二十四、到着
猫猫は窓の外をのぞき込む。狭い窓の後ろには、次々と他の船が増えていた。旅の途中、港に寄るごとに増えていった商船だ。道筋が同じく西都行きなので、海賊対策だろうか。
「こうして長く思えた船旅も目的地の到着が見えてきた」
「雀さん、何を言っているんだい?」
当たり前のように船の医務室の中でくつろぐ雀にやぶ医者が訊ねた。
「いえ、ここらへんでこう入りそうだったので入れてみました」
「わけがわからないよ」
首を傾げるやぶ。雀は本当に何を言っているのか不思議なことはあるが、そういう生き物は世の中一定数いる。
猫猫は窓から離れると、残った薬の数を確認することにした。雀のご説明通り、もうすぐ目的地の西都に到着する。薬の補充を考えないといけないのだが、肝心のやぶときたらいつも通りおしゃべりばかりしている。
李白にくわえて雀もまた医務室にたむろするようになってしまった。本人曰く「仕事です」とのこと。
「医官様、お薬の数を記帳するくらいはしてください」
猫猫は帳面と筆記用具を渡す。大した手間ではないし、猫猫一人でもできるが、やぶ医者は甘やかしてはいけないと思っている。
「私も手伝いましょうか?」
「いえ。医療関係者以外が手を出すとあとで色々言われます」
「残念。雀さんは、毒にも詳しいですよ」
自分で自分を売り込む性格だ。
「毒見するくらいですからね」
猫猫は亜南国での出来事を思い出す。壬氏の毒見に猫猫が、変人軍師の毒見に雀がついた。
どうなったかはご想像におまかせしよう。
事件は起こらなかったが、ただ大騒ぎになったとだけ伝えておく。本当に外交問題にならないだけ僥倖だったと言える。
本当に疲れた。
「あー、亜南国では楽しかったですね。西都でも楽しみですねー」
小さな目をきらきらさせている雀。指先から小さな花や、旗や、なぜか鳩が出てきたが、その手のつっこみはやぶと李白がやりきってしまった。今更猫猫が突っ込む必要はないが、ちょっと気になるのは――。
「それ、どうやるのですか?」
「ほほう。雀さんの奇術が気になるとな?」
雀は、小さな団子鼻を誇らしげにつんと上げる。
「ええ、この手の奇術は技術がいりそうですから」
前に白娘々(パイニャンニャン)の舞台を見に行ったことがあるが、あれは技術というよりも知識を利用した仕掛けだった。
「どうするおつもりで?」
「目上のかたに、暇つぶしに何かせよと言われた時の出し物にちょうどいいかと」
猫猫の妓楼冗句はいつも滑っているので、小ねたが欲しかった。
「生憎、月の君には船にいる間に披露してしまいましたし、主上に至っては最初に見せて今後の方向性を相談しているので」
(いや、今後の方向性って!)
思わずつっこみそうになって我慢する。
堂々と無礼な女性だ。
猫猫は箱の中の薬の袋を並べてやぶに書かせつつ、また箱に戻すを繰り返す。
「そういえば今後の日程についてまだ話していませんでしたね」
「一応、ちゃんと仕事があったのですね」
「はい、雀さん、姑にいびられないために働きます」
しゃきんと背筋を伸ばして懐から木簡を取りだす。
「おや、古いねえ雀さんや。もっと使い勝手の良い紙を使いなよ」
指をふりふりやぶが語る。実家が紙の生産を行っているということでどこかしら偉そうだ。
「のぉ。私は古きを愛する雅び人。木の手触りを愛し、その香りを愛す者です」
紙は便利だがこういう好事家もたくさんいる。正直、猫猫にはよくわからないが、別に止める理由もない。ただ、あの長い木簡をどうやって懐に入れていたのかが疑問なだけだ。
「港につき次第、荷物を持って馬車に乗り込みます。西都までは四半時ほどですが、蠍などに気を付けてください」
蠍でないかなと、猫猫は思いつつ返事する。
「やぶ、ではなく医官さまは西都についたら、他の医官さまたちと合流してください。猫猫さんも一緒です。拠点として使う部屋に案内されます。場所は玉袁さまの別荘で、全員は入り切れないので三つに分散されます。なお上層部はひと塊になるのでご了承ください」
(やぶって言ったよな?)
下手すぎる誤魔化しだが、やぶは書き物片手なので気づいていないようだ。
「猫猫さんは基本、他の医官さまとともに行動します。毒見と言った特別な場面などではお呼びします。李白さんと私も一緒に行動することが多いと思います」
李白はやぶの護衛だが、雀は連絡係だろうか。なんとなく、姑、大姑の目をかいくぐってさぼっているようにも見えなくないが、知らないふりをしておこう。代わりに水蓮がやってきたら恐ろしいことになる。
「あと夜、私は自由時間なので呼び出しはやめてください」
「ええ、緊急事態でもかい?」
やぶが筆を太い指で転がしながら言った。
「はい。姑に二人目を早くとせっつかれているので、超絶技術を使わねばならないのです」
きりっとした顔で言われた。
やぶは最初首をかしげていたが、猫猫が「雀さんは人妻です」というと察したらしく、顔を真っ赤にして持っていた筆を落とした。よくこれで後宮医官を務められたものだ。
しかし、旦那はあの帳の裏にいた人らしいが、ちゃんと使い物になるのだろうか。
「ふうぅぅぅ。丹田に力をこめて~」
「雀さん、変な体操はいいので続きお願いします」
中腰になり両手を奇妙に動かしていた雀を叩き切る。正直、終わらないので仕方ない。
「西都では船上と同じように生活して終わるかと思います。ただ、指揮をとるのは上級医官の楊医官です」
雀が姿勢を戻し何食わぬ顔で続ける。
あの浅黒い肌をした上級医官は楊というらしい。別に珍しくもない特に西に多い姓だったはずだ。一応、覚えておかなくては。
「とまあ、だいたい一緒にいると思うので、あとは雀さんに随時聞くなり、楊医官に聞くなり、好きな方をどうぞ。ただし、夜はやめてくださいね。馬の次男が子作りできるかわからないので、私に圧力かかっているので。馬の一族絶えちゃうんで、いや傍系はいるんですけど、義母が……」
目が真剣だった。雀にも一応怖いものはあるようだ。
(長男の嫁は大変だ)
他人事に思いつつ、猫猫は最後の薬を整理する。これでお終いと片付けると、雀も立った。
「ではもうすぐ到着なので戻ります」
「雀さんまたね」
まるでまた遊びに来いよといわんばかりのやぶ医者。
雀は手を振りながら、部屋を出ようとして、もう一度後ろに振り返る。
「猫猫さん」
「どうかしましたか?」
他になにか用があるのだろうか。
「花街でも、宮中でも、人間は嘘をつきます。西都でもたくさん嘘つきがいますので、お気を付けください」
にいっと雀が笑った。色黒の顔は、光が乏しい船内ではさらに暗く見えた。
「では」
入口をしめる音とともに船内はぐらりと揺れた。