四十、炭鉱
「猫猫さん、猫猫さん」
「なんですか、雀さん」
このやりとりはもう定番になってしまった。
しかし、一日の仕事を終えて、自室で寝る準備をする時間に来るのは珍しい。
「どうしたんです、こんな時間に?」
「はいはい、羅半さんの石炭が云々についての報告でございますよぅ」
羅半の手紙の件について報告していた。ただ、猫猫たちの勘違いの場合もあるので、雀に伝言を頼んでいた。
ただ、こんな時間に雀がやってきた時点で、なんとなく結果は予想がついた。
「実は、羅半さんからのお手紙、あんまり月の君宛には来てないんですよぅ」
「そうですか」
「たぶん、二回に一回くらいは来てると思ってるんですけど、いくら遠くても月の君宛の手紙が半分の割合で郵便事故っておかしいですよねえ」
「ほうほう」
つまり誰かが羅半の手紙を処分している可能性があるということだ。
そして、羅半としても何かを伝えたくて、猫猫に手紙を送ったとすれば納得が行く。あくまで予備として、誰にも気づかれないように、猫猫たちにしかわからない形で送ったとする。
「気づいたら幸運だったって感じですかね」
「そうですねぇ。猫猫さんと羅半兄がそろわなくてはとけませんし、猫猫さんがまず羅半さんのお手紙食べちゃったら意味ありませんもの」
「さすがに手紙は食べないですね」
猫猫は雀の冗談がたまによくわからない。
「はい、でも雀さんの山羊さんはたまに食べちゃいます」
「まだ、飼ってるんですか?」
「はい、いつでも新鮮な生臭い乳が飲めますよ」
たしか、農村の視察の時に買っていたが、そのまま飼っているとは思わなかった。
(てっきり、晩飯にでもなったかと思ってた)
西都の食事はよく山羊肉が使われているので、腹におさまったと勝手に思っていた。
「はい、お母さん山羊は子どもを産んで乳を提供してくれております。お父さんは遠いところへ行きました。でも大丈夫、雀さんの心の中にずっと生きています」
つまり一頭は食べたらしい。
「さて、話を戻しましょうか」
「そうしてください」
雀の与太話に付き合うと朝になってしまいそうだ。
「石炭についてなんですけど、実は戌西州では少量ですが石炭が産出されていたみたいです」
「そうなんですか?」
「はい。ただ、それが二十年近く前の話らしくて、近年では産出された記録がないみたいです」
二十年近く前。
引っかかる話だ。
「二十年前となったら、もしかして記録残っていないという落ちですか?」
戌の一族の粛清があったのは十七年前。当時の資料などもその最中に焼かれている。
「そーなんですよ。たぶん、粛清された側に炭鉱を管理してた人とかいたんじゃないかって」
「それは困りますねえ。でも、直接石炭掘っていた人たちもいたんじゃないですか?」
「そこのところが、戦後のうやむやというやつだと思います。石炭もさほど産出量が見込めなかったと」
「それなら」
「――いうことにしておけば、おいしいでしょうし」
おやおやという発言の雀。
「猫猫さん、玉鶯さまが壬氏さまと軍師のおっさんを呼んだ理由は知っていますか?」
「知りません。知りたくもありません」
猫猫はきっぱり拒否しておく。
「ええ、なんと、なんか戦をしかけたかったみたいですよ」
「結局、言うんですね、雀さん」
「はい、情報は共有すべき相手には伝える雀さんですよ」
猫猫にとって、かなり聞きたくなかった内容だ。
あえて夜に猫猫の部屋に来たわけだ。やぶ医者がいたら大騒ぎするだろう。
「さて、どこに戦を仕掛けるでしょうか?」
「はい、聞こえないですねー」
猫猫が耳をおさえると、雀は目を細めてくすぐってくる。
「っあ、それは」
くすぐりにはたまらず猫猫は寝台によりかかる。雀がのしっと押し倒してきた。
猫猫は、耳をおさえることができない。雀が耳元でささやく。
「北亜連ではなく、砂欧だそうです」
(聞きたくなかった)
聞きたくなかったが、聞いた以上質問したい。
