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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
西都編
234/390

六、草原 後編


 猫猫マオマオたちの道中はその後、穏やかなものだった。


(もっと虫がいるかと思っていたけど)


草原なのでそれなりにいる。だが、大量発生というほどではなく、たまに飛び跳ねるのが見えるだけだった。


(杞憂だったのだろうか?)


 西都では蝗害が発生していない。ならば、猫猫とてほっとする。


 次の休憩場所につく頃には先行していた羅半ラハン兄たちと合流した。


「えっ、そんなことあるのか?」


 顔を真っ青にして話を聞く羅半兄。


(普通の反応はそうだよなあ)


 盗賊に襲われたことに平気そうなチュエを見て、猫猫は実感する。場慣れしているというか、想定の範囲内というか、そのような反応だった。


 先行隊は、荷馬車一台、羅半兄の他に護衛っぽい武官が二名、手伝いと思しき農夫が三名、そして現地人案内役が二人いた。


 猫猫は誰が何人であれば妥当なのかわからないが、案内役が二人は多いなと感じた。


(元々、こちらに一人つく予定だったのでは?)


 そういえば、案内役がいない話はいつのまにか聞きそびれた。


 二回目の休憩を終えると、農村まですぐだった。流れている川を中心に、定着した家屋があり、その周りに畑と木々が見える。その後ろには、なだらかな山が見えた。猫猫が知る山とは違い、草原がそのまま盛り上がったような丘陵きゅうりょうに近い。


 点々と白く見えるのは、羊だろうか。黒っぽいのは牛かもしれない。


 家屋の数から人口は多くて三百人ほどだろうか。


 近づくと、めぇと羊たちが出迎えてくれる。もこもこの羊もいれば、毛刈りを終えて貧相な羊もいる。ちょうど毛刈り季節の真っ最中なのだろう。


 子どももしっかりした労働力のようで、羊の糞を拾っては籠に入れている。


「なんだ、あれは?」

「羊の糞は、燃料になるそうです。また床に敷き詰めると、暖かいそうですよ」


 馬閃が奇異の目で見るので少し補足しておく。


「糞をか⁉」

「へえ、知らないんですかー? 義弟くんってばー」


 雀は馬閃を煽ることを忘れない。なお、煽る時は『義弟』を使うのが標準デフォらしい。


 村はほりと煉瓦の外壁に囲まれていた。先ほど盗賊が出たところを見るに、たまにやってくるのだろう。


 村の入口で馬閃が話している。すでに、伝令が来ているのかすんなりと通してくれた。


 ――のだが。


 案内役二人のうち一人が雀に呼び出されたようだ。何やらにこにこ笑う雀、だんだん顔色が悪くなる案内役。


 不穏な空気は周りにも伝わっている。雀の後ろには、先発隊の護衛の武官が立っていた。雀はにこやかで、案内役も大人しいが、どう見ても連行されているようだ。


(なるほどねえ~)


 猫猫は腕組みをしつつ、案内役がどこに連れていかれるか確認する。


「おい、あれ何なんだ?」


 つっこみ役もとい羅半兄が目ざとく気づいた。


「たぶん、値切り交渉がしたいんだと思います。安全な道を聞いたのに、盗賊が来たんですから」

「あー、でもそれって言いがかりじゃないか?」

「言いがかりかもしれないですけど、絶対安全だからと特別に教えてもらった道で、さらに割り増し料金もらっていたみたいですし」

「うそだろ? ってか、道って草原しかねえし。騙されるほうも騙されるほうだろ!」


 その通りだ。もちろん、猫猫が勝手に言っていることなので、でたらめである。


 そうこう話しているうちに、足音が近づく。


「村長が、宿泊先に案内してくれるそうだ」


 馬閃がやってきた。


「わかりました」

「よろしくお願いします」


 羅半兄は丁寧に応対する。雑に扱われているとはいえ、元はいいところの長男なので礼儀はわきまえているのだろう。


「わかった。ところで――」


 馬閃が羅半兄を見る。


「なんと呼べばよろしいだろうか?」


 馬閃も羅半兄の名前を知らないようだ。


「おっ!」


 期待に満ちた羅半兄の顔。


「羅半兄でよろしいかと」


 すかさず猫猫は答える。


「おい!」


 ぴしっと、羅半兄の手の甲が猫猫の肩を叩く。


「わかった、羅半兄でよいのだな」

「ちょ、そこ!」


 礼儀を忘れて馬閃に叫ぶ羅半兄。


「はい。文字通り、羅半の兄です。羅半のことはご存知かと思いますが、あれほど癖は強くないですし、普通の人なので害はありません。芋農家としては玄人プロなのでお任せしましょう」

「誰が普通だ! 誰が農家だ!」


 農家じゃなかったら、何なのだろう。あれだけ広大な芋畑を手伝っていたのでもう少し誇ってもいいのに。


「わかった。羅漢さまの身内であれば、丁寧に扱わねばなるまいな」


(そーいうところは好感が持てる)


