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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
壬氏編
200/389

二十二、侍女頭の責任

 

 園遊会を数日後に控え、玉葉ギョクヨウは部屋で侍女たちと衣装の確認をしていた。


「玉葉さま。やはり地味ではありませんか?」


 桜花インファが衣装に装飾品を合わせながら、首を傾げる。衣装の色は赤、妃時代から変わらず使う色だが、ちょっとその色味が暗い。


「なんかぼんやりしてません?」

「宴席の色合いと合わせるとちょうどいいのよ。何より、主上との兼ね合いを考えているわ」


 玉葉の髪を梳いていた侍女頭の紅娘ホンニャンが答える。ただ、彼女も落ち着きすぎた色味に思うことがあるらしく、櫛を置いて衣裳部屋に行く。桜花が持っていた装飾品にもう一つ簪を加える。


 頃合いが難しいのだろう。 


 以前、後宮にいた時なら、いかに他の妃を出し抜けるかが基本になっていた。なので、ある程度の常識をわきまえつつ、どう遊びを入れるかが侍女たちの楽しみだったのだが、今はちょっと状況が異なる。


「紅娘さま。それ、入れるんですか?」


 紅娘が持ってきた簪に、桜花が難色を示す。


「あら、変?」

「私もいいと思うんですけど、前に着けていたことあったじゃないですか。あのとき、皇太后の侍女がその時の衣装を観察していたんですよ」

「なら、駄目ね」


 紅娘は、簪を戻す。


 基本、大きな宴で使った衣装は、また大きな宴で使うことはない。華美な装飾を作り替え、お茶会などちょっとしたお洒落着にまで落とされる。


 小さな装飾品であれば、何度か使うこともあるが、同じものしか持っていないと思われるわけにはいかない。


「でも地味ですよねえ」

「そうねえ」


 二人が唸っている。


 玉葉としては、彼女らの意見もわからなくもない。


「色合いはともかく、ぱっと印象に残るものが欲しいです。大きな玉とか」


 翡翠ならたくさんあるが、どうにも今回の服には合わない。もっと透明度が高くすっと引き込まれるものがあれば好ましい。


「水晶とか」


 他には。


「西方で研磨された金剛石とか」

「今から探すのは難しいでしょう。あれば、職人に急がせて作るんだけど」


 とはいえ、探してみる気だ。衣裳部屋にまた向かう紅娘。他の妃よりも質素だと言われていた玉葉であるが、それでも現在は后だ。水晶の一つや二つくらい持っている。


 だが――。


「それじゃ、何か面白くないのよね」


 玉葉はぺろりと舌を出す。


 後宮を出てからすっかり娯楽が減ってしまった。子どもたちと過ごす日常は楽しいし、主上も后という立場から色々気遣ってくださる。


 でも、玉葉はまだ二十をいくらかこえただけの女だ。娘時分のころからの好奇心は、まだまだ健在である。


「どうせなら面白いものがいいわね」


 にっこりと笑い、椅子から立ち上がる。


 そして、こっそりとある物を取りに行く。二人の侍女たちは玉葉がどこに何を取りに行ったのか気づかない。


「紅娘、桜花―」

「はい、どうかされましたか?」


 すかさずやってくる二人に、玉葉は布に包まれた石を見せる。石の数は三つ。透明度の高い結晶で、反対側が透けて見える。


「……こんな水晶ありましたか?」


 紅娘が困惑している。


 逆に、桜花は目を丸くして結晶と玉葉を見比べている。玉葉が片目を閉じると、何が言いたいのかわかったらしく、紅娘に気付かれぬようそっと親指を立てて返事する。


「こういう形にしたいんだけど」


 玉葉は机に向かうと置いてあった筆でさらさらと簡単な絵を描く。鬼灯のような、行燈のような形をした簪の絵だ。籠のようにしてもらい、中の結晶が見えるようにしてもらいたい。二人に説明を付け加えて、結晶と紙を桜花に渡す。


