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薬屋のひとりごと  作者: 日向夏
砂欧編
173/389

二十四 毒の正体


 ヤオ、巫女、巫女のもう一人の毒見。三人の中で姚が一番重症だった。一度、小康状態になったのだが、またぶり返している。三日たった現在、だいぶ落ち着いたようだが予断を許さない。


 猫猫は姚に代わり、巫女の離宮に泊まり込んで巫女たちを看病している。とはいえ、症状は軽いので、念のため泊まり込んでいるに過ぎない。


 それよりも問題なのは、毒を盛ったとされる人物についてだった。


(なんでまた愛凛あいりーんが)


 巫女と同じく砂欧出身の女は、なぜ巫女に毒を盛ったのか。


(いちおう容疑者扱いだけど)


 証人はいた。毒性のある抹香を食事会の前に仕入れていたこと、食事会の席は、同郷ということもあり巫女に近かったことがわかっている。何より四六時中、監視の目があると思っていたがそうでもないことは猫猫がわかっている。香を運んだ際、愛凛の周りには誰も侍女がいなかった。隙を見て、食事の皿に入れたと考える。


 不可能ではない。


 証人と状況を見て、愛凛は事情を聴かれているという。


(犯人はすぐさま見つけないといけない)


 国際問題に発展する。


(でも相手が同じ国の人間だとすれば)


 リーという国としては都合がいい。巫女の毒殺未遂は砂欧の内部抗争と責任転嫁できる。犯人が彼女であればなにより都合がいい。


(そうなると、羅半ラハンはどうするんだろうな)


 猫猫は数字のことばかり頭にある面食いの小男を思い出した。元は、羅半が食糧の輸出か、それとも亡命かという話で愛凛を招き入れたのだ。あの計算高い男が、間違っても共犯扱いされるようなことはないだろうが、気持ちいい話ではなかろう。


(なにかあるかもしれない)


 なにより猫猫は引っかかることが多すぎて気持ち悪かった。






「もう巫女さまは問題ありませんのデ」


 付き人が猫猫に言ったのは、五日目の朝だった。


「巫女さまはまだ顔色が優れないようですが」

「気持ちの問題でス。相手が相手なので、気持ちがよいわけではありませんヨ」


(だろうなあ)


 遠い異国で命を狙われたと思ったら、相手は同郷だったという。


「そうですねえ。お知り合いだったのですか?」

「……はい。元は次代の巫女候補として、やってきた方々ですかラ」


(なるほどねえ) 


 猫猫は思いながら「わかりました」と納得した。






 巫女の離宮を出ると迎えの馬車が来ていた。猫猫はそのまま乗るが、馬車の中にいたのはおやじだった。


「姚は問題ないの?」

「今のところはね。燕燕が看ていて、悪くなったらすぐ知らせるようには言ってある」


 小康状態からまた悪くなり、そしてまた落ち着いてきたという。まだまだ油断してはいけないが、おやじがこうして猫猫を迎えに来たのには理由があるのだろう。まさにその通りで、おやじは外を見ながら言った。


「医局には戻らないよ。ちょっとその奥に行くからね」


 医局の奥といえば、宮廷でいうお偉いさんが集まる区画である。そこへ向かう理由に猫猫は心当たりがあった。


「……食事会のこと?」


 猫猫は巫女と巫女の付き人、おやじは姚の、それぞれ毒を食らった人物の看病をしていた。愛凛が容疑者扱いされているという点で、猫猫たちが参考人として呼ばれるのは不思議ではない。


 馬車は医局を通り過ぎ、目的地へと向かう。壬氏の宮だった。


「どうぞ」


 丁寧な物腰で迎えてくれたのは水蓮だ。初老の白髪交じりの侍女は猫猫を見るなり、少しだけにやりと笑った。どこか食えないおばさまに猫猫は頭を下げて返す。


 通された部屋には、壬氏と馬閃バセン、それから羅半ラハンがいた。なぜ、羅半がと一瞬思ったが、元々、後宮に愛凛を入れたのはこいつの手引きだった。今回の件で弱っているらしく、小柄な眼鏡男は歪に唇をゆがめていた。


「用件は聞いているか?」

「愛凛妃の件についてでしょうか」

「ならば話が早いな。まず、羅門殿から話を聞かせてもらいたい」


 前置きをおかずに、話が進められる。


「私の話せるのは医官付きの官女である姚についてしか話せませんが」


(嘘だな)


