二十、捻じ曲げられた過去
「つまり、風読みの一族を知っているのですね?」
猫猫は庫魯木に確認する。自称美少女は腕組みをしつつ、「うーん」と唸った。
「知っているっていうか、俺のひい祖父さんあたりがまだ草原に暮らしていたころ、そう呼ばれてたらしいよ。まあ、俺もばーちゃんに何回か聞いただけでほとんど知らないけど」
「知っているだけのことを教えていただけませんか?」
「えー、どーしようかな?」
猫猫が下手に出ると、庫魯木は調子に乗り出した。
「無料でとは言えないけどー」
にやりと庫魯木は金の要求をする。
「ふふ、お役人に突き出されたいのかしら?」
猛禽類を思わせる目が庫魯木の背後で光った。桃美が笑みを浮かべて見ている。なぜか関係ない馬閃が身をすくめ、ついでに梟が羽を逆立てて震えていた。
庫魯木は顔を引きつらせる。
さすが高順を尻に敷く恐妻だ。
猫猫はわざとらしく咳払いをする。
「……こちらは譲歩しているつもりですけど。あなたは質問に答える。私はあなたを役人に突き出さない。また、今後の対応によっては――」
「ええ、この梟をどうするかについても応相談とさせていただきます」
桃美が猫猫の続きを答える。
「……わかったよ。俺がばーちゃんに聞いたのは、昔、遊牧していた一族が奴隷狩りにあったってことだ。狩りにあったやつらはほとんど殺されて、女は嫁に、子どもは奴隷にされたって聞いた」
それは猫猫も知っている情報だ。だが、一つ気になることがある。
「風読みの一族は、鳥を使うと聞きました。鳥の卵を孵化させ、飼育する方法は途絶えなかったということでしょうか?」
「そこな。あー、言い方悪かったな。風読みの一族は滅ぼされた。分けられた半分が」
「は、半分?」
猫猫および他の者たちも庫魯木を凝視する。
「そー。なんか祭事とかで、草原をずっと回っていたんだろ。なら、一塊で動くより、分けて動いたほうがいいじゃないか。鳥を使った連絡手段もあるんだし」
確かにそうだと猫猫は頷く。
「でも残った半分はどうしたんですか? 風読みの一族というものはすでになくなった扱いになっているようですし。祭事は続けなかったのでしょうか?」
「んー。俺にはよくわかんね。俺のひい祖父さんはその生き残ったほうの一族だったらしいけど、ばーちゃんが十歳くらいの時に死んじまったからなあ。ばーちゃん曰く、鳥のあれこれはいっぱい教えてもらっていたけど、もう放牧はやらずに街で暮らしてたんだと。ただ、飼育した鳩を買ってくれる常連がいたから、食うに困らなかったって」
「常連?」
「さあ、どこぞのお偉いさんじゃないかって言われていたけど、詳しく聞いてない。ってか、ばーちゃんもあんまし知らなそうだった」
庫魯木の証言に全員が黙り込む。
「あれ? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「……いえ、ありがとうございます」
瓢箪から駒が出るとはこのことだろうか。いや、多少は風読みの一族に関連しているかもしれないと思っていたが、思った以上に核心をついてきた。
「なあなあ。俺、こいつを持ち帰っていいか? 放すのにちょうど良さそうな場所を見つけたんだ」
「手に入ったのに、放してしまうんですか?」
「元々、そのつもりだし、ばーちゃんの教えだからな」
猫猫は桃美と目を合わせる。桃美がこくりと頷くので、猫猫は鳥が入った籠を庫魯木に渡した。庫魯木は破顔する。
「もう一つ質問をよろしいですか?」
「なんだ?」
庫魯木は鳥が返ってきたことで機嫌をよくしたのか八重歯を見せるように言った。
「あなたの父と玉鶯さまのお母上は親戚と言ってましたが、お母上も風読みの一族という認識で問題ないでしょうか?」
「そこは断言できないけど……。ただ、鳥は好きそうだったし扱いも慣れていたと思うな」
ここで、玉鶯の母が風読みの一族であれば、なにか色々関係性が出てくる。
(有益な情報は得られたけど)
庫魯木の話を信じるといくつか矛盾点が出てくる。
(風読みの一族が滅びていないのであれば、その後も祭事を続けられたのではないか)
農奴となった念真がやっていたことの意味について問うことになる。
そして、風読みの一族はどうして滅びたことになったのか。
おかしい点が出てくる。
(考えられる可能性としては)
風読みの一族を滅びたことにして、その能力を別のことに使ったのではないか。
(情報が早く伝達されればそれだけ強い)
一度、滅びたことにして囲い込めば、使いようがいくらでもある。庫魯木の祖母がすでに街で暮らしていたことを考えればおかしくない。また、庫魯木の曽祖父が早逝したことも納得がいく。
(技術さえ継承してしまったら、過去を知る者は邪魔になる)
「おい。ねーちゃん。俺、もう帰っていいか?」
庫魯木につつかれて、猫猫ははっとなる。考え込んでしまったらしい。
「すみません。一応、連絡先を教えていただけないでしょうか? 私もちょっと鳥が欲しいというお客を紹介できるかもしれません」
「……えっ、なんか怖い」
庫魯木は猫猫の作り笑いに騙されそうにない。貴重な情報源を逃がしてたまるか、という表情が浮かんでいたか。
「ふふ。子どもに対してひどいことはしないわ。ねえ、あなたのお父様を紹介してくださらないかしら?」
桃美が、目を光らせる。
庫魯木はびくっと反応すると頷いた。
(この人強すぎる)
やり手婆とも、水蓮ともまた違った型だが。
(周りが静かなわけだ)
雀は普段ほどはっちゃけないし、馬閃に至っては高順にも似た無我の境地の顔をしている。こうして高順の今は作られたのだろうかと、猫猫は思う。
庫魯木を使いの下男と共に帰らせたところで、桃美が猫猫を見た。
「あなたの顔を見る限り、いくつか考えついたことがあるように思えますが」
丁寧に言っているようだが、端的に言えば「わかっていることあったら吐け」である。
「あくまで私の推測であり、荒唐無稽な内容かもしれません」
最近は養父こと羅門に反感を持つこともあるが、猫猫は彼の教えには基本忠実だ。証拠もない憶測で物事を判断するつもりはない。
「でも、私の、私たちの主人は、いちいち明確な結論を求めているのではありません。自分で何でも抱え込む性格の主ですが、これから起こりうる対策を練るためには一度話していただけないでしょうか?」
桃美はさっさと吐けと猛禽類の目で猫猫を見る。
「では――」
猫猫は彼女等の主人こと壬氏に話を伝えてもらおうと口を開いた。
「いえ、直接本人に会って話してください」
「ここで話そうとも問題ないと思いますけど」
桃美が猫猫が話した憶測を捻じ曲げて伝えるとは思えない。
「いえ。たまには気晴らしも必要なので」
「はあ?」
ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべた桃美に、猫猫は目を細めるしかなかった。