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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
壬氏編
194/389

十六、指の主


 いきなり乱入してきた男は、例の三つ子の父親で、名を博文ブォエンと言うらしい。名前の割に落ち着きがない性格で、彼の乱入騒ぎで試合は中断せざるをえなかった。


 壬氏と変人の存在には気づいていたようだが、それどころではない理由があった。


「これが息子さんの指だと……」


 騒ぎで観客は帰り、劇場に残ったのは関係者のみだ。


 試合は中断し、変人軍師は何か言いたそうだったが、気が付けば碁盤に顔を突っ込んで眠っていた。


 よほど疲れていたらしい。劇場の隅で、お付の官が世話をしている。おやじのかわりに猫猫に見てくれ、と言いたそうな表情をしていたが、睨むと黙ってくれた。


 かわりに燕燕エンエンたちがやってきて見てくれた。何があったのか気になるようで、そのまま居座っている。


 姚は卓の上の指に気を失いそうになっていた。だいぶ慣れたとはいえ、切断面を見るのは抵抗があろう。


 乱入者に変人がこんな様子では、試合の再開も先になろう。


「ちゃんと記録してあるので問題ないです」


 羅半は「落ち着いたら、続きを」と壬氏に言っていた。壬氏は少し決まりが悪そうな顔をしている。


 せっかく、万全に勝ちを取ろうとありとあらゆるせこく卑怯な行為をしたり顔でやってのけたというのに。


(さすがに、あれだけの大差を付ければ、変人が勝てることもあるまい)


 だが、やはりあの様子だと、羅半と組んでいたようだ。


 実父、実祖父を売るような男なので、利害が一致すれば養父の一人くらい売るだろう。


(ここは追及すべきか)


 いや、そこを追及しても話が長くなるだけだ。


 猫猫はそれよりもおやじに突っかかる博文が気になった。


「どういうことか説明してくれないかね?」


 博文は二人の息子におさえられていた。


 いきなり乗り込んできた三人はどう見ても場違いで、おやじに暴力を振るおうものなら、取り押さえられてもしかたない。


 壬氏は何とも言えない顔で残っている。試合が消化不良になり、どうにも微妙な顔をしていた。


「話してもらおうか。こちらとて、水を差されたんだ。相応の理由はあるのだろう?」


 壬氏の言葉に逆らうほど、理性はとんでいないらしい。うまく口に出せないようで、代わりに後ろの三つ子の一人が口を開く。


「兄、二哥が見つからないんだ」


 二哥、二番目の兄、つまり三つ子の真ん中ということか。先日、雷の日にやらかして色々、絞られていると聞いたが。


「三日前から見つからない。今朝、この布包みが家に届いた」


 指は成人の男のもの。ここにいない次男のものだという。


「よく見せてください」

「なんだ、お前は!」


 博文が怒鳴るが、壬氏が睨むと静かになる。


 関係者とは言えないが、事情は知る。姚たちも同じく。


 しかし――。


(あの人まで残るのはどうだろうか?)


 壬氏たちの試合を見ていた棋聖とやらだ。


 何食わぬ顔で椅子に座っている。あまりに堂々としているので、博文親子は何も言わない。


 言いたいことはたくさんあるらしいが、壬氏の目がある以上、心を落ち着かせて説明する必要がある。博文は大きく深呼吸をすると話を続ける。


「おまえのせいで、息子は訴えられて捕まった。それだけじゃなく、過去に被害にあったという訴えが相次いだ」 


 自業自得だ。三つ子の末っ子が目をそらす。きっと、自分のやらかしたことも次兄になすりつけたのだろう。


 父親は息子の心配をしているが、今更な話だ。放蕩息子どもを庇っていたようだが、教育を間違っていたことに気付かないものだろうか。


「その中の誰かが、息子をさらったと?」

「そうに決まっている!」


 おやじの質問に、博文は大きく卓を叩いて返す。


「誰か見当はついていますか?」

「わかるわけなかろう。いちいち、子どもの行動を監視するのか!」


(したほうが良かったんじゃねえのかねえ)


 猫猫は指を観察する。断面はもう黒ずんでいる。


(新鮮な状態ならつなげられたのだろうけど)


 それ以前に、死んだあとに切断されたものではないだろうか。


 生きているときと、死んだときでは人体を切断するときに差異がでると聞いたことがある。おやじならわかるだろうし、何より、指を見る悲壮な表情が何かを物語っていた。


 それと、もう一つ。


(爪が変色している)