 猫猫は思った。おやじは慎重な性格だ。正しくは『はっきりと根拠がある話か』というべきだろう。思い込みで物事を語ってはいけない、そういう人である。


「姚の病状はひどく、腹痛に嘔吐、下痢の症状、それから一度小康状態になりましたが、また容態が悪化し、また落ち着いているところです」


 猫猫も聞いていた通りだ。症状は抹香まっこうの毒と同じだ。ただ、症状が重く、また状態が悪くなったのは少し首を傾げてしまう。


 抹香の材料、しきみには毒性がある。時に人を死に至らしめる強い毒であるが、特に毒性が強いのは実だ。香として使われているのは葉や皮を粉にしたものだ。それほど、大量に食べたとすれば。


(さすがに気づくのに)


 猫猫は姚に対して毒見の方法を教えていた。匂いを嗅いで調べることも話している。ただ、毒見をする前に顔色が悪かったので、もしかして鼻が詰まっていたのではなかろうかとの懸念もあった。


 しかし、おやじの次の一言で猫猫のひっかかりが決定的なものに変わる。


「毒はおそらく茸毒かと思われます。樒の毒ではありません」


 前提を覆す言葉に、周りは唖然としていた。ここにおやじを呼んだのは、証拠がそろった愛凛の容疑をはっきりさせるものだったのだろう。


「そうか……」


 猫猫は納得してしまう。茸の毒なら樒よりよっぽど強いものが多い。なにより、症状も似ている。毒茸の匂いや味は、さすがに姚もわからないだろう。


 唖然としていた中で、羅半が身を乗り出してくる。


「では、愛凛殿ははめられたと考えていいのでしょうか? 大叔父!」


 うれしそうな声が聞こえる。それはそうだ。もともと引き入れた人物が問題を起こせば、羅半にも責任が及んでくる。この小男にとってそれは計算外に違いない。


「私は毒が抹香ではないとしか言っていないよ」


 おやじのまわりくどい言い方は時に周りをいらだたせる。猫猫は、さっさと話を進めるため、自分の発言を口にした。おやじの発言に流されないように、できるだけ客観的に事実を述べる。


「巫女と、もうひとりの毒見については、腹痛、吐き気と症状は一緒です。姚に比べますとかなり軽いものと思われ、三日ほどで体調もほぼよくなっております。茸毒と仮定するとして気になる点があるなら、巫女たちの服用した量が少なすぎることと、毒の効きが早い気がしました」


 茸毒、症状からして毒鶴茸ドクツルダケあたりを思い起こした。あの毒は強力で、なおかつ遅効性だ。毒が効き始めるころには、毒が体に吸収されているという恐ろしさで、一度治ったと思ったら、また次の症状が起こるという恐ろしい毒である。おやじの処置が悪いとは思わないが、姚の容態は茸毒だと仮定すると樒よりもっと深刻に考えないといけない。


 猫猫も症状が茸毒に思えたのだが、考えから除外していた。理由は、毒の症状が現れ始めるのが三時ろくじかん以上あとになるからだ。毒見をしてからあれほど毒の効き目が表れるには少し早かった。


(おやじもそれくらいわかっているはずだ)


 なのにこうして発言しているのには理由があるはずだ。毒の効き目を早くする薬でもあったのか、それとも毒鶴茸ではなくもっと別の茸毒のことを言っているのか。もしくは―――。


(毒見よりも前に食べていたのか……)


 ……。


 猫猫は思わず卓を叩いてしまった。


 なんで気づかなかったのだろうか。先ほど、巫女のいた離宮の会話を思い出す。


「壬氏さま」

「どうした?」

「砂欧の巫女には、愛凛妃が容疑者であることは伝えていますか?」

「まだ、はっきりとわかるまで伝える気はない。無駄に不安をあおりたくない」


 そうだ、そのとおりだ。でも、離宮で付き人が言っていたのは。


『気持ちの問題でス。相手が相手なので、気持ちがよいわけではありませんヨ』


『……はい。元は次代の巫女候補として、やってきた方々ですかラ』


 猫猫はこのやりとりですでに巫女は容疑者が誰か話を聞いていたのだと思っていた。猫猫はすでに情報を耳にしていたので、つい相手も聞いているとばかりに気にしなかった。


(なんで巫女の付き人がすでに話を聞いているのか)


