十八、道中
(一体、どこへ行くのやら)
猫猫と小紅、そして女性鏢師は数日ぶらぶらとしていた。幌馬車に乗って休憩を挟みつつ移動、村や町などで宿泊を繰り返す。
中央と違い草原ばかりで移動しているのかぐるぐる回っているのかわからなくなる。だが、たびたび太陽の位置を確認する限り概ね西を目指しているように見えた。
「どこへ向かうか聞いてよいですか?」
猫猫は女性鏢師に質問する。
「集落の名前を聞いてどこかわかりますか?」
ぐうの音も出ない返答をされた。
「お分かりかと思いますが西に向かっています。とりあえず実家は戌西州第二の都。蝗害のあおりを受けて商売が傾いた夫、このままではいけないと世間知らずの妻と子どもがなけなしの金で鏢師を雇い、実家に困窮を伝える流れとなっております」
「よくわかりました」
つまり目的地は第二の都、もしくはその手前にあるのだろう。
(世間知らずとは失礼な)
などと猫猫は思ったが、戌西州のさらに内陸部に入るのはそうそうない。ちらちらと見たこともない食べ物や飲み物、工芸品を見て目を輝かせてしまう。
最初は伯父と離れ、萎縮していた小紅だったが、幼い子どもの好奇心はあるようだ。猫猫と一緒に露店をのぞき込む余裕はあった。
(この子、とてつもなくいい子じゃないか)
猫猫はつくづく思う。もっとぐずったり、我が儘を言ったりする。猫猫は子どもが好きではない、むしろ嫌いだ。話を聞かない子どもを鉄拳制裁することが多いが、小紅に対してはそんな気は起らない。むしろ、大人の顔色をうかがうような雰囲気だ。小紅がどういう環境で育ったのか想像させられた。
女性鏢師の狙い通りか、猫猫と小紅が母子設定でも誰も不思議には思われなかった。猫猫の肌は赤みがかったものに加え、普段やっているそばかすのようにしみを目元に増やされていた。小紅も明るい髪をしているので、異国人の夫の血が濃ければ妻に似ていないのにも説得力がある。そこに交易の仕事という設定が加わればなおさらだ。
「あまり萎縮していませんね」
飯屋で女性鏢師が言った。四人掛けの卓が九つほどの小さな飯屋だ。二階が宿を兼ねていて、馬の世話もしてくれる。
「萎縮も何も内陸部をまわれる機会はそうそうないです」
どうせ緊張しようがしまいがどちらにせよ通る道が一緒なら、問題に直面するまで気楽にいきたいところだ。猫猫は、麺麭に羊肉の汁物を付けて食べる。肉の味が染みているが塩はかなり控え目だ。野菜は根菜と韮が少々、飲み物は水が貴重で酒類が多い。小紅には多少高いが水を別注で頼んで飲ませる。
宿は寂れていた。元々、交易の中継地点として配置された場所なのだろう。蝗害の食糧不足もさることながら、交易といった経済の中心が打撃を受けているのがわかる。
だからか、飯屋の客の雰囲気も悪い。
(一見、破落戸は見えないけど)
店の隅っこで酒をちびちび飲んでいる客が見える。さっきから猫猫たちの席を見ているようだ。
(誰を標的にするか物色しているのかな?)
