十四、宿場町
南の宿場町。先日、異国のお嬢さまのむし歯治療をした場所だ。まだ帰るに帰れない異国人が残っている。
鴟梟の顔色はだいぶ良くなってきた。無頼漢のような男は、猫猫の前に立ち葡萄酒を掴む。
「飲まないでください」
「喉が渇いている」
「せっかく止まった血がまた噴き出しますよ」
「……」
鴟梟は面倒くさそうな顔をして葡萄酒を置き、部屋の隅に置かれた瓶の水を飲んだ。ぷはっと口の端からこぼれた水を拭い、猫猫を見る。
「どうしてここが宿場町だとわかると言いたい顔だな」
「ええ」
半分意識がない状態で運ばれてきた鴟梟だ。猫猫以上にここがどこかなんてわかるわけがない。なのに、こうしてはっきり断言できるということは――。
「雀さんとはつるんでいたということですか?」
「利害は一致している」
(雀さんめー)
絶対何か隠していると思っていたが、まさか鴟梟とつながっていたとは。
だとすると、鴟梟を保護した理由はわかる。
わからないのは――。
「なんで、私まで連れてこられたんですか?」
「さあ。俺が話すことじゃない」
鴟梟は水をもう一杯飲んで柄杓を置くと、寝台に寝ている小紅を撫でる。
「こいつには悪いことしたな。大紅が今頃騒いでるだろう」
大紅、言っている雰囲気からして小紅の母親だろう。鴟梟にとって妹に当たる。
鴟梟は姪の無事を確認すると、腹が減ったのか棚を漁っている。平べったい麺麭を見つけて頬張っていた。腹をえぐった割に元気だ。足りない血を補充しようという本能が強いのだろう。
「私も騒がれている気がします」
気晴らしに温室にいってくると言って、半日以上留守にしてしまった。雀だって猫猫を連れてきたら大騒ぎになるとわかっているのだが、なんで連れて来たか。
「そりゃ大変だ。俺のせいじゃねえ」
鴟梟は責任を放棄して、家探しを続ける。乳酪と干し肉を追加で見つけていた。
(鴟梟と雀さんがつながっていた)
つまり鴟梟を襲ったのはまた別の勢力。なおかつ本邸または公所で襲われたとして、内部犯の可能性が高い。
雀が猫猫を連れてきたのは――。
(鴟梟とつながっていることを隠すため?)
いや近いようで遠い、他の理由がある気がする。
そこに鴟梟のここが宿場町だとわかっているという前提が加わると――。
(元々雀さんは鴟梟と宿場町で落ち合う約束をしていた?)
しかし、雀ならもっと別の場所で落ち合うほうが都合がいい。なら、なぜ宿場町にいるかといえば――。
(鴟梟は、誰か別の人間と落ち合う約束をしていた?)
そして、落ち合う前に鴟梟が襲われたとなると。
(鴟梟とその誰かを会わせたくなかったから、鴟梟を襲った?)
そして、落ち合う場所は、異国人が多い宿場町だ。
自ずと答えが出てくる。
「あんたは、漢太尉の娘だけあって勘が良さそうだな」
「あのおっさんと私は他人です」
「ははは。娘が父親に反発するのはどこの家でも一緒だな」
鴟梟は豪快に笑い、干し肉を齧る。
「あんたは聡いようだから、ここが南の宿場町とわかった時点で、俺がこれから何をしようとしているのか想像できるはずだ」
「わかりません。ところで私はそろそろ帰ってもよろしいでしょうか?」
猫猫はこれ以上大ごとになる前に帰りたかった。前の子の一族の乱のようになっては困る。
「悪いようにはしねえよ。それに雀が戻ってくるまでちと待ちな」
鴟梟は、猫猫にお構いなく食事をむしゃむしゃ始める。
「……お、おじさま?」
寝台の上で、小紅が目を覚ました。
「おお、起きたか。すまんな」
「きず、だいじょうぶ?」
「平気だ、平気。おまえのおかげで助かったぞ」
鴟梟は小紅の色素の薄い髪を撫でる。
「ちょいと、おめえの母ちゃんとは離れるがおじさんと一緒なら平気だよな?」
「……うん」
小紅はこくんと頷く。ずいぶん鴟梟に懐いているようだ。
鴟梟は乳酪を軽く炙って麺麭の上に載せると、小紅に渡した。小紅は最初ためらっていたものの、伯父のくれたものだと小さな口で頬張り始める。
「わかりました。では、雀さんはいつ頃来ますか?」
「数日以内には戻ってくる。あんたが想像していることは数日以内で終わる。ただし、その間、表に出られないと思ってくれ」
「やることがないんですけどね」
「こっちだって、あんたの存在は予想外だった。どうせ何か余計なことを言ったんだろう?」
「……」
確かに言ってしまった。もし、あの時、何も知らない顔をしていれば、雀は大人しく猫猫を医務室に帰しただろうか。
(どうなんだろう?)
ただ、猫猫の中ではっきりしたことがあった。
雀は今までずいぶん自由に動き回っていた。かなり裁量権を持っているが、馬良の嫁なので、壬氏に従っていると思っていた。
だが、壬氏直属ならこうして猫猫を宿場町まで連れて行くことはないだろう。
ということは――。
(雀さんの上司は壬氏ではない)
なおかつ。
(壬氏とは違った思惑で動いている可能性が高い)
となる。
そして、雀と鴟梟の利害が一致するとすれば――。
猫猫は使い古された典を開く。ちょうど開かれた頁には、
『神よ、私たちを見ていますか?』
と書かれてあった。