること。
首飾りの紋様から信者であることはわかった。地位については、身なりを確認した。汚れた外套を羽織った中年の男。決して裕福には見えないが、盗賊の立場になればわかる。武器である曲刀は丁寧に研がれていた。汚れた外套もしっかりした毛皮で、軽く斬りつけられた程度では破れない物だった。
盗賊といった破落戸の場合、力がそのまま権力に繋がる。装備がその地位を表していると判断した。
おかげで猫猫の首は切っ先が当たったせいで血まみれだ。大した量は出ていないのですぐかさぶたになったが、血は実際よりも多く流れているように見えるので小紅が心配している。
(この子が本当に大人しくて助かった。でも……)
不安が溜まると、小紅には髪の毛を食べる癖があった。心的負荷があると異物を食べる症例があるが、その一つだろう。
「この中だ」
猫猫たちは町の中央にある教会へと案内される。
(なに教だったかな?)
雀に聞いたのだが発音が難しく猫猫はよく覚えていない。
礼拝堂の真ん中で偉そうに寝ていたのは三十くらいの男だ。片目が傷で潰されており、いかにもといった人相をしている。異民族のような恰好で、袖の無い服に上から狐の毛皮をかけていた。
本来、神に祈る場所に何重も毛皮を重ねて、酒瓶と肉を散らかして寝ている。周りには怯える女性が二人。男の世話をするように待機していた。
「頭領、連れて来ました」
中年の男が言った。
(案外若い?)
もっと年寄りだと思った。盛り上がった筋肉はすごいので、実力で頭になったのだろうか。
「そいつか?」
「はい」
なにがそいつなのだろうかと猫猫は疑問に思う。
「ふーん。連れの女はいらないんじゃないのか?」
「……同教は見逃す話でしょう。飯炊きにくらいは使えるはずです」
(連れの女? 見逃す?)
猫猫の想定とは少しずれているように思えた。まるで、本来の目的が猫猫ではないような口ぶりだ。
(私じゃないとすると)
視線は小紅に向かう。
頭領はのそりと立ち上がる。熊のような巨躯で、小紅の前に立つ。小紅は涙を浮かべながら、猫猫の後ろに立った。
「ふーん。おい」
「はい」
「手配書は?」
女たちはびくっとしながら、おずおずと羊皮紙を差し出す。頭領が広げて小紅と見比べる。
「似ているような、似ていないような?」
(似顔絵?)
子どもの顔と特徴が書かれてあった。猫猫は似顔絵に覚えがあった。
(これって?)
先日猫猫が見た異国のお嬢さまに似ている気がした。
(いや、さすがに)
猫猫は小紅を見る。小紅の髪はかなり明るい色をしていた。遠目から見たら異国人と間違えてもおかしくない。目は青くないが遠目から見たら気づかないかもしれない。
(年齢差はあるぞ)
小紅はせいぜい七歳くらいだ。さばを読んでも十が限界だろう。
対して、あのむし歯のお嬢さまは十四くらいに見えたが――。
(異国人は大人びて見えるから)
せいぜい十二、三くらいかと思っていた。
(いや)
異国人の年齢は数えではなく生まれた日で決まると言う。生まれて一年で一歳になると計算すると、年齢が十と書かれてあってもおかしくない。
猫猫はちらっと似顔絵を見る。注意書きがいくつか書かれてあった。
(淡い金の髪、青い目、年齢は十一……)
さすがに青い目ではないので別人だとわかると思うが、頭領は気付いていない。
もう一つ特筆事項があった。
(女装をしている可能性があり)
猫猫たちを捕まえた理由が判明した。
「あー、もうわかんねえ。たしか男だって言ってたな。ひんむきゃいいんだ、ひんむきゃ!」
小紅の手を引っ張ろうとしたので猫猫は前に出る。
「ああ?」
不機嫌そうな頭領の声。
猫猫はひるみそうになりながら、ごくんと唾を呑む。
「お手を煩わせるわけにはいきません。この子は娘です」
猫猫は小紅を前に立たせる。
「少し我慢して」
泣きだしそうな小紅を前に出して、裳をめくりあげる。女だとわかれば問題ないだろう。
そんな中、酌をしていた女がやってくる。
「ど、独眼竜さま。私が確認いたします」
「……ん。わかった」
頭領は独眼竜と呼ばれているらしい。
(独眼竜とな?)
ずいぶん大きな名前を付けたものだと猫猫は感心する。昔の武将の字だったはずだ。
女は近づいてきて、涙ながらに小紅の裳を掴んだ。
「ごめんね」
「……」
女は幼子とはいえ、小紅に恥をかかせまいと代わりにきたようだ。小紅の股間に何もついていないと確認すると、ほっとした面持ちで独眼竜を見る。
「女子です」
「……女か。誰だ、次に来る馬車が怪しいと言った奴は?」
「隣町に忍ばせている奴です」
「なら、百叩いて飯を三日抜いとけ」
「わかりました」
中年の男は黙々と仕事をやる。
「あー、畜生。やっと鴟梟に一泡吹かせてやれると思っていたのに」
まるで子どものように地団太を踏む独眼竜。体躯が大きいので地響きになる。
(鴟梟とな?)
猫猫は小紅を庇うように覆いかぶさる。小紅は伯父の名前を聞いて動揺していた。変に知り合いだと気づかれるのはまずい。
(あのおにいさん、一体何やらかしているんだ?)
あの異国のむし歯娘、いやむし歯小僧が原因で小競り合いとなっている。箱入りに見えたが、かなり重要人物のようだ。
(そして、私が逃げるのは壬氏に被害が行かないため)
なんらかの政治的要因があのむし歯小僧にある。
「こいつらはどうしますか?」
中年男は独眼竜に猫猫たちの処遇を聞いた。
「ああ。任せる。勝手にやれ」
もう完全に興味をなくしたのか、それとも不貞腐れているのか、毛皮の寝床で丸くなる。その様子は熊か虎のようだった。
「おい」
中年男は小紅に謝罪していた女を呼ぶ。
「案内してやれ。同教だ」
「わかりました」
女は中年男に恭しく頭を下げる。独眼竜に対しては怯えるようだが、中年男には敬意らしきものを感じた。
「こちらへ」
猫猫たちは女についていくしかなかった。