「桜花、早速頼んできてちょうだい」

「玉葉さま、注文ならいつも私が――」


 桜花に渡した結晶を取ろうとするが、それは困ると玉葉は立ちはだかる。


「たまには桜花でもいいでしょ? 桜花だってわかっているはずだから」

「それはそうですが――。玉葉さま、何か企んでません?」

「……」


 鋭い。さすが侍女頭。玉葉が子どものころからのお目付け役なだけのことはある。


 しかし、向こうが玉葉を知っているように、玉葉もまた紅娘のことをわかっている。


「――だって、いつまでも紅娘ばかりに頼るわけにはいかないでしょ?」


 視線を落とし、上目遣いに紅娘を見る玉葉。


 その様子に紅娘はきりっとした顔をする。


「いえ、私は玉葉さまの侍女頭として、ちゃんと仕事をしますので」

「でも、それだと結婚できないじゃない」


 『結婚』という言葉が、紅娘の表情を一変させた。雷が鳴り響くような衝撃を受けている。


「け、結婚……」


 紅娘はまだまだ元気で綺麗だが、とうに結婚適齢期は過ぎている。十代半ばから二十代前半で結婚する者が多い中、紅娘は三十と二つという年齢だ。医術の心得がある猫猫曰く「まだまだ子どもが産める年齢です」とのことだが、本人は焦っている。


 どれくらい焦っていたかと言えば、後宮にいた頃は、たとえ宦官であっても、と高順ガオシュンを狙っていた時代があったくらいだ。ちなみに高順は宦官ではなかったものの、年上の鬼嫁がいるらしいとのことできっぱり諦めている。


「紅娘はなんでも一人でやってしまう。これだと、あなたがいなくては、私は何も出来なくなってしまうわ。せめて他の侍女たちに仕事をふらないと」


 有能すぎる故、殿方も近寄り難かろう。


 玉葉が十五で入内したとき、紅娘も来ることになった。後宮というある意味伏魔殿に向かうには、有能な侍女が必要だったのだ。当時、他に年長の侍女が数人いたが、玉葉が主上のお手付きになり、命が狙われる立場になると、一人、また一人故郷へと帰っていった。結婚を理由にする者もいれば、毒見で倒れた者もいた。


 残ったのは、紅娘とまだまだ若く未熟な桜花たち三人娘だけだった。きっと自分がやらねばならぬと、ずっと張り詰めていたことだろう。


 娘が生まれると一時的に乳母を雇い入れたが、砂の大地でずっと育ってきた玉葉は、誰が敵で味方かわからないと、新しく侍女を入れることはなかった。


 そんな中で入ったのが猫猫である。


 あの子がいた頃は面白かった、と思い出にふけりそうになるが、今はそんなことを考えている時ではない。


 玉葉の暇つぶしのためにも、全力で紅娘を誤魔化さねばならない。


「父も以前言っていたのよ。紅娘にはいつかいい縁談を用意せねばと」

玉袁ギョクエンさまが……」


 感動する紅娘。


 嘘ではない。父は、「紅娘の子どもなら、男でも女でも優秀だろう」と言っていた。乳兄弟になるのはもう遅いが、しっかり仕えてくれるだろうと。


「以前と違い、侍女も増えたの。あなたがいつまでも気負う必要はないのよ」


 東宮の出産のために、故郷から三人侍女がやってきたし、后になってからさらに増えた。


「不安なのはわかるわ。後宮ではないにしろ、ここもまた女の戦場。何があるかわからない。でも、あなたはもう一人じゃないの。もっと自分の将来のことも考えて、生きて頂戴」


 玉葉は我ながらこうも舌先三寸で言えるものだと感動した。この性格が幸いして、女の戦場でも生き残っているのかもしれない。


「玉葉さま。あなたがそのように私のことを……」


 紅娘の目が潤んでいた。


「わかりました。今から、愛藍アイラン貴園グイエンを呼んでまいります。あの子たちに私の仕事がどこまで任せられるか確かめます」


 早速やる気になって、部屋を出て行った。


 その横顔は、恋する乙女のように紅潮していた。


「……」


 玉葉は部屋に一人残されたところで、また机の筆記用具に手を伸ばす。


 冗談でしたでは済まされない。都にいる玉袁にいい縁談がないか文を書くことにした。


 


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― 新着の感想 ―
その沈黙が「やべぇ、焚き付けすぎた」と語っていますね。
[良い点] いいねぇ~、こんな上司。
[一言] >冗談でしたでは済まされない。都にいる玉袁にいい縁談がないか文を書くことにした 紅娘の縁談話はその後どうなっているのでしょう?。 生真面目で実直な玉葉后の侍女頭・・・良縁が見つかって欲しい…
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