猫猫たちの席には女子どもの三人しかいない。御者兼護衛は二人いるが、時間をずらして飯を食う。
狙ってくれといわんばかりの編成だ。
「他に鏢師を雇わないんですか?」
「信頼できる護衛は次の町にいるはずです」
つまり素性の知れない者は雇う気がないらしい。
「御者のかたは一人ずつでも一緒に食べないのですか?」
席に男が一人でもいたら違うだろうに。
「戌西州では、女が家族以外の男と同席するのは不埒なことだと考える人も多いです」
つまり、設定に矛盾が生じると言いたいらしい。
「あと次の町に向かう準備をしてきますが、宿には護衛を一人置いていきますが、部屋から出ないでください」
「わかりました」
町を探索したい気持ちもあったが、大人しく女性鏢師の話を聞く。
「お暇かと思いますが、読書でもしていてください」
(読書ねえ)
今、猫猫の手元にあるのは、監禁されていた部屋にあった典くらいだ。いつのまにか幌馬車の中にあったので、小紅あたりが持ってきたのだろう。
猫猫には何の興味もわかないが、やることが無ければ読むしかなかった。
女性鏢師が戻ってきたのは一時ほど後だった。買い出しも一緒に済ませたようで、大きな袋を持っていたが、どこか浮かない顔をしている。
猫猫は読書に飽きて、小紅と遊んでいた。とはいえ、貝殻小石をつかったおはじきや、あやとりなどといった本当に暇つぶしにしかならないことだったが。
「あまりいい話が無かったようですね」
「はい。次の町で落ち合う予定でしたが、現在交易路とは外れているらしく、情報が入りませんでした」
女性鏢師は、大きな袋を猫猫の前に置く。
「交易路から外れている?」
猫猫は聞き返しながら袋を開ける。袋の中には、干し肉などの保存食、防寒用の毛皮にくわえ、生薬の類が入っていた。猫猫は目を輝かせる。
「はい。途中の街道に盗賊が多いため、商人たちが避けた結果ですね。元々、出現が多かったのに、蝗害による食糧不足、不景気が重なって職にあぶれた者が増えた結果でしょう。危ない道を通るなら通過して次の町に向かったほうが得策なので」
「あー」
いくら食い詰めたとしても根こそぎ奪ってしまったら、奪うものも無くなるというのに。
「でも次の町で信頼できる鏢局があったのでは?」
猫猫は生薬を並べつつ、にやにやしながら言った。
「鏢師ではなく護衛がいると言いました」
「あっ」
確かに鏢師とは言っていない。猫猫はすんすん生薬を嗅ぎながら納得する。小紅も猫猫の真似をするが、匂いの強い生薬だったため、鼻をおさえてそっぽをむいた。
「正直、そろそろ西都に戻っても良い頃だと思うのですけど」
「その判断はまだすることはできません。私の役目は完全に危険性がないとわかった時点で、あなた方を帰すことです」
はっきり言う女性鏢師。どんな思惑があって猫猫たちを連れまわすのかはわからない。だが、この言葉に嘘偽りはない気がした。
「しかし次の町で連絡を取らねばどうすればいいのかもわかりません。なので、ある程度の危険性を踏まえつつ、向かおうかと思いますがいかがでしょうか?」
猫猫は生薬の乾き具合を確認しつつ、唸る。
「そう言われると私には拒否権はありません。ただぶらぶらと戌西州をまわるだけなら路銀も尽きるでしょうから」
「そう言ってくださると多少気が楽になります」
女性鏢師は懐から小さな壺を取り出す。釉薬を丁寧に塗った手のひらよりも小さな壺だ。
「これは?」
猫猫は生薬を置いて目を細める。
「神経毒です。熱に弱いのであまり温めないようにお願いします」
「蛇毒なら私も手伝いましたのに」
猫猫は受け取ると壺を軽く振る。小さな水音が聞こえた。これだけ集めるのにどれだけの蛇を捕まえたのだろうか。蛇毒は鉱物毒などに比べて安定せずに毒性を失いやすい。特に熱に弱い。書物に書いてあった上、猫猫の体験とも一致している。
「蛇とお分かりで。肉屋に行くと案外集めやすいのですよ」
「蠍はないんですか?」
「少しだけ混ざっています」
女性鏢師は本気だと猫猫は思った。
「あとこれを」
猫猫に針をおさめた布を渡す。針が固定されており、布をくるくる巻くと刺さらずに持ち運びできるようになっている。
「何かあったら自分の命を最優先に考えてください」
(何が何でも生き残れと)
最悪、人殺しをしてでもと女性鏢師は言っていた。