十九、風読みの一族
雀に案内された先に、例の不審者はいた。
「だーかーらー、誤解なんだってばあ」
甲高い声が聞こえる。女の声というにはあまりにきんきんとした声だ。その姿を見れば、猫猫も納得する。
「餓鬼だ」
十歳くらいだろうか。目が細く、肌は黄色い。西都の住人というより華央州にいる人種の特徴が濃い。顔立ちは男児のように見えるが、長い髪を後ろに束ねているのでたぶん女児だ。西都の男児は子どもでもきっちり巾でまとめるか、もしくは長いみつあみにしていることが多い。
面をして、さらに長い髪を流していたから、女の姿だと誤認したのだろう。
「がきじゃない」
ぶうっと膨れる子ども。その態度が餓鬼の証拠だ。
部屋には、不審者の子どもと桃美、馬閃、それからよくいるけど名前を知らない護衛が一人。
「猫猫さん」
桃美が色違いの目を細めて見る。
「桃美さまがなぜ?」
「女かと思えば男児、ならばと尋問をしようと言い出したうちの次男ですが、女児だと気づくとどうなるでしょうか?」
「あー」
猫猫は納得した。
馬閃は基本、女が苦手である。どれくらい苦手かと言えば、あまりに奥手すぎて将来子孫も残せないのではと心配されるくらいだ。
「母上……」
気まずそうな馬閃。
まだ子どものようだが、この年齢でも駄目なのだろうか。
(私や雀さんは平気そうだけど)
雀は珍獣っぽいので仕方ないが、もしかして猫猫も同じ分類をされているのだろうか。
「尋問が上手くいってないのですか? 雀さんがやりましょうか?」
にこにこと目を細めて近づいて来る雀。
「雀さん、あなたはやらなくていいから」
桃美が止める。
「そうですか。子どもの扱いは得意なのですが」
雀は、しゅるしゅると袖から旗を出す。
「申し訳ありませんが、今はどのような状態なのでしょうか?」
猫猫が嫁姑の間に入った。馬の一族はみんな性格が濃いので、ちゃんと主張しないと取り残されそうだ。
「申し訳ありません。今の状況としては、この子ども、庫魯木というのですが」
「く、るむ?」
「こう書きます」
桃美が卓に書いて見せる。
「ありがとうございます」
名前の雰囲気が、都周辺の一般的な響きとは遠い。どちらかといえば、砂欧方面の響きに聞こえた。
「あんたもはっきり言ってくれ。この通り、俺はどこにでもいる可愛らしい美少女だ。ここらでうろついていたのは、ただ昔飼っていた鳥を捕まえようとしただけだ!」
『美少女……』
庫魯木に視線が集まる。彼女はなかなか自己評価が高い性格らしい。しかし、ここでとやかく言っているとまた話が脱線する。
「この通り、鳥を捕まえるより他意はなく、もちろん悪気もない。なので、大人しく鳥を返して釈放しろと言っています」
「ずいぶん、図々しいですねえ」
桃美の説明に、雀が猫猫の代弁をしてくれる。
「いいだろ! 元々はその鳥は俺が育てたんだ。ほら、見てくれよ。この通りなついてる!」
「ようには見えませんけど」
庫魯木と顔を合わせずそっぽを向く鳥。間近で見ても本当に奇妙な面を付けた顔をしている。
「だから、ほら!」
庫魯木は、黒づくめの装束に面を被る。鳥、面梟はようやく庫魯木に近づいた。
「へへ。卵から孵したんだ。この恰好でずっと世話していたからな」
「つまりその恰好をすれば、誰が着ていても反応するということですね。別にあなたでなくても」
「⁉」
猫猫の言葉に、庫魯木は顎が外れそうな顔をする。
「いや、ほんとだって! 信じてよ! いたいけな子どもを信じて!」
泣きそうな顔をする庫魯木。
「ほら、こいつの好きな食べ物だって知ってるし」
「この子可愛いですよね。ほら、鶏肉ですよ」
桃美が箸でつまんだ鶏肉を梟に差し出す。梟は籠の中をちょんちょん飛び跳ねて近づくと、鶏肉を啄んだ。
「⁉」
「普通に黒装束を着なくても、餌は貰うみたいですけど」
庫魯木は面を被ったままべそをかいているような鼻づまりの音をさせる。
なお、馬閃と言えば、母上が仕切っているので、何も口を出さずに突っ立っているだけだ。涅槃の境地に至った高順と少し似ている。
「そ、そいつは、ちゃんと、お、俺が育てて……」
