三、温室と礼拝堂
玉鶯の子は、四人いるらしい。
長男、長女、次男、三男という順番で、年齢は長男が二十五、長女二十四、次男二十三と年子が続き、三男は少し離れて十八だそうだ。
壬氏の元に三男が送られてきたのは、年齢を考えてのことだろう。
(いくら慣れているとはいえ、年上を部下にするのはやりにくい)
妥当と言えば妥当なので、特に猫猫も思うことはなかった。
次男と三男には直接挨拶したわけではないが、何度かすれ違った。
(どちらも、あまり玉鶯には似ていない)
三男は小柄で、優し気な印象だ。猫猫より二つ年下ということもあって、まだ顔立ちに幼さが残っている。虎狼という見た目によらない名前だ。
次男は背が高いがひょろりと長い印象だ。眼光が鋭く隙がない。これまた飛龍なる勇ましい名前が付けられている。
壬氏は西都の仕事を押し付けられた上、なぜか西都の後継者教育みたいなことをやらされている。
大変といえば大変だが、猫猫も猫猫で新しい仕事で手一杯だった。
「ふーーーああああああ」
猫猫は目を輝かせ、温室を観察する。煉瓦と木を合わせた建物で、日光が当たるように天井と壁の一部が透明な玻璃になっている。珍しい異国の多肉植物や、胡瓜が栽培されていた。
「玉袁さまの好物で、薄切りの麺麭に挟んでお召し上がりでした」
丁寧に説明するのは温室を任された庭師だ。
正直、そんな説明はどうでもよく、猫猫は素晴らしき温室の空気を全身で味わっていた。
「猫猫さん、踊り出してますねぇ」
「嬢ちゃん、人前だからほどほどになあ」
雀と李白が生温い目で見ている。
猫猫はしゃきっと懐から鋏を取り出した。
「黄瓜~、黄瓜葉~、黄瓜藤~」
歌いつつ胡瓜の茎を手にした瞬間だった。
「何をなさるおつもりですか?」
笑顔だがこめかみに青筋を立てた庭師が猫猫の手を掴んでいた。
「胡瓜はもう季節的に要らないかと思いまして」
「まだ収穫できます」
「葉や茎、勿論果実も生薬となりますし」
「これは食用です」
「今、西都は未曾有の危機。生薬不足を解消すべく協力すべきでは?」
「温室の使用許可は貰っていると思いますが、元々ある植物を勝手に採取していいと言われたのでしょうか?」
「胡瓜はもう終わり掛け、しかも果実にはほぼ栄養がない。ならば、生薬の材料として利用するのが作物として本望では?」
猫猫と庭師はにらみ合う。
しばし膠着状態の後、雀が庭師の上司を連れてきた。話し合いの末、猫猫は三分の一だけ、生薬にすることにした。庭師は悔しそうに猫猫を睨みながら、多肉植物には触れさせまいと、立ち入り禁止の札を作製していた。
「どんな薬になるんだ?」
実の他、葉っぱや茎を採取しながら、李白が猫猫に聞いた。
「熱さましなどによく使われますね。あとは食あたり、他に利尿作用もあります。嘔吐剤の材料としても使えますよ」
「嘔吐剤って、いつ使うんだよ?」
「致死量以上の毒を飲んだ時とかに」
「普通、飲まねえよ」
実に、葉に、茎に、蔓に、丸裸になった胡瓜は根っこごと引っこ抜いて更地にする。庭師の小父さんが、親の仇でも見るかのように猫猫を見るが気にしない。
「更地にしたところで、何を植えるんだ?」
「そうですね。とりあえず手元にある種子は全種類、植えてしまおうかと考えています。温室でどの生薬が育つかなんてわかりませんので、よく育ちそうな植物を後から選定していこうかと」
「全種類って、場所足りるのか?」
「そうですね。あそこの胡瓜畑を更地にしたら、余裕ができるんですけど」
庭師の小父さんとまた火花を散らす猫猫。
「猫猫さん、猫猫さん」
「どうしましたか、雀さん?」
雀は何かを見つけたらしく、壁の玻璃にくっついて外を見ている。
「礼拝堂があるので見てもいいですか?」
「礼拝堂?」
猫猫は雀が指差すほうを見る。
西方式の独特な建物があった。
別邸もだが、西都では西方式の建物がある。その多くは宗教関連の施設だ。
猫猫も気になり、雀についていく。礼拝堂は廟のような物だと聞く。ついた礼拝堂は六角形の一部屋のみの簡素なものだ。だが、色玻璃で絵が描かれ、日光によって照らされている。床は無地だが、揺らめく光の動きに何とも言えない不思議な気分になる。
