十四、ご馳走
がさがさと天幕の入口がこすれる音がする。
猫猫が目を開けると、雀が料理を持って戻ってきていた。
「猫猫さんの分です」
「ありがとうございます」
雀は、獣脂の燭台を絨毯の上に置く。妙に美味しそうな匂いなので、材料は牛か羊あたりなのかもしれない。
料理は作ったものが全て二つずつ。追加で汁物が増えている。燭台の周りに並べた。芋とともにあり合わせの材料で作ったのだが、なかなか豪華に思えてきた。
猫猫は腹を撫でる。ひと眠りしたので小腹が空いていた。
「みなさんに好評でしたよ」
「それはよかった」
「ええ、今は食べて飲んで気持ち良くなってあのように」
天幕の外から弦楽器の音と、歌が聞こえてくる。全体的にとってつけたようなものだったが、ちゃんと祭として機能してよかった。
「お料理の感想を一つずつ言っていきますね」
「お願いします」
猫猫と雀はなんとなく正座になって、並べた料理を見る。
「まずは焼き芋、その名の通り、焼いただけの芋」
「はい」
甘藷と馬鈴薯、どちらも焼いている。ただ、芋の玄人監修の元、焼いているので雀がただ切って暖炉で焼いたものよりしっとりして美味しかった。
「なんか、いい感じに蜜色になってますね」
「馬鈴薯はほくほくがまだ残っています」
「甘藷は女性、子どもに人気でした。馬鈴薯は、乳酪を付けて殿方が食べておりました」
「乳酪は塩を追加した物を用意したので」
それは食欲をかきたてられただろう。
「これはどうやって作っているんですか?」
「あっ、それは」
雀が疑問に思ったのは粘性の塊だった。
「最初、気味悪がって誰も食べませんでしたよ。雀さんが、麺麭の切れ端にのっけて食べたら、皆真似をし始めましたけど」
「私も初めて見る料理でした。羅半兄が作ったものです」
馬鈴薯を蒸して皮を剥き、潰す。潰した芋に乾酪と燻製肉の切れ端を混ぜて、塩で味を調整していた。
「胡椒があればさらにいけそうです」
「胡椒は庶民にはちょっと高級すぎますね」
もぐもぐ食べつつ、次は汁物を手にする。
「これは誰が作ったのですか?」
「汁物がないと、羅半兄が即興で作っていました。ご家庭の残り物の汁に、残ったふかし芋を潰して入れて、牛の乳と塩を加えて味を調えていました。あと、葉っぱを加えていましたがなんでしょうね?」
「あっ、それは香草ですね。移動途中、ちょろちょろ生えていました」
猫猫はふんっと鼻を鳴らす。雀が生ぬるい目で見る。
「なんか数日前に薬が足りないとか騒いでいた人いらっしゃったらしいんですけど」
「香草は薬というよりは調味料ですよ」
猫猫は半眼の雀に言ってのける。ともあれ、汁物の味を見よう。
「即興で作った割にいけますね」
「ええ、今後、我が家でも試したいと思います」
(羅半兄、潰しがききすぎるな)
きっと器用貧乏だったため、特筆して優れたところが見えなかったのだろう。実際は大変便利な存在だ。
「普通の家庭に生まれていたら、本当によかったのに」
「ええ、不幸な殿方ですねえ」
汁物を飲みながら、名前は出ずとも誰のことかわかる話をする。
他に作ったのは、甘藷を焼いて潰して乳酪で練ってさらに焼いたもの。表面には卵の黄身を塗っててらてらと焼き色を付けている。
「甘藷は、子どもに大人気でした」
「拔絲白薯も水飴があればできたんですけど」
生憎、水飴を作るには、時間がかかりすぎる。
(麦芽糖もないか)
麦芽を使った水飴だが、材料にもち米を利用する。米がないこの地方では作られないだろう。
他に、馬鈴薯を切って燻製肉とその他野菜とともに炒める。味付けは塩の他に香草を少々。しょっぱい味は男性に人気らしい。
「あっ、これ奥様方に大人気でした。羅半兄に作り方を聞いていましたよ」
雀が箸でつまんでいるのは芋餅だ。馬鈴薯をふかして練って小麦粉を混ぜる。塩を加えて中に乾酪を入れて焼いている。油の代わりに乳酪で焼くので、香ばしいいい匂いがした。
「独特の食感が好きみたいで、焼き立てだと乾酪が伸びるのもいいようで」
雀はうにゅっと芋餅を食む。中から乾酪が伸びてくる。
