十二、耕作
それから二日ほど、猫猫たちは念真の仕事を手伝った。
念真の仕事は猫猫が求めていた答えにかなり近いものだった。
鍬を土に入れる。湿った地面をひっくり返すと、蚯蚓や蟻、小さな甲虫の他に、細長い塊を見つける。よく見るとさらに細い卵が連なっている。
蚯蚓を啄んでいた鶏は、次にその卵塊を突く。
(飛蝗の卵か)
一反あたりにどれだけいるのか計算したかったがそんな余裕はない。猫猫は鶏が啄みそこねた卵を見つけると、つまんで壺の中に入れた。
(これは多い方なんだろうな)
虫嫌いな人間は発狂しそうな塊になっている。まだ猫猫の壺の中身は少ないほうだ。飛蝗の解体に慣れた猫猫でも、好きで見たい代物ではない。
玄人農民の羅半兄はまず鍬を持つ腰の入れ方が違うし、馬閃は莫迦力が半端なかった。掘り返す土の量が違う。
(馬閃がちゃんとやってくれてよかった)
武人の仕事ではないと断られたらどうしようかと思ったが、壬氏が飛蝗をかなり気にかけていたことが幸いしたらしい。大人しく手伝ってくれた。
おかげで、連れてきた護衛や農夫たちも加勢してくれている。今日中に地面の掘り起こしは終わりそうだ。
なお、いつの間にか加わっていた雀は、そんな二人の近くをひょこひょこ動き、飛蝗の卵を集めていた。その後ろに、子どもが二人くっついている。焼いた芋を食べた兄妹だ。手伝えばまた芋がもらえると思っているらしい。
「猫猫さん猫猫さん、たくさんありますけど見ますか?」
「雀さん雀さん、見たくありません。蟷螂の卵蛸ならいただきます」
蟷螂の卵は、桑螵蛸という薬になる。量が取れないためそれなりに貴重だ。
「ここの卵、孵化しかかってますね。小っちゃいのが出てきてます」
「もう春ですからね」
飛蝗は一世代が三月ほど。一度に百個ほどの卵を産むとある。子の一族の砦にあった事典に書いてあった内容だ。春に生まれた個体が夏に新たに卵を産む。
年中繁殖するわけではなく、今の時期は、秋に産んだ卵が孵化している。秋耕とはよく言ったもので、地面に隠すように産み付けられた卵はむき出しになれば、鳥や小動物の餌になるだろう。
(前に羅半が言ってたっけ?)
鼠算とかいっただろうか。
鼠のつがいが十二匹の子を産んで、十四匹になる。その十二匹の子のうち、雌六匹と母鼠の計七匹がさらに十二匹ずつ産む。
もちろん、この計算式はあくまで机上の計算だ。鼠は全て死なずに育つわけではない。
しかし、蝗害の増え方がこの鼠算と同じように増えていくとなれば、より初期段階で数を減らしておくことが重要になる。
(飛蝗の卵の塊一つで百、十で千、百で万)
ここで始末しておくことで、後に何倍もの数の飛蝗を減らすことができる。
飛蝗はある程度、湿り気がある土地に卵を産み付けるらしい。
(川が近くにあり、餌となる草も豊富なここら一帯はちょうどいい産卵場所なわけか)
あえて畑を作っていないのも、飛蝗を誘導するためだろう。
このような村の作りが戌西州ではいくつもあるとして、現在どれだけ機能しているだろうか。
飛蝗の卵を入れた壺を持ち、念真が近づく。
「あとはこれを焼いて終わりだ」
「それは良かったです」
「ああ。去年はこれが遅れたから、だいぶ飛蝗を逃がしちまった」
確かこの村の農民も昨年、虫の害が大きかったと言っていた。
「収穫量はかなり少なかったんですか?」
念真は頷く。
「自分たちが食う分を残すだけ、蓄えはない。税を払えば餓えちまう。行商から日用品も買う余裕も無くなるから、家畜を売らなきゃいけなかっただろうな」
「でも、領主から税の免除どころか支援をいただいたと」
「そうだな、本当によくできた領主さまだよ」
またしても念真は吐き捨てるような顔をした。
「何が気に食わないのでしょうか? どこかとげがあるように見えますけど」
猫猫は単刀直入に聞くことにした。
「元盗賊の俺が言うことじゃねえけど、貰えるものなら何でも貰おうとする。際限なく求めるそいつらもまた蝗みてえだと思うんだよ。餓えたくないなら餓えないように、畑を作ればいい。なのに、まともに作らなくても不作だったら銭がもらえる。下手に真面目に耕作するより、よほど羽振りよく貰えるのならどうするかい、あんたは?」