雀は礼拝堂の真ん中で座り込むと、何やらぶつぶつ呟き始めた。
猫猫はわけがわからぬまま、雀の隣に座りこむ。雀のつぶやきが終わるまで、黙っていた。李白は、礼拝堂が狭いので外で待っている。
「ふう」
「雀さん、さっきのは何ですか?」
「さっきのですか? 異国の古い言葉で『神よ、私たちを見ていますか?』という意味です」
「……意味が分かりません。なんです、それ?」
「異教の経文の一説ですねぇ。西都では敬虔な信者が多いので、会話の中に上手く経典の内容を挟み込むと商売がしやすいんですよぅ」
雀は懐から筆記用具を取り出すとさらさらと何か書き始めた。
「はい、猫猫さん、どうぞ。西都暮らしも長くなりそうなので、せっかくなんで覚えてください」
「覚えなくていいですよ」
「いえ。覚えておくべきですよぅ。さんはい!」
『神よ、私たちを見ていますか?』
『きゃみょ、わたしたちをみゅてましゅか?』
雀が書いた通りに喋っているはずなのに、発音が違うらしい。
「うーん、赤子が駄弁っているように聞こえます。もう一度」
「いいですってばあ」
「いや、せっかくなので覚えてください」
雀にしては珍しくしつこかった。
何度か繰り返し発音がいくらかましになったところで、ようやく解放してもらう。
「まー、今度、抜き打ち試験しますからね」
「はいはい」
これなら、ついてくるんじゃなかったと猫猫は思った。
「とりあえず一度ごはんにしましょう、雀さん」
猫猫は、食い意地が張った雀が飛びつくように食事の話をする。雀は、姑にいびられぬよう猫猫の元で食事をとることが多いので、すぐさま動き出す。
「そうですね。やぶさんもお腹を空かせているでしょうし。というか、やぶさんはお手洗いはどうしているんですか?」
雀が素朴な疑問を投げかける。
「俺がいるときは厠まで連れて行くけど」
「とりあえず尿瓶を置いてきたので大丈夫だと思います。女性用の物なのでたぶん使えるはずです」
猫猫はさらっと答える。
「おいちゃんが可哀そうになってきたから早く帰ろうか」
李白が足取りを早める。
医務室の前には、二人の護衛がいて、中から何やら話し声が聞こえた。
(誰か患者が来ているのか?)
「ただいま戻りました」
中にはやぶ医者と談笑する青年がいた。
(この人)
小柄で屈託ない笑みを浮かべる青年だ。
「お嬢ちゃんたち、お帰り。お客さんが来ているよ」
やぶ医者が、怪我した足を椅子に上げたまま答える。
「お邪魔しております」
椅子から立ち上がり丁寧に頭を下げるのは、玉鶯の三男だった。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。月の君の下、働かせていただくことになりました。楊虎狼と申します」
丁寧に頭を下げられて、猫猫もつられて深々と頭を下げる。
「うちの甥が、医官さまに怪我をさせてしまい申し訳ありません。まだ幼い上、父の初孫だったもので、ずいぶん甘やかされて育ったのです。お叱りは私が受けますゆえ、甥には寛大なる処置をお願いいたします」
(どこの誰だ、この人?)
とても玉鶯の息子とは思えない。
まるで、上司と部下の間に板挟みになること数十年の貫禄を思わせる腰の低さだった。
「虎狼さんから、菓子をいただいたよ。今、菓子なんて手に入れるのも大変なのにねえ。ありがたいねえ」
やぶ医者は饅頭が入った蒸籠を掲げて見せる。
「では、私は仕事に戻りますので」
「おや、もう少しいなよ。まだ若いんだし、休憩もゆっくりとったほうがいいよ」
「いえ、月の君の下、しっかり学んで来いと言われました。兄たちに追いつけるよう、できる限り励みますので今後ともどうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げて去っていく虎狼。
「……完全に名前負けしてねえか?」
李白がぼそっと言ったことに完全同意する猫猫だった。