四十三、いちばん厄介なもの
楊医官の恥ずかしがり屋について話し合った結果、壬氏に何か下賜してもらうことで決着がついた。
「まあ、身につけるだけだったらな!」
むしろ、そっちのほうがちやほやされると思うのだが、気づいているだろうか。
(帯なり、玉環なりやっちまえばいい)
ついでに李医官にも下賜されることになったが、こちらは大変畏縮していた。仕事終わりに話したところ、辞退してきたのだ。
「わ、私にまで必要ないのではないか!」
「おいおい、俺にだけやらせる気かぁ?」
李医官にからむ楊医官。李医官が煩わしそうに上司を見ている。
「二人だけですか?」
天祐が口を出す。
「李医官が受け取らないなら、俺貰いますけど。同じ、『李』ですし」
李医官と天祐は、姓が同じなので、名前呼びが固定化されている。なお、猫猫は李医官の名前など知るわけない。ちなみに李白もいるので、李さんはこの場に三人いる。
「おまえにはやらん!」
怒る李医官。上にも下にも癖がある人がいると、どうしても苦労するのだろう。
「じゃあ、遅くなりましたが、帰りますか」
雀が荷物をまとめる。なんだかんだで有能なので、片付けまでしっかりしてくれた。今も部屋の片付けをしている。
「すみませーん、この布包みはなんですか?」
雀が聞いている。たしか天祐が昼間持ち帰ったものだ。
「あっ、それね」
天祐が布包みを雀からとろうとして、落としてしまう。
『……』
皆が黙る。ちょうど馬閃と他の護衛が厠にいって席をはずしていてよかった。
「なあ、嬢ちゃん」
李白が深刻な顔で天祐を見る。
「取り押さえたほうがいいか?」
「いえ、一応確認を先に」
猫猫は落ちた包みをもう一度見る。そこには、人間の腕が入っていた。腕のみ、人体の一部が床に転がっているのだ。猟奇的なことこの上ないが、この場にいる面子は医官たちに加えて猫猫、李白と雀である。
「この腕どうしました?」
「あー、もうつなげられないだろ、切断面」
腕を拾い、ずんと切断面を見せる天祐。確かに潰れていて、つなげてもくっつきそうにない。
「持ち主がいらないっていうから、引き取ってきた」
「引き取ってきたって」
自分の腕が千切れてまいっていただろうに。引き取ってくれというのは、丁寧に埋葬してくれという意味だと猫猫は思うが――。
「娘娘も一緒にかいぼ……」
天祐は途中まで言いかけたところで、李医官が千切れた腕を取り上げた。そして、天祐の頭にげんこつを落とす。
(おー、強い強い)
「いってー、俺はただ勉強を」
「うるさい。これは丁寧に埋葬する! ってか放置するな! 臭うぞ!」
「あー」
名残惜しそうに李医官の背中を見る天祐。
(李医官、強くなったなあ)
生真面目そうな人間って極限になると、折れそうなのにいい具合に化けてくれた。いや、元々そういう素養があると、劉医官が見込んで人選していたらすごい。
対して天祐は、この状況下で怖い所があるが、何事にも動じない精神だけは褒めてやるべきだろうか。あと、絶対下賜品は渡してはいけない。
楊医官はにこにこしながら李白と雀を見る。
「今のは見なかったことにな」
「はい、雀さんは余計なことは口にしません」
「わかりました」
医官たちが腑分けをしているのは、禁忌的行為であり、秘密だ。この二人なら空気を読んでくれるだろう。
「ん? どうしたんだ?」
厠から帰ってきた馬閃がいじけている天祐を見る。
「なんでもありませんよ」
猫猫は何食わぬ顔で返した。
慰問はこれといって問題なく終わったかに見えたが、帰るまでが行楽というものだ。
猫猫が診療所を出るなり起こった。
「嬢ちゃん!」
いきなり李白が猫猫を抱えて後ろに下がる。
べちゃっと地面に腐った果実が落ちていた。どうやら猫猫めがけて投げつけられたらしい。
「おまえらがむしをはこんだ! おまえらのせいだ!」
子どもの声だ。どこにいるのかわからず辺りを見回す猫猫。
「猫猫さん」
雀が後ろに立っていた。
「顔は覚えてますし、今から捕まえられますけどどうしましょうか?」
猫猫に聞いたのは果物は猫猫に投げつけられたからだ。
(私でよかったなあ)
おそらく一番鈍そうな相手を狙ったのだろうが、馬閃じゃなくて良かった。
「別に当たっていないので捕まえる必要ないです、雀さん」
「わかりました」
雀にとっても一番楽な話だろう。ここで、やけになって子どもを捕まえたところで何になるだろうか。捕まえた以上罰しなくてはいけない。尻を軽く叩くくらいで済めばいいが、仮にも皇弟の名代付きの侍女相手に狼藉を働いたという名目であれば、百回はゆうに叩かなくてはいけない。
猫猫としても気分は良くないし、雀も同じだろう。
(雀さんは言われたらやりそうだけど)
やらないにこしたことはない。
(おまえらがむしをはこんだ、か)
「虫が来たのは西からなんだけどなあ」
「ええ、私たちは東から来ましたねえ」
雀が話に乗っかる。
子どもが言う虫を呼んだと言うのは、そういう話ではないのだ。
縁起や呪いを信じる人にとっては、本来いるはずのない人間が西都に来て、偶然蝗害が起きた。訪問者が悪くなる。
正直なところ、猫猫も説明して言いくるめたいが、たぶんわかってもらえない。わかろうともしないだろう。
「空気悪っ」
猫猫は腐った果物を横目に馬車に向かった。