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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
壬氏編
179/387

一、始まりの秋

 風が冷たくなり、そろそろ布団の上掛けを一枚追加したくなってきた頃。


 猫猫はずずーんと山のように置かれた書物に口をあんぐり開けていた。宿舎の玄関に積まれたそれは、でかでかと『猫猫宛』と書いてあった。


「なにこれ? 本よね」


 ヤオが自室から出てくる。しばらく療養を続けていた彼女だが、明日から仕事に復帰することになった。毒見の仕事によって毒を盛られ、重症だったがなんとか元気になってよかった。ただ、肌に少し黄疸が残っている。肝臓や腎臓がかなり悪くなってしまったので、今後、酒や塩分を控える生活になるだろう。


「すべて同じ本ですね」 


 姚が出てくるとなれば、燕燕エンエンが出てこないわけがない。手には姚の夕食の材料が入った布袋を持っている。姚の黄疸を消すため、今、必死に薬や食材を集めている。


「碁の本ですね。作者は『漢 羅漢』とあります」


 面倒臭い人物に関わると、面倒くさいことしか持ってこないのはわかっていた。わかっていたが避けることも難しい。


「困るといったんですが、どうしてもということで置いていかれました。文も預かっています」


 宿舎を管理している小母さんが猫猫に文を渡す。綺麗な字で婉曲的に書いてあるが直訳すると「碁の本たくさん作ったよ。猫猫にもあげる」とのことらしい。変人軍師が部下に代筆させたのがありありとわかるが、部下も部下で困っただろう。


「どうするの、これ?」


 姚が寄りかかるほど本がある。本は貴重で一冊で一か月の食費代が賄えるくらい高いものもざらにある。手書きの写本ではなく印刷しているため、いくらか安くできるだろうが、よくもまあこれだけ作ったものだ。


 今頃、羅半が銭の工面でひいひい言っているさまを想像する。しかし、猫猫には関係ない。


「燃やす……わけにはさすがにいかないでしょうね」


 作者が作者なのだが、本には罪はない。ぺらぺらとめくってみると、意外にも良く出来た碁の本になっている。棋譜をのせて、盤面の要所を説明してあった。初心者向けとは言い難いが、碁打ちには楽しめそうな内容である。


「……」


 猫猫はちらりと燕燕を見る。燕燕は興味深そうに本を開いていた。


「燕燕、面白い?」

「はい。さすがは軍師さまですね。良く出来ています。前半には定石を多く使った模範的な棋譜を、後半には型破りな棋譜をのせていますね」


 猫猫にはそこまでわからない。碁や将棋は、小姐たちに遊び方を教えてもらっただけだ。


「いる?」

「くれるのであればいただきます。銭が必要であれば銀一枚までなら出します。内容は元より、紙質も印字も綺麗です」

「銀一枚……」


 猫猫は山積みされた本を見る。そんなに価値があるものかと。


「銀一枚かあ。そんなに安くていいの?」

「確かに安いですが、それは猫猫に友人割を適用してもらおうと思いまして」


(友人だったのか)


 同僚ではなく、友人。燕燕が猫猫を友人だというのであれば、こちらも友人認定しないと失礼だろう。ということで、燕燕は友人だ。


 金銭感覚がずれた姚はともかく燕燕が言うのであれば、こんな本でも一冊銀一枚をとってもいいだろう。ただ、この様子だとまだまだ大量に刷っていそうなので、もう少し安くなるかもしれない。


「燕燕と猫猫が友人……」


 じっと姚が見ている。


「ねえ、私は?」


 燕燕と猫猫に向かって聞く姚。


「お嬢様は私にとってかけがえのないお嬢様です」


 燕燕が朗らかに笑いながら言った。


(たぶん、その答え間違ってる)


 お嬢様はとたんに不機嫌な顔になる。玄関先に置いてある椅子に座り、やさぐれたように足を組んだ。


「燕燕。本はあげるので、知り合いに碁が好きそうな人がいるなら教えて?」

「碁打ちですか? 何人かいますよ。医官たちは大体、休日は碁を打ってますから」


 それはいいことを聞いた。猫猫は大量の本を前に、頬が緩み始める。


 砂欧シャオウの巫女がやってきたことによって、西方からいろんなものが都に集まってきた。珍しい物は最初金持ちが買い、市場に出回るのは少し経ってからだ。先日、非番のときに街を歩いていたら、見たことがない薬が出ていた。


 もちろん、市場に出てきたからと言って、渡来品は高い。高いが銭を出せば買えるのだ。


「その碁打ちが誰か教えてくれない?」


 猫猫が頼むと、燕燕は銭袋から銀一枚を取り出した。


「はい、お代です」

「いや、いらないけど」

「いいえ、払います。その代わり」


 ちらりと大量の本の山を見る燕燕。


「私にも一枚かませてください」


 指で銭を表した。


(やはり食えない)


 わかった、と猫猫が目で返事をしていると、後ろでどんっと音がした。


 姚が足をかたかた鳴らしていた。


「ねえ、燕燕! 夕食はまだなの?」


 不機嫌な顔で猫猫と燕燕を睨みつける。


「あっ、お嬢様。すみません。すぐ支度します」


 燕燕は炊事場のほうへと向かった。


 猫猫は、可愛いなあと姚を見ながら大量の本に触れる。

 とりあえず、本を部屋に持っていくことにした。しばらくは、足の踏み場もなさそうだ。


 色々、問題はあったが猫猫の周りは概ね平和だった。


 砂欧の巫女がなくなった件については、当初、いろんな噂が街中に広がっていたが、東宮のお披露目の話が持ち上がると話題はそちらへと移っていく。


 実に平穏だった。


 猫猫の周りでは少なくとも。


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― 新着の感想 ―
どうしても1本の線をぐしゃぐしゃって…… 男の大切なものを潰すって表現しか今のところ想像できない稚拙な自分の脳みそが憎い……
[一言] なんだか三人の距離が近づいて平和です( ¨̮ )
[気になる点] 作者伏せないと売れねぇんじゃねーの?
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