十八、飛頭蛮 後編
大騒ぎだった中庭だが、一番偉い壬氏が散れと言えば、すぐ皆持ち場に戻る。皆がいなくなったところで、網の中を確認する。
「なんだこれは……」
壬氏と馬閃が目を丸くする。馬閃の反応から、しっかり確認する前に鳥に逃げられたようだ。
雀が捕まえた鳥は、一尺ほどの梟だった。しかし梟というにはいささか不気味な顔をしており、それに面食らったのだ。
まさに面を被ったかのように白く丸い顔。そして、顔の周りの羽毛は黒っぽく、羽を広げずに暗所にいれば、それこそ面が浮いているように見えるだろう。
しかし――。
「なんか小さいですねえ」
あっけらかんと言ってくれるのは天祐だ。壬氏、月の君の前だというのに堂々としている。
猫猫は一応、天祐を肘で小突く。
「おや、申し訳ありません。月の君もおいででしたか」
かなり無礼な奴だと、猫猫は思う。もちろん、自分のことは別の場所に置いてだ。
壬氏も少し表情が硬い。表面上は、それこそ天上人の笑みを浮かべているのだが。
「これだけの騒ぎだ。気がつかぬほうがおかしかろう。しかし、何をやっていたのだ?」
(しらじらしいなあ)
馬閃までよこしておいて何を言うのだろうか。
天祐が何をいうかわからないので猫猫が前に出る。
「はい。この邸の周辺では近頃、不気味な怪異が出ると噂にありました。医官付きの武官が、そのことを使用人から相談されたこともあって、邸の巡回のときに調査をしていたわけです。今日はその使用人に朝から相談を受けまして、しかし夜の護衛を終えた武官にそのまま調査をしてもらうのは憚られました。本来の仕事は医官の護衛であって雑用ではありませぬゆえ」
(ちょっと厭味を混ぜておこう)
「なので、医官付きの官女である私が話だけでも聞こうかと出向いた次第です」
「ふむ。それでは隣の医官はどうなのだ? 医官の仕事は他にあるだろう」
壬氏の目つきが鋭い。
(あー)
やっぱり、天祐も巻き込むのは駄目だったらしい。
「申し訳ありません。私が無理をいってついてきました。この猫猫は私のような若輩の医官よりも調薬に長けており、現在色々と教わっている最中でございます。猫猫が中庭を回ると聞いててっきり生薬の材料になるものを探すのかと思い、ついてきた次第です」
(こいつ……)
二人称を変えている。さらに、やはり普段はわざと名前を間違えていたらしい。
壬氏の目がさらに険しくなった気がする。
「ほほう。大体の事情はわかったが、肝心の怪異の正体というのは、この鳥で間違いないのか?」
「はい。半分は」
猫猫は梟を見る。
「ここでは人の目もあろう。場所を変えて詳しい話を聞きたいがいいか?」
「かしこまりました」
壬氏の申し出を受け入れる猫猫。
「こんな顔の鳥がいるとは初めて見たな」
壬氏は籠に入れた鳥をまじまじと見る。
中庭から壬氏が使っている客室に案内された。とはいえ、使っている部屋はいくつもあり、その中で軽く茶会ができそうな所だ。
壬氏が主人として座り、その周りにいつもの水蓮、桃美、雀に護衛の馬閃がいる。たぶん、馬閃の兄の馬良も近くにいる気がするが、出てくることはなかろう。
なぜか天祐もにこにこしながら、同じ部屋にいる。
(仕事があると言って辞退しろよ)
面白そうな空気があればついてくる、それが天祐だ。
「なぜこの鳥が怪異、『飛頭蛮』の正体だと思ったのだ?」
壬氏の質問に猫猫は目を閉じる。天祐に変な情報を与えないように気をつけていかねばならない。
「はい。最初におかしいと思ったのは『面』という言葉でした。木や建物の上で『面』を見たという話を聞いて、まず木の周りを見て回りました」
すると鳥の糞を見つける。小鳥ではなくある程度の大きさの肉食の鳥の物だ。
「昼間、小鳥が普通に邸内を飛んでいるので、もし肉食の鳥がいるとしたら夜行性のものではないかと目星をつけました」
「ふむ。その時点で、鳥が怪異の正体だと目星をつけているように感じたがその根拠は?」