「育てたというなら証拠を見せてください」
「しょ、証拠って言われても」
「猫猫さん、子どもでも容赦ないですねえ」
雀が他人事のように言いながら、桃美に追加の鶏肉を差し出している。一応、姑には気を使っているらしい。舅や義弟に対しては自由そうだが。
「容赦ないと言われましても、子どもでも火付けくらいはできますからね。西都の権力者の別邸にて変な動きをしていたら、子どもでも罰するのが普通でしょう」
「そりゃそうですねえ」
「あっ、雀さん。鶏肉は生だと危険なので、加熱してからつまんでください」
「おおっと失礼」
雀は、餌の鶏肉を自然に口に運ぼうとしていた。いくら健啖家とはいえ、生の豚肉、鶏肉はおすすめしない。
「ちゃ、ちゃんと。お、俺、育てたもん……。た、卵から孵した、も、ん」
「そうですか。なら、どうやって卵を手に入れたのです? そして、孵化させた方法は? なんで育てた鳥が逃げたのかも説明してください」
鼻水をすすりながら、庫魯木はぽつりぽつりと語りだす。
「た、卵は、もらった。お、おやじとなじみの猟師が、いらないって。おやじも買わないっていうから」
「猟師?」
「鷹とか狩ったとき、巣も見つけたら、卵をもらう。その卵を、おやじが買うんだ。そ、育てて金持ちに売る」
「なるほど」
売れ残り品の卵が、この鳥だったわけだ。
「ではどうやって孵化させたのですか?」
「……お。おやじは、部屋をいつも温めてる。燃料ばんばん焚いて、暑くなりすぎたら換気して、一日に五回くらい、卵をひっくり返す。俺は、使わせてもらえないから、わきに挟んだ。親鳥がずっと温めてたと思う、五日くらいで孵化した」
「ふーん」
猫猫は、庫魯木が本当のことを言っているとわかった。猫猫は鳥の孵化の仕方はざっくりとしか知らないが、間違っていないと思う。
「おい、どうなんだ?」
高順予備軍になっていた馬閃が猫猫に訊ねる。
「変なところはないと思います。とっさの嘘で、ここまで言えるとは思いませんし」
しかし、気になるところがあった。
「この梟は、売るつもりで育てたのですか?」
「ち、違うよ!」
「でしょうね」
猫猫は黒装束をつかむ。
「野生に返すつもりで育てたようですね」
「……うん。狩りもできるように、虫の捕まえかた教えた」
「でも、売られてしまったという感じですか?」
「……そうだよ。あのくそおやじ」
ぎゅっと拳を握る庫魯木。
「面白い顔をしているし、毛色も変わっているから俺がいないうちに売っちまった。何の相談もなく、勝手に。番う相手もいねえから、森に返してやるはずだったのに。そのために、こんな暑苦しい服に面つけて育ててたんだよ!」
庫魯木は憤りを感じているが別に珍しいことではない。女、子どもの持ち物は、基本家長が勝手にする。茘では一般的な考えである。
(女が強い場所で生きていると麻痺しそうになるんだけどな)
娘は政略結婚の道具、もしくは結納金のために育てることも珍しくない。
「わかりました。では、続きは私が話してもいいですか? あくまで予想なので、違っていたら訂正してください」
「っ、うん」
庫魯木は鼻をすすりつつ、頷く。
「あなたの父親の職業は鷹狩りというわけではなく、金持ちに鷹を売るのでしょうか? 鷹狩りの他、愛玩用にも」
庫魯木は頷く。
「梟が売られた先は、この屋敷。玉鶯さまのお嬢さまにですね?」
「……違うよ。正しくは養女だ。この年頃の娘は、鶯王にはいない」
庫魯木は、えづきが止まったのか、だいぶ明瞭な声で話しだした。
「鶯王?」
聞きなれない言葉に猫猫は聞き返す。養女というのは、別に珍しくもないし、予想していたことなのでさして気にならない。
「そういう名前の劇の主人公がいるんだよ。快刀乱麻を断つがごとく、ばったばったと敵を倒す。昔の公子を原型にした話だ。玉鶯と鶯王、誰かが茶目っ気で言ってみたらそのままついたあだ名だよ」
庫魯木の見た目は幼いが、ずいぶん頭が回る子だと猫猫は思った。この年頃の子どもにしては、語彙力が高い。
「玉鶯さまは、西都では人気があるようですねえ」