「なんで砂欧なのでしょうか? 普通、あの国を襲うとなれば、弊害のほうが多いかと思いますけど。もちろん、他の国を襲うのも莫迦としか言いようがないですけど」
「そーですねえ、利点としては、一番近い都市を落とせば港がついてくる。海路を大きく牛耳れるとなれば大きい。作物の搬入がかなり楽になるでしょうね」
それだけでは足りない。
「あと、砂欧は昨年、巫女関係でやらかしたので、言いがかりもつけやすいです。旗印に一番迷惑がかかった月の君がいればなおさら」
確かに一見言いがかりだが、裏取引がされているはずだ。ただ、情報を元巫女から引き出せばかなり攻め入るほうとしては有利になるが、玉鶯は知っているのだろうか。いや、知らないはずだ。
「また、ぎすぎすした空気は人を凶暴化させます。その矛先を権力者から他国へと向ければどうでしょう? 蝗害で職を失った人々は盗賊なりなんなりにどんどんかわっていきます。その手の扱いも、戦の駒となれば軍師のおっさんが上手く配置してくれるでしょう」
戦のおこりとしては珍しくもない理由だ。ただ、猫猫も阿呆ではない。
「でも、砂欧なので、もし攻め入るとして他国が許さないのではないですか? 雀さん」
「そうですねえ。とくに北亜連なんかは困りますよぅ。一気に港さえ落としてしまえば、なんとかなるかといえば、まだ分が悪いですね。お金もたくさんいりますし」
雀はぴょんと飛び上がる。
「それでもって、炭鉱があったとされる山は、西の端と言ったらどうでしょう?」
「西の端」
つまり砂欧と面した場所ということだ。
「石炭というと茘ではあまり使われませんが、木材の少ない地方では木炭にかわる立派な燃料なんですよ」
「そうらしいですね」
猫猫は実際使ったことはないのでわからないが、炭焼きをせずにそのまま使える燃える石があれば確かに用途はあるはずだ。
猫猫は寝台に座ったまま、雀を見る。
「もし石炭の埋蔵量がたくさんあって、砂欧側から掘り出すことができたら。さらに海路で輸出できたらどうでしょう? しかも、砂欧側はまだ石炭が埋まっていることも、その価値もよくわかってないとしたら。まあ、価値を知らないなんてことはないと思いますけどねえ」
戦をするかしないか、利益がでるか出ないか変わってくる。
「石炭に別の用途もあればさらに大きく変わりますけど、そこは置いといて」
雀は両手で物を横に置く仕草をする。
「羅半がなぜ探せと言った意味がわかりました」
猫猫は一気に疲れてしまった。
羅半は中央に残っている戌西州の資料を探したのだろう。古い資料は捨てられることもあっただろうに、なんとか探し出した。猫猫の手紙に暗号として送った。
確かにこれは中央の来客にばれてはまずい内容だ。
(炭鉱を国に黙って掘っていたってことか?)
不作の農民に施しを与えるだけの余裕は生まれるはずだ。
だらだらといやな汗が流れる猫猫に対して、雀は涼しい顔のままだ。
「雀さん」
「なんですか、猫猫さん?」
「あくまでそれって推測の域を出ないのではないですかねえ」
猫猫の座右の銘は、推測で動いてはいけない、だ。こういうときこそ、おやじの言葉を思い出す。
「はい。でも、疑わしき根拠はいくつもありますよ」
猫猫の希望をさくっと切ってくれる雀。
「炭鉱って危険な場所ですよね。だから、当時は多くの奴隷を使っていたと考えられます。ええ、風読みの部族の生き残りとか」
「……」
雀の情報網なら、すでに元炭鉱関係者の話も聞いているのかもしれない。その情報網で、玉鶯の母が元風読みの部族だとわかっている。
「同胞が窮地にある。それを助けるのは、大義名分になるでしょうねえ。正義の味方ですねえ」
雀の言葉は猫猫には聞こえなかった。ただ、一つだけ頭にあるのは――。
「雀さん」
「はいはい」
「壬氏さまは、利があるとして戦をしますか?」
雀はただにこにこ笑う。
「できると思いますか?」
質問で答える雀。
「月の君は、平時であればこそ、優秀なお人ですよ」
ほめているのかけなしているのかわからないが、猫猫は少しだけほっとした。