「ここは、乳製品と、肉……。使い放題なの、は、強みですね。華央州では、贅沢ですよ。馬鈴薯とは、合わせる、材料が、……適していますよね」
食べながら、雀が述べる。
「意外となんでも合わせられたのでよかったです。でも、魚は駄目みたいですね」
何がと言えば、宗教上の理由らしい。皆が皆、そうではないらしいが、魚は出さなかった。
(せっかく川が近くにあるのに)
もったいないが仕方ない。
だいたいの料理を食べ終わったところで、猫猫は雀に確認を取る。
祭事だ、神様だ、で、誰も彼も猫猫たちの話を聞くとは思えない。最初から、祭事の真似事は茶番なわけだ。
そして、本命といえば――。
「村の人たちに、欲は出ましたか?」
「はい、いい感じに食欲がわいてきましたよ」
雀が乳茶をずずっと飲んで笑う。
この村の一番の問題は素朴だということだ。大体、欲がない。ある程度の生活があれば、満足する。不作でも生活が最低限保護されるのだから働かない。
物欲がないから、それ以上求めない。ただ、与えられた分だけで満足する。
なので、食べたことがない未知の料理を振る舞うことにした。
できるだけ村にある材料だけで、できるだけ手軽にできるように。味覚に合うかわからないので、できるだけ種類を豊富に。
(ある材料さえそろえばいつでも食べられるように)
それは、甘藷と馬鈴薯だ。
逆を言えば、その二つがあれば、今日用意したご馳走は全部再現可能ということになる。
「いくらで買えるのかって、村長が聞いていましたね」
「羅半兄は何て言ってました?」
「あの人はなんかその点の勘定が疎いようなので、私が運搬費を含めて伝えておきました」
「弟には似なかったんですね、そこのところは」
とっさに「生まれたのは俺が先だ!」という声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
「値段聞いてびっくりして、ぽかんとして、落胆していました」
「でしょうねえ」
「なので、雀さんが名演技で仙女のごとき慈悲の眼差しを向けて言いましたよ」
『せめて種芋だけでも格安で分けてあげられませんかね』とのことだ。
(雀さん、よくわかってらっしゃる)
無料で芋をあげたら、また村人たちは施しを受けることになる。また無料でもらえるのではないかと期待をするかもしれない。少しでも金をとることは大切だ。
「そして、芋が余ったら市場に流せばいい。すると塩も手に入ると」
塩が多めに使われているのも、料理が高評価の理由の一つだろう。調味料がふんだんに使えれば、それだけ食事の質も上がる。
「作ることを面倒臭がらなかったりしませんでしたか?」
「芋を作る自体は、羅半兄は植え付けさえ終わったらほとんど手間はかからないと言ってくれました」
「となると開墾が問題ですけど」
「はい」
雀はにっこりと笑う。
「念真さんがただひたすら開墾だけしている土地、そこに植えることになりそうです」
祭事と芋をつなげてきた。
「元々、他の農奴が畑として使っていた土地みたいです。麦を作る余裕がなくて、秋耕だけしていた土地です。ただ、条件として、飛蝗の処理は頼みました」
「さすがです、雀さん」
ぱちぱちと手を叩く猫猫。
「早速、種芋の処理の仕方を羅半兄が教えていました。草木灰が必要だといってたんですけど、ここの灰で問題ないですよね?」
「大丈夫だと思います」
暖炉の灰は、羊の糞を燃やした物だ。羊の糞の材料は草なので、たぶんいけるだろう。
一応、ここまでは上手くいった。あとは、村人のやる気と――。
(芋が定着するかだな)
たぶん、馬鈴薯のほうは大丈夫だと思う。馬鈴薯料理を多く作ったのは、そのためだ。
甘藷にいたっては五分五分だろうか。収穫できても、減収するだろう。とはいえ、ほとんど世話をしないで育てることができるのなら、作る価値はある。
(甘味は嗜好品だから)
甘藷を頬張っていた子どもたちに期待したい。
甘藷が定着しなくても、馬鈴薯が定着すればその作付けが甘藷の分を補うだろう。
(うまくいってくれたらいい)
猫猫は乳茶を飲み干した。