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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
壬氏編
191/387

十三、碁大会 二日目昼

 昼にかけて、碁に熱中して気分が悪くなった者が三名、いかさまだと騒ぎ立て喧嘩を始めた者が二人、やじうまにぶつかって転んだ子どもが一人。


 本会場の人数は増えては減ってを繰り返している。中には、二度、三度やってくる者もいた。


「いかさましてるんじゃないのか?」


 猫猫は四度目、やってくる男を見て言った。


「そんなことはないよ」


 猫猫のつぶやきに反応するのは羅半ラハンだ。このお祭り騒ぎの主催者はとてもほくほくした顔をしている。


 猫猫は半眼で、くせ毛の丸眼鏡を見る。


「ただ働きさせやがって」

「ちゃんと給金は払うよ、黒字が確定した」


 機嫌が良さそうなわけだ。


「さっきの人は、玄人プロだよ。とはいえ、今は酒場の隅で、酒代稼ぐような人だね」

「ふーん」


 猫猫はさほど興味ないと言わんばかりに、在庫の饅頭と茶碗の数を確認する。


「もうちょっと、話題に首をつっこもうか。『えー、すごーい』とか『なんでも知ってるんですねー』とか言えないものかね? 可愛くないぞ」

「私が言っても、おだてられたとは思わないだろう?」

「ああ。莫迦にされたと思う」


 つまり、下手な世辞は最初から言わないほうがいいということだ。


「なにより、お前の場合、世辞ができる奴ほど、油断ならないと思うだろ」

「よくわかっているな。妹よ」

「……」


 猫猫は無視する。どうせ、口から生まれたような男だ。反論したところで、またうるさく言ってくるだろう。


 それはそれでつまらないと羅半は両手を広げて、肩を上げる。


「今でこそ賭け碁で生計を立てるような人なんだが、昔は上流階級に碁を教えていたんだよ」


 過去形ということはある程度予想がつく。


「つまり、いけすかないおっさんにこてんぱんにやられたせいで、職を失ったってことか?」

「ご名答。義父上をどうにか鼻っ柱へし折りたくて、とあるお大尽が試合をさせたんだよ。結果惨敗であの通りさ」

「可哀そうに」


 こうして何度も勝ち上がってはやってくるのは大変だろう。


 ふと、猫猫は嫌な予感がする。


「……もしかして、この大会、やたら挑戦者が多いのは、あのおっさんに対して恨みを持っている人が集まってるせいか?」


 それなら、警備の武官が多い理由もわかる。


「半分正解。いつ刺されてもいいように、警備は怠らないし、心臓一突きで即死でもしない限り、大叔父さまがどうにかしてくれるだろう」

「そんなくだらないことで、おやじを呼びだすな」


 猫猫は羅半のつま先を踏む。


「いたたたっ! やめい、やめい」


 怪我人が増えても仕事が増えるだけなので、足をどかす。


「もう半分は?」


 猫猫はしれっと話の続きをする。


 片足を上げてつま先をわざとらしくなでる羅半。


「……義父上に勝てる人は棋聖くらいだ。挑戦者という形であれ、勝ちは義父上に認められたということだよ」

「認められたねえ」


 他人の顔を碁石のようにしか見えない男だ。そんなちょっとしたことでも、何かのはったりには十分使える。


「そして、その噂が転じて――」 


 羅半が眼鏡の奥の細い目をさらに糸のようにする。


「『漢 羅漢に碁で勝ったら、一度だけ願いを聞いてもらえる』なんて話になっているらしいんだ」

「……」


 猫猫は開いた口がふさがらなかった。


「誰だよ。んな、くだらないこと言っているのは」

「誰だろうねえ」


 目をそらす羅半。


 猫猫は十中八九、噂元がこやつだと確信する。元手がかかっている以上、銭を回収するためなら、やれることはやるつもりらしい。


「……さすがに、そんなうわさ話を信じる物好きがいるなんて」

「受付はこちらでいいか?」


 上から、天上の音楽のような声が響いた。


「……」


 顔を上げる。


 暑苦しい覆面をつけた男が、目元を細めて笑っていた。


 受付の卓の上には、三勝の証の札が並んでいる。


 羅半は、覆面を残念そうにしながらも、男をじっと見ている。顔を隠していても、羅半には誰かわかるのだろう。


「どうぞ。参加賞です」


 猫猫は、茶と月餅を置く。


「茶はもらおう、茶菓子はいい。菓子は、連れが持参するから、あとで持ってきてくれ」

「……はい。あちらの列に並んで、対戦してください」


 相手が誰かわかっているだけに、「はい」と言うしかない。


 羅半はにこにこしている。整っていれば、男も女も節操がない。


「うわさを信じる物好きってけっこういるだろ?」


 ほら、どうだ、と言わんばかりに、羅半がしたり顔をするのでもう一度、つま先を踏んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] きた!(笑) 嬉
[一言] コイツラ、家頭をもうちょっとだけ大事にしろよ。 変人でも出世できる者は貴重だぞ。
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