 真ん中あたりが黒いような青いような色に変わっている。


「……」


 猫猫は姚と燕燕の袖を引っ張る。


「どうしたの?」

「お茶くらい出すべきかなって。手伝ってください」

「ああ、そうね」


 三人も必要じゃないが、姚を誘えば燕燕が来るし、燕燕だけを誘うと姚がむくれるので仕方ない。


「でも、お茶ってあったかしら?」

「ありますけど、もう少し上等なものが良いかもしれません」


 ちらりと壬氏を見る燕燕。彼が誰かわかっている以上、変なものは出せない。好意はないが、それくらいの気遣いが出来る有能な官女だ。


「帰らないんでしょうか?」

「変なことに首を突っ込むのが好きですから、仕方ないと思いますよ」


 燕燕はさすがに容赦ない。聞いていてひどいなあ、と思いつつ、そういえば自分もよく言っていたことを思い出す。


「果実水の類ならたくさんあったわよ。羅漢さまにと差し入れで」

「果実水ですか」


 猫猫は顎を撫でる。


「葡萄水ありますか?」

「あったと思います。玻璃の美しい瓶に入れられていたので品質も良いのでは」

「じゃあ、それでいきましょうか」


 猫猫は舞台の裏側の控室へと向かう。


「えっと、勝手にいいの?」


 心配そうな姚。


「たくさんもらっているんですよね。寝ているから一本くらいとってもわかりませんよ」

「……猫猫がいいってい言うならいいんじゃないでしょうか」


 燕燕も賛成するので、置いてある貢物を漁ることにした。






 杯に入れて人数分用意して戻って来るが、話し合いは平行線のようだ。


 博文が怒鳴り散らし、おやじが黙って話を聞く。


 壬氏はなにをするわけでもなくじっと座っているが、指先が碁石をつまむ形をしているので、次の手を考えているのだろうか。


 棋聖は表情が読めないままだ。なんでいるのかわからない。


 羅半は、一応残っているが、大会の後始末で大変そうだ。物理的な後片付けもそうだが、すでに前金を取っていたようで、変人の指南についてどうするのか文を書いている。


「どうぞ」


 姚と燕燕が果実水を配る。


 羅半は一瞬「酒か?」と鼻白んだが、匂いを嗅いで果実水だと気づいたらしい。変人と同じく酒にはあまり強くない。酒によく使う器に入れたので間違えるのも無理はなかろう。


 燕燕が三つ子の長男、だと思われる男に杯を差し出した時だった。


 ぱあんと、杯が弾かれた。


 赤い液体が宙を舞う。床に金属の杯が落ちてからからと転がっていく。


「にいさ……」


 末っ子が苦々しい顔をしている。


 燕燕は赤い滴を頭からかぶったが、表情は変わらない。


(姚じゃなくてよかった)


 だとしたら、燕燕が怖い。自分に果実水をかけられたところで微動だにしない燕燕だが、お嬢さまになると人が変わる。無論、女好きとわかっている男の前に立たせるような真似は、燕燕はしなかったが。


「失礼しました。好みがわからなかったもので」


 淡々とした動きで片付ける燕燕。


 猫猫はあえて二人に配ってもらった。


(やっぱり)


 おやじの顔のしわが濃くなる。悲しそうに眉毛が下がっている。


 猫猫が気づいているのに、おやじが気づかないわけがないのだ。


 おやじは小さく息を吐いて椅子から立つ。


「葡萄酒は嫌いなのですか?」


 長男におやじが聞いた。


「……いや」


 どこか歯切れが悪い。


「葡萄酒は好物だろう?」


 博文が首を傾げる。


「いや、そんなこと今は関係ない。それよりも息子を探し出せ。さもなくば――」

「息子さんの場所はもうわかりました」


 おやじが悲しそうに首を横に振りつつ、顔を上げる。


「ど、どこだ!」

「息子さん、二番目の息子さんでよろしいんですね」

「そうだ!」


 おやじではないが、猫猫も物悲しい気持ちになる。


(わかってないんだな)


 この迷惑な博文という男は、子どもが本当にいなくなったと思っている。


 だが。


(子どもの見分けもつかないなんて)


