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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
砂欧編
177/389

二十八 次代の巫女


 からんからんと、陶器の壺の中に骨が入れられる。両掌に乗る大きさの骨は小さな欠片しか入らない。


 白い房飾りのような髪の束を添えて、絹織物で包む。


 名も知らぬ女の骨は遠い異国の地で尊ばれることになるとは夢にも思うまい。大勢の人々に見送られ、鎮魂の曲をかき鳴らされるとは思うまい。


 形だけ喪を示す、黒い帯に触れながら猫猫はそっと場を後にした。






 巫女はあの後、予定通り亡くなった。検分は猫猫だけでなくおやじも立ち会うことになった。もし違う医官が立ち会うならば、猫猫は本当に一度死んでもらう薬を巫女に飲んでもらわなくてはいけなかった。


(おやじだと、誤魔化しきれないから)


 脅すようで悪かったけれど、おやじは人の命が係わるとどうしても甘くなってしまう人だ。半ば共犯になってもらった。


 そして、本物の巫女と言えば……。






「こんな場所でよろしいのですか? 巫女」


 尋ねるのは壬氏だ。すでに巫女ではない彼女をどう呼べばいいのかわからないが、結局継続してそのように呼んでいる。


 もう巫女でない以上、男子禁制などということはない。


「ええ、とても落ち着きます」


 帳が幾重にも張られた部屋。巫女に直射日光が当たらぬように特別に用意した。


「それは良かった。調度が気に食わないようなら取り換えようと考えていたが」


 壬氏の後ろから声をかけてくるのは、男装の麗人だ。言わずもがな阿多アードゥオだ。もうこういう表には出られない人間の隠れ場所になっていると言ってもいい。


 阿多の住む離宮にはいまだ主上がやってくることがある。阿多は妃ではなくとも、その知恵は下手な官よりよっぽど回るからだ。もしくは、ただの酒飲み友達に戻ったのかもしれない。


 そんな場所に巫女を囲う理由は十分すぎるくらいあった。


 巫女は砂欧国内の巫女の立場を落としたくなかった。ゆえに、国外で命を落として肉体という証拠を抹消する気でいた。


 亡命という手はないのだろう。巫女の威厳が地に落ちる。


 巫女が死を選ぼうとしたのは、これ以上、自分にやることがないと思ったからかもしれない。


(そんなことはない)


 隣国でずっと頂に座り続けていた人物がどんな価値があるのかわかっているのだろうか。それは表舞台から降りたあとも役に立つ。


 数十年蓄積された情報は、どれだけ価値があるのだろうか。


 巫女にとって長年住んできた国を裏切るような行為だろうが、今はそんなことを言っていられないらしい。


「交換条件にはしっかり応じてくれますかな」

「ええ。人質が二人いますかラ」


 罪人として捕まえられている、白娘々と愛凛のことだ。彼女らの罪を考えるといつ、首をはねられてもおかしくない。


「それに、王が戦に加担しないよう、援助を頼みまス」


 なかなか豪胆なことを言ってくれる。


「それに見合う話をしていただければ」


 壬氏もまたしたたかな笑みを浮かべる。性別を超越してしまった存在たる巫女には、通じないだろうが、この薄暗い部屋でも厭味ったらしく眩しかった。


 政に綺麗汚いもなく、ただうまく治められるのであればこういう話も珍しくはなかろう。


 猫猫は壬氏が部屋を出て行くのに、後ろからついていく。


「ああ、ちょっと」


 巫女に呼び止められて振り返る。巫女は何やら巻物を持っていた。


「これヲ」


 壬氏にではなく、猫猫に渡してくる。何かな、と思いつつ巻物を開く。羊皮紙を丸めただけのもので、数枚重ねられてある。中にはやけに拙い落書きが描いてあった。


「子どもの落書き?」


 思わず口にする。


「はい」 


 巫女が肯定するが、あの離宮に子どもがいただろうか、と思い起こして猫猫は目を見開いた。


(一人いたはずだ)


 あの付き人が連れていた口がきけない子どもが一人。猫猫たち三人で困りながら保護者を探していたあのじゃずぐるという娘がいたはずだ。


(そういえば離宮では見かけなかった)


 そのジャズグルが描いたものだとして、なんの意味があるのだろうかとじっと見ていると、「んん?」と首を傾げたくなってしまった。


 染料を使って描かれた絵は、白い服を着た人が二人いた。おそらく若い女だろうか。そして、その一人の手にはさらしのようなものが巻かれている。


「私、ですか?」

「はい」


 猫猫と姚を描いてくれたとしたら、受け取らなくてはいけないのだろう。しかし、じゃずぐると会った時には、燕燕もいた。あとあの時は、医官見習いとしての服は着ていなかったはずだ。


 はて、と首を傾げると、羊皮紙の裏に数字が書かれてある。おそらく日付のようだが、見慣れた数字ではない。


「ええっと、これは……」

「砂欧を旅立つ前に、ジャズグルが描いたものでス」

「旅立つ前?」


 いや、おかしいだろう。猫猫たちとまだ出会う前だ。なんの冗談を言っているのだろうか。


 巫女は珍しく少しおどけた顔をして見せた。


「いいましたでしょウ。私がいなくても、次の巫女がちゃんとやってくれるト。あの日、ジャズグルが迷子になった日も、あの子が珍しくわがままを言って外にでかけたんですヨ。きっとあなたたちに会うためニ」

「い、いや、そんなことは……」


 猫猫は根拠がしっかりしていることしか信じない。巫女は冗談を言っているに違いないと、羊皮紙をめくる。二枚目には、巫女らしき人物とやたらきらきらした人物、すらりとした人物に加え、さっきの猫猫の落書きと同じ絵が描かれてあった。


 今、この場にいる面子そのままだ。


「もう一枚もあとでじっくりと見てくださイ」

「……」


 何を言っていいのかわからない。ただ、呆然と立ち尽くす。


「一つ言っておきますね。私にも昔あったのですヨ。砂欧の巫女は、何かが欠ける代わりに、違う力を持つと言われています。私には色が欠けて、ジャズグルには声が欠けていた。自分の正体を知ったその時から、もう消えてしまったものですけどね」


 呆然とする猫猫に、壬氏が戻ってきた。


「おい、何をやっている。行くぞ」

「は、はい」


 猫猫は慌ててついていくと、壬氏は不思議そうな顔をして前に進む。さっきの話は聞いていなかったのだろうか。


(一体、何なんだ。あの巫女ってやつは)


 何か理屈があるはずだ。でも、わからない。いや、まてたまたまそういう絵を描いたのに、状況を合わせられたのではないのかと云々考えつつ馬車に乗り込む。


 乗り込んだところで、最後の羊皮紙を開くと、これまた首を傾げるしかなかった。


「なんだ、これは?」

「さあ?」


 そこには一本の線があり、ぐしゃぐしゃと真っ黒に塗りつぶされただけの絵があった。




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― 新着の感想 ―
表に出せない人をどんどん離宮で囲う阿多さま、表の国母とは違うけど、「国の母」という意味では国母という言葉が似合いすぎる存在ですね。壬氏の母なら本当に国母だし。
[一言] 一枚目二枚目ときて、三枚目は二人の⁈ と思ってたらまさかの不穏な絵。 気になりますね
[一言] 真っ暗な絵、思いつく事は一つあるけど、この先答え合わせを待ちましょう。
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