 何がと言えば、馬閃は猫猫の扱い方がけっこう雑なことである。


「あのー」


 村長がおずおずと話しかける。


「ご案内してもよろしいでしょうか?」

「ああ、すまない。頼む」


 ほっとした顔の村長は村の中央にある広場へと案内した。


「ではこちらの家をお使いください」


 放牧の民が使っているような移動式の天幕だった。


「数年前に村に定住した者が使っていた天幕ですが、まだまだ現役ですし中は暖かくしております。女性はその隣の小さな天幕をお使いください」


 中を覗き込むと、確かに暖かい。網のように組まれた骨組みに、羊毛布フェルトを被せてある。中は絨毯が敷かれ中心に暖炉が作られていた。窓が無く空気が悪くなりそうだが、暖炉の上に筒状の柱があり、それを使って排気するようだ。暖炉の横に積まれているのは、さっき子どもたちが集めていた羊の糞だろうか。


 絨毯は丁寧に織り込まれた派手な物で、農村なりの客人に対する気遣いだとわかる。


「ちょうど折りたたむ前で助かりました」


 ぼそっと村長が言った。


陸孫リクソンのことを言っているんだろうな)


 数日前に来たばかりのはずだ。彼は一体、何をしにきたのだろうか。


 肌が浅黒い村長は、見た目は老人だが足腰はしっかりしていた。日差しが強い地方なので、見た目がより老けやすいのかもしれない。それとも、定住したとはいえ放牧の民であれば、足腰は強いのかもしれない。


「今日はもう遅いので食事にして、休むことにする。天幕の前には、一応護衛をつけるので問題はないか?」

「はい、大丈夫です」


 猫猫は自分の荷物を手に取ると、小さな天幕に移動する。履を脱いで上がると、ふかふかとした感触だった。絨毯の下にも何枚も羊毛布が重ねられているらしい。羽織っていた外套を脱ぐと、つい床に大の字になって寝そべる。


(あっ、いかん)


 天幕の中は暖かく、床は暖かい。うとうとしそうになり飛び上がって、頬をぱちんと叩く。


 がばっと起き上がると、ちょうど雀が戻ってきた。


「猫猫さん、気持ちよさそうですね。雀さんもごろごろします」


 がばっと倒れこむと目を細める雀。


「雀さん、ちょっと確認をよろしいですか?」


 猫猫は今日一日で気になったことを頭の中でまとめる。まとめつつ、なんとなく正座をする。雀もまた正座をして向かい合う。


「はいはい、なんでしょう、猫猫さん」


 いつも通りの応対の雀。


「雀さんですよね、盗賊をけしかけたのは」


 猫猫の問に、雀の表情は何にも変わらない。


「それはどういうことでしょうか、猫猫さん?」

「言い方が悪かったですね。言い換えれば、盗賊がやってくることを想定して、実害を減らすために後発の私たちに賊を誘導した」


 雀の表情は変わらない。


「何を根拠にそうお思いですか?」


 猫猫を困らせようとするのではない。ただ、その答えを聞くのが楽しそうな雀がいる。


「はい、一つ目。なぜ、先発と後発にわかれたのか。私を気遣って、できるだけ短時間で移動しようと考えていたのかもしれません。じ、月の君が座り心地が良い鞍を用意していただいた点からもわかります。でも、分かれて向かうとしても、案内役が二人いるのにどちらも連れて行かなかったのは不自然かなと思いました」

「ほうほう」


 雀は地図を見るのに長けているようだが、初めての土地であれば案内役がいるにこしたことはない。あえて、連れて行かなかったように思えた。


「二つ目、この外套ですね」

「その外套、気に食いませんでしたか?」

「大変暖かく重宝しました。でも、一つだけ気になったのは華美だったことでしょうか?」

「華美とな?」


 猫猫は雀が着ている外套を見る。


「雀さん、派手なのが好きですから、外套が二つあるなら派手なほうを選ぶと思いました。でも、雀さんが選んだのは比較的地味なほうでしたね」

「そうですけど、雀さんも最低限わきまえるところはわきまえますぞ」


 ふざけた口調の雀。


「ええ、より良い物を雀さんが私に渡すとしたら、月の君から渡された物だと思います。座り心地の良い鞍の話をしていたので、てっきり私も月の君からいただいた外套かと思っていました。でも、違うんですよねえ」


 猫猫が渡されたのは手触りの良い外套だ。細かい刺繍は、かなり上物だとわかる。


「こんな良い物を着ていたら、盗賊にちょうどいい鴨だと宣伝しているようなものです。雀さんの着ている外套が少し地味なのは、鴨の侍女あたりの役割に見せるためですね」

「ふふふ。元より、雀さんの立場は猫猫さんの侍女みたいなものですよ。では、猫猫さんを襲わせるために私があえて良い外套を着せて、なおかつ先発隊と後発隊に分けたと言うんですか?」

「私を狙わせるというより、実害を減らすために標的を一つに絞らせたという感じでしょうか」


 雀の目がぱちくりと瞬きする。


「農村へと向かう荷馬車とまとめて狙うとしたら大所帯になります。武官がいる分、戦力は増えますが、盗賊に場慣れしていない人たちもいる。下手に怖がらせて、今後の仕事に支障をきたしたくなかったし、人質にとられる可能性も少なくない」