「まあねえ。都を盛り立てた玉袁さまの長子だし、気さくで平民にも声をかけてくれるから」
「……そうですか」
猫猫にはいまいち玉鶯という男のことはわからないが、今はもっと違うことを聞く必要がある。
「玉鶯さまの娘に梟を売られてしまったが、肝心の梟は逃げてしまい、そのままこの屋敷に棲み着いたということですか?」
「そんなとこ」
「あなたは梟が逃げたことをどこで知ったんです?」
「……ん、いや。本人が申し訳ない様子で謝ってきた」
「本人が?」
猫猫は横にいた雀と顔を見合わせる。桃美も馬閃も不思議な顔をしている。
「俺、こう見えて玉の家の人とは顔見知りなんだぜ。字なんかも教えてもらった」
「へえ、見た目は小汚いのに」
「誰が小汚ねえんだよ、美少女だろ!」
雀のつぶやきに反応する庫魯木。すっかりべそはなくなったようだ。
「どういうことかしら? 正直、あなたはお屋敷に出入りするいでたちには見えないのだけど」
桃美は言い方を変えてきたが、雀と言っていることは同じだ。
「俺は鶯王のかーちゃん、玉袁さまの奥方と仲が良かったんだよ。おやじの親戚で、金持ちに鳥を売っていたのも、その伝手だ。娘とは納品の際、何度か顔を合わせていて、俺が鳥を返してくれといったら困ってた。父親からもらったもんは勝手に返せないんだろ」
「ということは、わざと逃がしたと」
猫猫は確認する。
「そこは知らねえ。ただ、逃がしたので悪いって伝言をもらったんだよ。つまり、俺につかまえてくれって話だと理解したわけよ。俺は無罪だろ?」
「いや、そこは屋敷の住人をむやみやたらに驚かせたので駄目です」
「うー」
獣のように唸る庫魯木。
「大体、状況は読み込めましたねえ。猫猫さん」
「そうですが」
「ええ、猫猫さんはなにかもっと別のことを聞きたいのではないでしょうか」
雀の言う通りだ。
猫猫の本題は屋敷の周りをうろうろしていた理由ではない。そこは大体、猫猫にとって予想がついていた。
「では、迷惑料がわりに私の質問にいくつか答えてもらってもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
庫魯木に代わり、桃美が返事をする。猫猫も桃美を見ながら質問していた。
「あなたの家は鳥を育てていたようですが、鳥を通信手段に使うことはやっていないのですか?」
「俺の家ではやってない。むかーし、ひいじいちゃんの時代くらいは親戚がやってたらしいけど今は知らねえ」
ふむ、と猫猫は腕を組む。
「では、昔は鷹狩りのようなことはやっていましたか?」
「やってたよ。おやじが金儲けになるからって、金持ちに売りつけるようになっただけだ。うさぎや時に狐なんかも狩る。こいつの卵がいらねえって言われたのも、鷹や鷲じゃなきゃ狩りで大きな獲物が捕まえられないからだ。愛玩用より狩りができたほうが便利だからな」
確かに、この梟ではせいぜい鼠か小型のうさぎくらいしか捕まえられそうにない。
「では、育てた鳥に特定の生き物だけを捕まえさせることはできますか?」
庫魯木は眉間にしわを寄せる。
「……やったことないけど、不可能とは言い切れない。ひな鳥の時から、特定の餌だけを与え続けると偏食になることがある。もしくは、狩りの時に獲物によって餌を変える。鷹狩りは捕まえてきた獲物を持ってきたら、餌と交換する。大好きな餌と交換できる獲物が何かを覚えたら、獲物を選んでくるかもしれない」
やはり庫魯木は頭がいいと猫猫は思った。甲高い声をのぞけば、同年代の趙迂よりずっと大人と話しているような気分になる。
「では、飛蝗だけを狙う鳥を作ることはできるかもしれないですね」
「飛蝗だと?」
馬閃が食いついた。
「飛蝗かあ。そうなるとこいつみたいなあんまり大きくない鳥になるな。あと、やっぱ肉のほうが好きだろうから、肉と獲物を取りかえるほうが現実的かもしれない」
「そうですか。では最後の質問をば」
猫猫はすうっと息を吸って吐いた。
「あなたは風読みの一族ですか?」
庫魯木は一瞬目をぱちくりさせた。
「なんで、あんたがその名前知ってんの?」
猫猫はぐっと拳を握った。