「この鳥を知っていれば、想像がつくと思います。私は実物を見ることは初めてですが、まるで面を付けたような鳥がいることを知っておりました。以前、働いていた薬屋にて手に入れた生物の図録に描かれていました」
壬氏なら、その図録がなにかわかるだろう。子の一族の砦から持ち出された図録の一つだ。今は、壬氏が保管しているはずなので、西都に持ち込んでいたら見ることができるはずだ。
「名前はそのまま『面梟』というそうです。普通の梟だったら、面が浮いているとは思わないでしょうし、何よりこの梟は少し珍しい色をしている気がします」
黒っぽい羽毛。普通、翼が黒くても腹の部分は白いのが梟の色だと思っていたが、これは顔を残してほとんどこげ茶色だ。
「質問をいいでしょうか?」
天祐が挙手する。
「言ってみよ」
壬氏の口調がいつもより少し高圧的だ。
「確かに見た目は面のようですがさすがに大きさが小さすぎませんか? 人の顔と言うには可愛らしすぎますけどねえ」
天祐は籠の中の梟を見る。梟は暴れることもなく、眠たそうな顔をしていた。巣材を入れてやれば眠るかもしれない。
「人の目は曖昧なものです。白く浮いているように見えるだけで存在感は、大きいかと思います。それに」
猫猫は懐から紙を取り出す。筆記用具を借りようとしたら、すちゃっと雀が差し出してきた。本当に動きがいい。ついでに梟を取り逃がした馬閃にちょくちょく苛っとする表情を向けて挑発している。
猫猫は紙に点を四つ書くと壬氏と天祐に見せる。ちょうど、目目鼻口の位置になるようにだ。
「人間の目は、点が並んでいるとそれだけで人の顔に見えるようにできています。よく柱に人の顔が浮かんでいるなどという類と一緒です」
「わかった。夜に浮かぶ面の正体はわかった」
天祐は籠に手を入れて、梟を突く。梟は特に抵抗もしない。桃美が小皿を持ってやってくる。中には生の鶏肉が入っていた。
(ぜいたくな)
桃美が箸で鶏肉を差し出すと、梟はすんなりと口にする。人から差し出された物を食べることに抵抗がない。
「面の正体はわかった。でも、頭の正体は?」
天祐は莫迦ではない。猫猫が言ったことをしっかり覚えていた。
「面と頭? それはどういうことだ?」
壬氏が説明を求める。
猫猫はおさらいも含めてもう一度話すことにした。
「目撃情報は二十日前からありました。その時は『面』または『顔』と呼ばれていました。ですが、ここ数日の目撃情報は『頭』だそうです。しかも邸の外を浮かんで歩いていたと」
「『面』と『頭』は別物と言いたいのだな。では、この鳥が『面』として『頭』は何になる?」
「それなんですよね」
猫猫はちらっと雀を見た。
「なんでしょうか? 雀さんに何か御用でしょうか?」
「雀さんではないんですよね?」
猫猫は時系列を考えてみた。数日前からの『頭』の目撃証言。それは猫猫たちが西都にやってきた日付と一致する。そして、何かしら変なことをしそうなのが一人。
「失敬な。雀さんは、ここ何日かはずっと猫猫さんと一緒にいましたよ」
そうなのだ、猫猫と共に畑を耕しに行っていた。
「あくまで仮説の一つです。ただ、この梟を見る限り何かわかった気がします」
猫猫は鶏肉を啄む梟の足を見る。見事な金細工が見えた。
「おそらくですが、すぐに見つかると思います。ちょっとした罠を置いておくだけで」
猫猫はにいっと笑うと、不気味な顔の梟を撫でた。
翌日、独特の足音とともにやってきたのは雀だった。
猫猫は朝餉の片付けを終え、やぶ医者とともに調薬をしていた。
「猫猫さんは予言者でしょうか?」
目をぱちくりしながら雀が言った。
「見つかったようですね。手荒な真似はしていませんか?」
「お二方、何の話をしているんだい? 私にはさっぱりだよ」
最初から最後まで蚊帳の外のやぶ医者だが、説明するのも面倒なので調薬の続きをしてもらう。調薬が終わったら、お茶の準備をしてくれるはずだ。
雀は我が物顔で、椅子に座るとやぶが茶菓子を持ってくるのを待つ。そのついでに話すと言った雰囲気だ。