 普通っぽい羅半兄は、健康そうだが喧嘩慣れしているようには見えない。人並に憶病になるだろう。


「もし、先発と後発二つに分けて、なおかつ人数が少ないほうに金になる人間がいると思わせたら、盗賊はそちらを狙うでしょうね。女二人に、男が一人。馬閃さまは、実力こそ正直化け物の部類になりますが、見た目は童顔ですし武官としてはそんなに大きい体躯とは言えませんから」


 まさか盗賊も蓋を開けたら、人間の皮を被った熊がいるとは思うまい。


「でも猫猫さん。もし、猫猫さんの仮説が正しいとして、雀さんはどうやって盗賊を誘い出したんですかね? いくら猫猫さんが良い外套を着ていたとしても、待ち伏せしたかのように都合よくやってくるものでしょうか?」

「だからですよね。さっき、案内役の一人と話していたのは。三つ目、雀さんは村について、案内役の一人だけと話していたので」


 猫猫は青ざめた顔の案内役を思い出す。


「先発隊が出かける前に、雀さんは案内役二人にそれぞれ別のことを話したんじゃないでしょうか。後発隊がどこの水場を使うのかを。地図を見せて、どこで休憩すればよいか確認するふりをしたら、相手に休憩する地点を知らせることができますよね」


 案内役がどのような連絡手段をとったか知らないが、盗賊に情報を共有する手立てはいくらでもあるだろう。


「はい。元より案内役には盗賊とつながっていそうな怪しい人間を雇い入れていた。雀さんは、それぞれ休憩地点を教えていて、どこで襲われるか確認した。案内役が白か黒かはっきりさせるために。もっとも二人とも黒の場合もありましたけど」


「片方だけですよ。もう一人の案内役は身元がはっきりしている人なので」


 雀は猫猫の言を否定しなかった。


「月の君の命でしょうか?」


 猫猫は壬氏に、道具として利用しろと言った。なので、こういう使い方も想定していなかったわけじゃない。


「違いますよ、外套を用意したのは私ですから」

「そうですか」


 ならば違うのだろう。


「猫猫さんは賢いから、雀さんは困ってしまいますね」

「雀さんは何を考えているのかわからないので、私も困ります」


 互いにため息をつく。


「猫猫さん、お願いが二つあります」

「なんでしょうか?」

「雀さんは明るく楽しい雀さんなので、雀さんとしていつも通り雀さん扱いしてください」


 と、しゅるしゅる旗を取り出した。


「……意味が分かりませんが了解しました」


 猫猫は旗を受け取り、どうしようかと指先でぶら下げる。


「猫猫さん。雀さんからのもう一つお願い。質問をよろしいでしょうか?」

「なんですか?」

「なぜ、派手で上等な外套が月の君から贈られたものではないと思ったのですか?」


 雀は、純粋に疑問を持っているようだ。


「あのかたは、私に贈るとすれば、分相応な、着心地はいいけれど、装飾を控えた実用的な物じゃないかと思ったまでです」

「そういうものですか?」

「そんな風になってきましたね」


 なんとも言えない顔で雀が見ていたが、ふと視線が上がる。


「申し訳ありません」


 天幕の外から女性の声が聞こえた。


「どうぞ開けてください」


 猫猫が言うと、入口の羊毛布がずれた。


「すみません」


 のぞき込んできたは中年の女性だ。手には手綱を持っている。


「言われた通り山羊を三頭ほど用意しましたが、どうしましょうか?」

「はいはい、ありがとうございます。では、お代はこれで」


 雀は、女性に金を掴ませる。どうやら、天幕に戻る前に頼んだみたいだ。


(山羊って、持ち帰るのか?)


 食べるなら肉にしてからのほうが安上がりだし、三頭もいらない。


 雀は、山羊の手綱を持ちつつ、荷物を漁る。重そうな袋を取り出した。 


「なんです? それ」

「塩ですよー。ここら辺は、海もなく岩塩も取れないので、塩が貴重なんですよ。山羊さんも塩が大好きです」

「それで何をする気です?」


 なんとなく意図が読めない猫猫。


 雀はにいっと笑う。


「交渉します。雀さんは平和主義なのでできるだけ穏便な方向で。猫猫さんは疲れた身体を癒してくださいね」


 雀はくるりと猫猫に背中を向けると、山羊たちを連れて出て行ってしまった。

  


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山羊を連れてきたのは拷問のためですよね。山羊は塩気が大好きなので、足の裏に塩を塗っておくとぺろぺろ舐めます。最初はくすぐったいですが、ざらざらした舌が皮膚を削って肉を削って骨が見えても、血液の塩味が美…
壬氏様は猫猫の好みを理解して来ていて 猫猫はそんな壬氏様を理解している お互いの「あの人ならこうだろう」ってのを分かる猫猫なのにどうして壬氏様の気持ちはスルーなのか 身分についてももっと早くから気づ…
[一言] ちょ、むずかしかったのでおいおい理解します(^_^;)
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