「だからですか? この村の畑がろくに世話もされていないのは」
「そうさ。去年の虫もそうだった。飛蝗に食われている自分の畑を呆けて見ていやがる。村長はいかに領主さまの同情を貰おうかと、泣き落としの文句ばかり考えてやがった。葉に食いついた蝗を一匹一匹引きはがして殺していた俺が莫迦みたいに思えてきたよ」
過去の蝗害の恐怖は、念真を変えたのだろうか。悪行の限りを尽くした元盗賊の行動には思えない。
(いや、違うか)
元々、念真は真面目な性格だったのだろう。盗賊として生まれて育ったから弓を覚え、言われた通りに人殺しをするようになっただけだ。
倫理とは生まれながらに備えついているものではない。
「そして、今の村の雰囲気を見るに、銭はたんまりもらえたようで」
「そうだな。ここ十数年、変わりない。不作になっても領主さまは助けてくれる。皆にはいい領主だよ」
(いい領主ねえ)
その支援している金はどこから来ているのだろうか。交易から捻出されているのだろうか。西都があれだけ栄えていたら、銭を農村に回しても問題ないのだろうか。
「どうせ金を回すなら、水路の一つでも作ったほうがいいと思いますけどね」
水を運ぶ労力が減ればそれだけ違う仕事ができる。新しい畑も開墾できる。
「陸孫って男もそう言ってたぞ」
「そうですか」
西都に戻ったら、陸孫がどうやって元農奴の存在を知ったか、確認しなくてはいけない。
「ところで、仕事を手伝ってもらっていて悪いが、あんたらは何か他にこの村に用事があったんじゃないのか?」
「用事……」
猫猫は鍬の柄に顎を置き、目を瞑る。
「あっ!」
猫猫はあたりを見回す。土を掘り返すだけでなく畝を作り始めている羅半兄に近づく。
「ここは何も植えませんよ」
「⁉」
(しまった、いつもの癖で、って顔してる)
否定するが、完全に農民が板についている。
「ところで、芋の普及はしないんですか? そのために種芋持ってきたと思うんですけど」
「……それなんだがなあ」
羅半兄は思うところがあるらしい。
「ここの連中、畑にやる気がないだろ? さらに芋をやったとして、まともに作ると思うか? 新しい作物に従来の畑は使わねえだろうし、新たに開墾するような気力があるとは思えねえ」
「確かに」
猫猫も納得する。
「だから、唯一まともな畑を作ってた人に会いたかったわけよ」
「そういうことでしたか」
「でも、あの爺さんは無理だろうな」
「無理でしょうね」
この村で最後の元農奴。自分の畑の他に、祭事と称した秋耕をしなくてはいけない。本来なら秋に終わっているはずの作業が、春まで続けていることから、どう考えても人手が足りない。
「お手伝いに一人置いておくわけにはいきませんか?」
その他の農民を見る。
「……ここに一緒に連れてきた奴らは、一応俺がいるからって来てくれたんだよ。ほいほい見知らぬ土地に置いていくのは駄目だろ」
華央州からわざわざ連れてきた人たちらしい。
「ですよねー」
妙なところで兄貴分を発揮する羅半兄。普通の家に生まれていたらいい長男だっただろうに。
「親父がここにいなくて良かった。芋の良さを分からせてやると言って何するかわかんなかった」
「すみませんが、羅半父についてはそんな積極的なところが想像しづらいんですけど」
のほほんとした、羅門に似た雰囲気の小父さんだった。
「芋の良さって」
「花の美しさとか、葉っぱの形とか、蔓のしなやかさとか語ってくる」
「せめて芋のおいしさにしましょ……、芋……」
猫猫は、雀の後ろにくっついている子ども二人を見る。鍬を置き、子どもたちに近づく。
「ねえ、またこの間の芋食べたい」
「食べたい!」
「食べたい食べたい!」
目をきらきらさせる兄妹。
「あんなに甘いもの食べたのはじめて。干しぶどうみたいに甘かった」
「干しぶどう?」
「ここらじゃ甘いものは貴重ですからねえ。蜂蜜もありませんし、砂糖も高級品ですし」
雀が大きな壺を頭にのせて、くるりと回る。
「……これ、使えないかな?」
猫猫はにやりと笑い、羅半兄の元へと戻った。