 おやじが指すのは、杯をひっくり返した長男だった。いや、長男のふりをした次男だ。


「……どういうことだ?」

「消えたのは一番上の息子さんです。そちらについては、今いる二人の息子さんに話を聞けばよろしいかと」


 博文は立ち上がり、おやじにつかみかかろうとする。だが、残っていた武官が間に入って留める。


「何を言っている! 莫迦をいうな!」

「莫迦もなにも、本当のことです」


 思わず猫猫も出てしまった。


 口にして、「やってしまった」と半歩下がる。


「どういうことか私にもわかるように説明してもらおうか?」


 壬氏がようやく口を開いた。隣にいる棋聖も頷いている。


「博文、おまえの言いたいことはわかるが、しばし黙っていろ。話が進まない。あと、後ろの二人、逃げ出そうなんて考えるな」


 しっかり釘を刺している。


「羅門。おまえが言いにくいのであれば、弟子に語らせてもよいか? 有能な弟子は、答えに行きついているようだからな」


 余計なことを言ってくれる。


「間違っていたら、師匠らしく答え合わせをしてやればいい」

「……猫猫」


 おやじが見る。


 猫猫は周りの視線が集まっているので仕方なく前に出る。


 どこから説明しようかと考え、まず指を確認する。


 指の主はもう死んでいるのだろう。なぜ、死んだのか、殺されたのかという話から始めれば。


「この爪に注目してください」


 変色した爪。


「この爪の色は、毒を摂取したことを示しています。おそらく砒毒か鉛毒のどちらかではないかと」

「鉛毒」


 壬氏は記憶に新しいだろう。


 猫猫は、博文を見る。


「一番上の息子さんは、葡萄酒がお好きだったんですね」

「……ああ。たしか」

「安酒の葡萄酒が好きだったのではないでしょうか?」


 猫猫は思い出す。前に、おやじに言われて調書を取った時、長男は安酒を飲みに行っていたと、供述していた。


 そして、毒入り葡萄酒が摘発されたのはその聴取をとる少し前の話だ。


 まだ、市場には回収しきれない葡萄酒があったかもしれない。


 飲み続けていたとすれば、毒は爪に現れてくる。


 調書をとった時点で長男に変なところはなかった。その後、中毒症状が現れたとする。


 そして――。


「鉛毒によって死亡したのではないのですか? お二人の前で」


 猫猫は、三つ子の残り二人を見る。


「な、何を言っているんだ?」

「そうだとも。意味が分からない」


 しらを切ってどうするのだろうか。


「質問があるのだが」

「はい」


 棋聖が手を挙げる。


「先ほど、長男のふりをした次男といったが、その口ぶりだと三男も知っているように聞こえるが」

「ええ、いくら三つ子がよく似ていても、同じ三つ子を騙せるとは思えません。実の父親が気づかなくても」


 博文を揶揄するように言ってみる。


「……では、その二人が指を切って自作自演したと?」

「はい」

「なんでまた?」


(本当は気付いているんじゃないか?)


 棋聖というだけあって、頭がまわりそうだ。だが、その質問の答えは周りに説明しやすいものだ。


 あえてやっているのかもしれない。


「二番目の息子が消えれば、罪を清算できるからです。でしょう?」


 猫猫が、長男、いや次男を見る。


 睨みつけてくるが、言い返すこともできずに拳をぎゅっと握っている。


「……ほ、本当か?」


 博文が二人の息子を見る。


「見てわからないですか? 息子の顔の判別ができませんか?」

「……」


 博文は目を凝らしている。


「……猫猫」


 おやじが声をかける。


「失礼しました」


 猫猫がそっと後ろに下がる。


「では、残りの二人は、どこに長男がいるのかわかっているのだな」


 壬氏に言われると、口を開くしかない。美人の顔は迫力がある。


「……庭に埋めている。殺しちゃ、いない。酒を飲んでいて、いきなりおかしくなったんだ。顔色も悪くて、様子がおかしいって。そしたら……」


 いきなり暴れ出したかと思ったら、こけて頭をぶつけたと。


「すぐ誰かを呼ぼうと思ったんだ。でも、兄さんが――」


 三男が、次男を見る。


『俺が死んだことにしよう。そして、俺が兄さんになる』


 そのためには、死んだか死んでないかまだわからないほうがいいと。


 死体の指を切断し、脅すような文面とともに家に届けたと。


「なんだと!」


 博文が声を荒立てる。


「親父が悪いんだろ!」


 卓を叩く次男。


「みんな庇えないとなると、俺一人に責任押し付けやがって。一番手癖が悪かったのは兄貴だったんだぞ! おまえもそうだ! 誰が親父の妾に手を出したとき、誤魔化したとおもってやがる!」

「おい、今の話本当か!」


 博文が、三男に鼻息を荒くして食って掛かる。


「ああ、今可愛がっている三歳の妹、あれ、こいつの子だぜ? 女の子は初めてだからかわいがっていたよなあ」

「兄貴! それ、言わない約束で手伝ったろ!」

「本当か、本当なのか!」


(くっだらねえ)


 猫猫だけでなく他の全員が同じように思っているだろう。


(死んだからって指を切るのは)


 猫猫は死んだら死んだ、死体がどうなるかなんて本人にはわからないと思っている。


 ただ、見ている分にはなんとも醜い話だと、呆れるしかなかった。


 外を見ると月が夜空を照らしていて、早く寄宿舎に帰りたいと思った。




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― 新着の感想 ―
[一言] くーっ、こんなくっだらない三つ子のせいで。 壬氏様のせっかくの策が… またおあずけか…。
[気になる点] 燕燕、やられ損もいいとこだな。
[良い点] 前の微妙だなぁ…という音の伝達トリックから、このお話しへの発展。最高!こういう作品を書けるのは素晴らしいと思います。読者の頭をガツン!と一撃な展開は読んでいて気持ち良いです。
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