十三、碁大会 二日目昼
昼にかけて、碁に熱中して気分が悪くなった者が三名、いかさまだと騒ぎ立て喧嘩を始めた者が二人、やじうまにぶつかって転んだ子どもが一人。
本会場の人数は増えては減ってを繰り返している。中には、二度、三度やってくる者もいた。
「いかさましてるんじゃないのか?」
猫猫は四度目、やってくる男を見て言った。
「そんなことはないよ」
猫猫のつぶやきに反応するのは羅半だ。このお祭り騒ぎの主催者はとてもほくほくした顔をしている。
猫猫は半眼で、くせ毛の丸眼鏡を見る。
「ただ働きさせやがって」
「ちゃんと給金は払うよ、黒字が確定した」
機嫌が良さそうなわけだ。
「さっきの人は、玄人だよ。とはいえ、今は酒場の隅で、酒代稼ぐような人だね」
「ふーん」
猫猫はさほど興味ないと言わんばかりに、在庫の饅頭と茶碗の数を確認する。
「もうちょっと、話題に首をつっこもうか。『えー、すごーい』とか『なんでも知ってるんですねー』とか言えないものかね? 可愛くないぞ」
「私が言っても、おだてられたとは思わないだろう?」
「ああ。莫迦にされたと思う」
つまり、下手な世辞は最初から言わないほうがいいということだ。
「なにより、お前の場合、世辞ができる奴ほど、油断ならないと思うだろ」
「よくわかっているな。妹よ」
「……」
猫猫は無視する。どうせ、口から生まれたような男だ。反論したところで、またうるさく言ってくるだろう。
それはそれでつまらないと羅半は両手を広げて、肩を上げる。
「今でこそ賭け碁で生計を立てるような人なんだが、昔は上流階級に碁を教えていたんだよ」
過去形ということはある程度予想がつく。
「つまり、いけすかないおっさんにこてんぱんにやられたせいで、職を失ったってことか?」
「ご名答。義父上をどうにか鼻っ柱へし折りたくて、とあるお大尽が試合をさせたんだよ。結果惨敗であの通りさ」
「可哀そうに」
こうして何度も勝ち上がってはやってくるのは大変だろう。
ふと、猫猫は嫌な予感がする。
「……もしかして、この大会、やたら挑戦者が多いのは、あのおっさんに対して恨みを持っている人が集まってるせいか?」
それなら、警備の武官が多い理由もわかる。
「半分正解。いつ刺されてもいいように、警備は怠らないし、心臓一突きで即死でもしない限り、大叔父さまがどうにかしてくれるだろう」
「そんなくだらないことで、おやじを呼びだすな」
猫猫は羅半のつま先を踏む。
「いたたたっ! やめい、やめい」
怪我人が増えても仕事が増えるだけなので、足をどかす。
「もう半分は?」
猫猫はしれっと話の続きをする。
片足を上げてつま先をわざとらしくなでる羅半。
「……義父上に勝てる人は棋聖くらいだ。挑戦者という形であれ、勝ちは義父上に認められたということだよ」
「認められたねえ」
他人の顔を碁石のようにしか見えない男だ。そんなちょっとしたことでも、何かのはったりには十分使える。
「そして、その噂が転じて――」
羅半が眼鏡の奥の細い目をさらに糸のようにする。
「『漢 羅漢に碁で勝ったら、一度だけ願いを聞いてもらえる』なんて話になっているらしいんだ」
「……」
猫猫は開いた口がふさがらなかった。
「誰だよ。んな、くだらないこと言っているのは」
「誰だろうねえ」
目をそらす羅半。
猫猫は十中八九、噂元がこやつだと確信する。元手がかかっている以上、銭を回収するためなら、やれることはやるつもりらしい。
「……さすがに、そんなうわさ話を信じる物好きがいるなんて」
「受付はこちらでいいか?」
上から、天上の音楽のような声が響いた。
「……」
顔を上げる。
暑苦しい覆面をつけた男が、目元を細めて笑っていた。
受付の卓の上には、三勝の証の札が並んでいる。
羅半は、覆面を残念そうにしながらも、男をじっと見ている。顔を隠していても、羅半には誰かわかるのだろう。
「どうぞ。参加賞です」
猫猫は、茶と月餅を置く。
「茶はもらおう、茶菓子はいい。菓子は、連れが持参するから、あとで持ってきてくれ」
「……はい。あちらの列に並んで、対戦してください」
相手が誰かわかっているだけに、「はい」と言うしかない。
羅半はにこにこしている。整っていれば、男も女も節操がない。
「うわさを信じる物好きってけっこういるだろ?」
ほら、どうだ、と言わんばかりに、羅半がしたり顔をするのでもう一度、つま先を踏んだ。