「はい。猫猫さんの言う通り、梟の籠を夜見張っておきました。そして、梟がいきなり騒ぎ始めたところを狙って周りを見てみたら、まあ大変。変なお面を付けた黒づくめの人が見つかるじゃあありませんか」
なんとも楽しそうに話しつつ、そっとやぶ医者が差し出した茶を飲む雀。菓子は西都らしく干した果実だ。
「まさか本当にそんな格好だったんですねえ」
猫猫もあまりにぴったりすぎて驚いてしまう。
「それで、その不審者は、梟を育てた人物ですか?」
「正解」
雀は大きく丸を作る。
「猫猫さんは、なぜ怪異の犯人が梟の育て手だと思ったんですか?」
雀は率直に聞いた。
猫猫は梟の特徴を思い出す。
「明らかに飼われている梟でしたから。足の飾りもですし、籠の中で暴れる様子もなく食べやすく処理した鶏肉を警戒心なく食べていました。愛玩動物として一時的に捕まえたのではなく、長年世話していたのではないかと思いました」
「ほうほう」
「それに目撃情報について一つ気になったことがありました」
『面』の目撃情報が二十日ほど前、『頭』の目撃情報が数日前。ある共通点がある。
「二十日前なら、例の玉葉后の姪が都へと発ったころじゃないかと」
「あっ」
雀にもわかったらしい。
「梟は元々、都へと持って行く献上品の一つだった。それがなんらかの形で逃がしてしまったとしたら?」
「ほうほう。では、今更になって捕まえようとしたのは、皇族が来ているので再び献上しようと思ったのでしょうか? あんな変な面をつけるのは誰かに顔を見られないようにするためですか?」
変な恰好について、猫猫は思い当たることがあった。ただ、明瞭な答えではなく、あくまで猫猫が考える推測の一つに過ぎない。
「猫猫さん。雀さんはお調子者ですが、お莫迦ではないので猫猫さんの意見はあくまで一つの話として鵜呑みにはしませんよ」
雀は遠まわしに「さっさと話せ」と言っている。こう言われると猫猫の口も軽くなる。
「面と黒装束はたぶん、梟の親に似せた格好なのだと思います」
雀は猫猫の言葉に首を傾げる。
「刷り込みというのをご存知ですか?」
「はい、雀さんは知っています。鳥が卵から産まれて最初に見たものを親と認識することですよね」
「はい。育て手は、あの梟を野生に返すつもりだったのではないかと。人の顔を覚えぬようにしたんじゃないかと考えました」
「……ほう」
梟の糞を見る限り、餌は自分で捕っていた。
「でも、結局は人から鶏肉を貰う性格になったようですね。面白い顔の梟が人に慣れていたら、金持ちは珍しがって買いますし、貴人への貢物として贈ることもあるでしょう」
「それを良しとしなかった育て手は、逃げた、もしくは逃がしたというところですか?」
「あくまで仮定です」
「それでもって逃げたはずの梟があろうことか、玉袁さまの別邸に住み着いてしまったと。それで、皇族が泊まるとなればさあ大変」
「仮定ですってば」
「梟を呼んで育てた当時の格好をしていればやってくる。梟を捕まえて遠い場所に放してしまおう」
「仮定」
「わかってますよー」
梟を呼ぶのに笛か何かを吹いただろう。梟は反応したが外に出られなかった。
猫猫の仮定があっているかあっていないかはどうであれ、一つ得られたことがある。
「梟の育て手であることは、違いませんよね」
「そうですね」
にやりと猫猫と雀は笑う。やぶ医者が蚊帳の外で、悪だくみする二人を見て怯えている。
もし、猫猫の仮定通り鳥を雛から育てられる人物だったら、ある問題が解決に近づく。
念真という元農奴が語った『風読みの部族』。戌の一族が囲っていたという部族。
(ただ祭事だけで生きていけるとは思えない)
また、彼等はどうやって虫を駆除していたのかと考えると、一つの答えが導き出される。
鳥を扱っていたという『風読みの部族』。猫猫は以前、鳥を使ってあることが行われていたのを思い出す。
鳩を使った連絡方法。
同じように、鳥を伝達手段にしていたら、風読みの部族は祭事だけでなく諜報にも精通するのではないだろうか。
猫猫はとりあえず、その捕まえた不審者に会うことにした。