表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
後宮編
24/388

24 麒麟

「いじめ……」


高順ガオシュンは信じられない顔をする。

それはそうだ。上級妃に対して侍女が、そのようなことするなどあってはならない。ありえないのだ。


「信じられないようですね」


むこうが知りたがらないようなら、猫猫マオマオも話そうとは思わない。

憶測でものをいうのは好きではない。


しかし、侍女がなぜ器に触れたのか説明するには、それを話す必要がある。

下手なごまかしを入れるより正直に意見を述べることにした。


「聞かせてもらえますか?」

「わかりました。これはあくまで私の憶測であることを前もって言っておきます」

「問題ありません」


まず、里樹リーシュ妃の特殊な立場から述べる。

幼いながら先帝の妃となり、そしてすぐに出家する羽目になる。


多くの女は、夫に妻は身をって尽くすよう教育される。育ちがいいものほどそれが顕著けんちょだ。


たとえ政略とはいえ里樹妃が、亡くなった夫の息子のもとに嫁ぐなど不徳もはなはだしいということである。


「里樹妃の園遊会の衣をみましたか?」

「……」

「空気、読めてませんでしたよね」


しかし、お付のものは皆、白に準ずる衣を着ていた。


「普通なら、侍女は妃にまともな衣装をすすめるなり、もしくは合わせて準ずる衣を着るなりするはずです。でもあれは、まるで里樹妃が道化にしか見えなかった」


侍女は主を立てるものである。それは、紅娘ホンニャンが他の侍女に言い聞かせている言葉である。それは、園遊会の際、桜花インファのいった言葉でも如実にわかる。


そのように考えれば、里樹妃の衣装のことで侍女同士がもめていた件も違う見方が出てくる。


(ふがいない里樹妃の侍女たちを淑妃の侍女たちがいさめていた)


年若い里樹妃は、侍女におだてられて似合うからとあの衣装をつけたに違いない。

何の疑いもなく。

後宮内では、周りは皆が敵、信じられるのはまわりの侍女たちだけだというのに。


「それだけでなく、食事を入れ替えて里樹妃を困らせようとしたと」


高順が確かめるようにたずねる。


「ええ。結果として命拾いをしましたけど」


河豚ふぐの毒は、しばらくたたねば効果はない。

つまり、入れ替えていなければ、毒見が無事だと思い口にしていただろう。時間は十分にある。


「いやなやり方です」


(憶測はそこまでにして)


器を再び手に取り、指をさす。


「これは多分、毒をまぜたものの指のあとでしょう。ふちを押さえて毒を混ぜいれたのかと」


食器のふちに触れてはいけない。それも、紅娘の教えである。やんごとなきかたの唇が触れる場所を指で汚してはならないからだ。


「私の見解は以上です」


高順は顎をさすって銀食器を見ていた。






「ひとつ聞いてよいですか」

「何でしょう?」


食器を包み、高順に渡す。


「なんで、あの侍女をかばおうとしたのですか?」


怪訝に見る猫猫に対し、高順は興味本位です、と付け加えた。


「妃に比べたら侍女の命など軽くたやすいものです」


ましてや、毒見役ならば。


高順は、いわんとしたことがわかったらしく軽くうなづく。


壬氏ジンシさまにはうまく説明します」

「ありがとうございます」


高順が退出したのを見送ると、猫猫はどすんと椅子に腰かけた。


「そうだよね。お礼はしないとね」


(せっかく取り換えてくれたんだから)


やっぱり、飲み込んでおけばよかったなあ、と思いながら。



○●○



「以上で終了です」


高順の報告を聞き、壬氏は髪をかきあげた。

机には書類が重ねられ、判を待っている。


「いつ聞いてもおまえの物言いはうまいなあ」

「そうでしょうか」


精悍な従者はにべもなく言う。


「どう考えても内部犯だよな」

「状況からはそうなります」


頭が痛くなる。

思考を放棄したい。

なにせ、昨日から眠る暇もない。

着替えもできていない。

地団太じだんだを踏みたくなる。


が出てきていますよ」


普段の笑顔はなく、年相応に不貞腐れていた。

それが高順にははっきりわかるらしい。


「誰もいないからよくないか?」

「私がいます」

「そこはおまけで」

「だめです」


軽口を聞いてみるが、生真面目なこの男には通用しない。

生まれたときから面倒をみられるのも厄介なものである。


かんざし、さしたままです」

「ああ、いけね」

「隠れていたので、気づくものはいないかと」


深くささった簪を引き抜くと、匠の透かし細工が現れる。

鹿とも馬とも言い難い伝説の動物は麒麟きりんといった。


「頼むわ、保管」


無造作にそれを投げつける。


「大切にしてください。大事なものなのですから」

「わかってるよ」

「わかってません」


お小言を言い終えると、十六年来の世話役は執務室をあとにした。


壬氏は、子どもの顔のまま、机に突っ伏した。


仕事はたくさん残っている。

はやく暇を作らねば。


「やるか」


大きく背伸びをして筆をとる。

暇人になるために、仕事を終わらせなければならなかった。


まあ、ご想像のとおりですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