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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
壬氏編2
210/387

六、薬草採取


 かしましい声と香の匂いが漂う。


 猫猫マオマオ緑青館ろくしょうかんの一室にて、大の字になっていた。部屋の半分は行李や棚でごった返す、物置のような場所だ。たまに妓女が増えると、荷物を避けて寝床として使う場所だ。


(疲れた)


 年明けの休み、結局花街に帰れたのは最後の二日のみになった。


 いけ好かない野郎どもの根城にいた数日は有意義だったが、それ以上に難儀でもあった。


 写本を作りたかったのもあるし、ヤオの動向を確認しておきたかったのもある。


 たぶん、大丈夫だろうと思ってようやく緑青館に帰ってきたわけだが。


「部屋代を払いな」


 やり手婆が、煙管を咥えながら寝転がった猫猫を見下ろす。


 猫猫のあばら家は、現在、薬師見習いの左膳サゼンが使っている。悪餓鬼こと趙迂チョウウも以前は寝泊りしていたが、安全面と居心地の良さから緑青館に移動している。こちらは、金払いがいい後援者パトロンがついているので何も言われない。


左膳は、以前男衆の部屋で厄介になっていたが、薬の調合をするには向かない。なので、誰も使うことがなくなった猫猫の家に住むようになった。


 猫猫としては、別に同じ部屋で横になっても良かったが、左膳が真っ青な顔をしてやめろと言うので、とりあえず緑青館に泊まることにしたのだが――。


「……いくら?」

「こんくらいかね?」

「高っ!」


 婆の立てた指に猫猫は顔を引きつらせる。


「おやおやー、この老舗緑青館の部屋を借りようって言うんだ。ずいぶん、お得なものじゃないか」

「何が部屋だ。半分物置だろ」

「嫌なら出ておいき。毎日、頑張って仕事している左膳を追い出すかい? それとも、道端で野宿するかい? むしろの一つくらいならただで貸してやるよ」


(ごうつく婆)


 猫猫は諦めて銭袋を取り出す。婆は、地獄の釜でも茹でるような笑い声で銭を数えて出て行った。


(半人前だが左膳を追い出すのは忍びない)


 ふうっと息を吐き、重い腰を上げる。寝っ転がっておきたいが、その前に薬屋の確認からだ。荷物から本を一冊取り出すと物置を出た。


 緑青館の一階に間借りしている一室に向かうと、中から声が聞こえた。


「あー、いい。すごくいいよ。うまい。うまくなったね」

「そ、そうか」

「本当、最初は雑でどうしようかと思ったよ」

「丁寧にあんたが教えてくれたからだよ」

「そーかい。んじゃあ、目の前で見せてくれるかい」

「えっ、見せないと駄目なのか?」


 声の主はわかっている。左膳ともう一人、近隣の村で薬師をやっている克用コクヨウだ。疱瘡で顔半分に醜い痕が残っている男だが、残り半分は顔がいい。


 それでもって、男二人が密室で何やら話しているのに聞き耳をたてる暇な妓女たちもいる。


「なにしてんの?」

「あら。うふふふふ」


 ちょっと決まりが悪そうな顔をしてそそくさと行ってしまった。どうせよからぬ妄想をしていたに違いない。


「入るぞー」


 がらっと戸を開けると、すり鉢で薬草をする左膳と後ろからのぞき込む克用がいた。


「あー、なんだよ! 休日はずっといるっていったじゃねえか!」

「色々、用があって大変だったんだ。てか、寒いからって、店閉め切らないでくれ。二人でいるときは」

「えー、さむいんだよー」


 わざとらしく身を震わせる克用。相変わらず緩い性格をしている。


 猫猫は薬屋の中を確認する。


(薬草はちゃんと保存している。帳面にはしっかり記載)


 悪くない。前よりも成長している。


 猫猫は持ってきた本を左膳に渡す。


「ちょっと今から店じまいだ。いつまでも風邪薬と痛み止めくらいしか作らせないのもなんだから、新しい薬を作るぞ」


 本は昨日写した物だ。猫猫も知らないものがいくつかあるので、復習がてら作ろうと思っていたが、ちょっと気になる薬草があった。そちらを優先させる。


「わー、楽しいなー。交ぜて交ぜてー」


 克用が顔を近づけてくるので、猫猫は押しのける。男手はあったほうが便利なのでついてくるのは止めない。


(材料ならおやじが街の外に作ってたな)


 足が悪いのに、外壁の外に勝手に薬草畑を作っていた。どうにも、空き地があったら薬草を植えたがる癖は後宮勤めの時からある。普段は常識的なのに、たまに変わったところがあるのは血筋だろうか。


(どことなく、羅半の本当の父親に似てるわ)


 腐っても親戚と言ったところだろうか。広大な芋畑を作り、目をきらきらさせていた出世欲全くなしの中年を思い出す。


「じゃあ、材料取りに行くから、道具持って」

「お、おう」

「なにかななにかな?」


 左膳は薬屋の看板に留守中の札を張る。克用は大したことでもないのにうきうきしている。


 猫猫は、棚からいくつか薬草を取り出すと、軽く煎じて湯で飲み干した。


「何飲んでるんだ?」


 左膳がのぞき込む。


「眠気覚ましとちょっと強壮剤。疲れてる」

「ふーん。ってか、今の季節に薬草なんてあるのか? あと、畑って外壁の周りだろ。薬草があるって聞いてたけどそれらしいもの見つからなくて放置してるぞ」

「ああ、別にいいよ。あんまり変な物は植えられてない、……から。行けばわかる」


 猫猫は上着を羽織ると、緑青館から出る。


「おや、色男二人つけてお出かけかい? やるー」

「んなわけねーよ」


 猫猫と同年代の妓女が冗談めかして言ってきた。禿かむろ時代から知っているので、口調も軽い。


 昼のまだ人通りの少ない花街を南に抜ける。物乞いが路地裏に見え、たかれそうな相手かどうかじろじろこちらを窺っている。


 城門の見張りのおじさんは暇そうにあくびをしていた。克用は馴染みらしくにこにこして手を振っていたが、いかにも嫌そうな顔で返されていたので、何度か面倒を起こしたのだろう。


「何やったんだ?」

「何もやってないよ」


 胡散臭い。


 門の外は堀で囲まれている。構造は後宮とだいたい同じだ。


 元々後宮は大昔、リーができる前にあった王朝の城跡を利用して作ったものらしい。同じように、ここの外壁も街の跡を利用したのだろうか。


 門を出て右、方角で言うと西に向かう。


「ほら、あれ」

「あれ?」


 猫猫は外壁を指す。壁に枝のようなものが這っている。今は冬なのでそれほどだが夏にはもっと青々とした葉を茂らせていたはずだ。水路をまたいで蔓延っている生命力がすごい。


「枯れ枝に見えるけど、これ、なんだっけ?」

「使うのは茎じゃないよ」


 猫猫は枝を掴むと根元をたどる。地面を道具で掘り起こした。


「へえ、葛根かっこんかあ」


 克用が頷いて、手伝ってくれる。


「葛根って、くずか」

「そうだよ、ぼさっとしないで手伝ってくれ」

「あ、ああ」 


 三人で地面を掘り起こす。


「ええっと、質問いいか?」

「どうぞ」

「城門にいたおっさんが変な目で見てる気がするんだけど」

「問題ないよ。外壁に葛がはっていると壁が傷むし、なにより外敵の侵入経路になる。だから、葛を取ることはむしろ推奨されている、らしい」

「らしいって」


 おやじが何度か見張りに捕まりながら説得したらしい。なので、一応葛根を掘ることは問題ないらしい。


「葛って生命力強いけどこんなところにも生えるんだ」


 克用が笑いながら感心する。


「五十年くらい前から生え始めたらしい」


 一度、城門のおじさんが言っていたことを思い出す。古株で、隠居がてら門番をやっていた。


「……一個聞いていいか?」

「どうぞ」

「ここって、羅門ルォメンさんが作った畑って言っていたよな」

「……」

「えっ、じゃあ葛を植えたのって」

「あー、ほら手がお留守だ。さっさと掘れ掘れ!」


 猫猫はやたら大きな根っこをがしがし削っていく。


 昔、おやじがすまなそうに外壁を見ていたのを思い出した。


 急きょ、西方へと留学へ行くことになり、そのあと後宮勤めになった。


 空白の数十年の間に、葛はもっさもっさと成長したようである。


 おやじはまた宮廷に勤め始めたし、猫猫も医官手伝いの官女になったわけでまた、どんどん成長してくれるだろう。


 せっかく左膳という男手がいるのだから、葛根をせっせと掘ってもらいたい。


「葛根、たくさんあるねえ。使い切れるかな?」

「くず粉を風邪予防に売るから量はいくらあっても問題ない」

「くず粉いいねえ。でも、あれって作るのにかなり手間じゃないかなあ? 普通に、買ったほうが――」

「ほら、手が空いてる。働け働け」


 余計な事を口にする克用を黙らせる。おしゃべり男を黙らせるために、猫猫はいつもより饒舌な気がする。


(左膳、悪いな)


 おやじの尻ぬぐいではないが、葛の駆除に付き合ってもらう。


 くず粉を作るのに一日二日では終わらないので、あとで細かく説明をして、なおかつ克用に口止めをしておかねばならない。


(あー、時間が足りない)


 忙しい忙しいと思いつつ、こうして別のことを考えている間は、他の悩みを忘れられるのでよかった。


 せっせと地面にしっかり根を張る葛を掘り出す猫猫だった。



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― 新着の感想 ―
>もっさもっさと成長 今、北米では日本から観賞用に輸入されて帰化した葛が大繁殖して猛威を振るっているそうで。曰く、竹か葛が生えている庭のある物件は地価が下がるほどだとか。食用利用しない/天敵がいない/…
[気になる点] 口止め料、要るんか?
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