 姚の病状がひどく、巫女たちが軽度だった理由。毒の効く時間の誤差、ここで説明が付く。


「おやじ……。推論だけど口にしていいか?」


 猫猫はおやじに真摯な目を向けて言った。おやじは困った顔をする。


「言ってしまったことに責任はとれるのかい?」


 口に出してしまった以上、話さなかったことにはできない。


「でも、言わなくちゃいけないときもあるだろ」


 おやじは無言だ。猫猫はそれを了承とする。


「なにかあるようだな」

「はい。あくまで一つの推論ですが」


 こういう言い方をするのは逃げ道を作っているかもしれない。でも、猫猫とて断言できるほど自信が大きいわけでもない。


「毒を盛ったのは愛凛妃ではないと思われます」

「根拠は?」


 ただ、鵜呑みにせず、説明を求めてくる。羅半と馬閃も猫猫を見る。


「毒が、おやじ、いえ漢医官のいう茸毒と仮定すると、愛凛妃が毒を盛ったと考えづらいからです」


 毒が効き始める時間。毒鶴茸の類であれば、食事会の前に毒を盛らねばならない。愛凛は、後宮を出たあとはずっと監視されていた。侍女が目を離すことはあったが、部屋の外を出ることができず周りに味方はいない。食事会前に毒を盛ることは不可能だ。


「では、食事会の前に誰が毒を盛ったと?」

「はい。毒を盛るとすれば離宮でとなります」


 数日前から姚は離宮で巫女たちと同じ食事をとっていた。すでに離宮にいるときに毒を摂取したと考えるのが妥当であり、そうなると毒を盛った人物は。


「巫女の付き人の誰かとなります。つまり自演です」

『⁉』


 皆が驚いた顔をする中、おやじだけが表情を変えずにいた。おやじもまた同じような憶測があったのだろう。だが、憶測は簡単に口にしない、それがおやじである。


 自演であれば、姚以外の二人の症状が軽かった理由にも説明がつく。毒を摂取していたのは姚一人、残り二人は演技かもしくはもっと軽い別の毒を服用したのだ。それに、誰が容疑者か知らないはずなのになぜ知っていたのか、説明がつく。


 自演であり、罪を愛凛に擦り付けるためだったなら。旧知の仲であれば、毒茸と似たような毒性がある抹香を愛用していることくらい知っているだろう。


 憶測では口にしない、おやじの教えの意味はわかる。でも、猫猫だって頭にくるときがある。


(姚を巻き込む理由は!)


 茘側の毒見がひどい症状を受ければそれだけ毒殺の衝撃が大きいだろう。姚はそのために利用された。ちょっと気位が高いところがあるが、根は素直で勉強熱心な娘だ。


 燕燕ではないが、猫猫だって憤りを感じるのだ。


 今更じぃんとしびれてきた手に気付き、猫猫は自分が冷静を欠いた話をしていなかったか、思い直す。周りを見ると、おやじは無言のまま、壬氏たちはぽかんとしている。


「一つ質問をするぞ」


 口を最初に開いたのは、馬閃だ。こういうときの反応は早い。


「なぜ、巫女が愛凛妃を陥れる理由がある?」

「それについては、心当たりがあります」


 猫猫に代わり羅半が手を挙げる。


「愛凛妃は、巫女が子を産んだのではないか、しかも白娘々ではないかと僕にほのめかしていました。なので僕は猫猫に経産婦であるかどうか確かめるようにと、頼んだのです」


 巫女としての資格がなければ、巫女としての地位ははく奪されてしまう。むしろ、罰せられるかもしれない。


「巫女が白娘々の母親か……。これまた、大きな発破だな」


 こうなると亡命をしてきた理由は政敵の存在の他に、巫女の秘密の一端を握ってしまったことも考えられる。


 そして、巫女が茘までやってきた理由も。


「口封じのためと考えれば」


 羅半の発言に猫猫は引っかかりを感じた。


 なぜだろう、おかしくはない推理のはずだが、どこか歯にものがはさまったような気持ち悪さを感じる。


 猫猫はおやじを見る。


 おやじはただ無言で肯定も否定もせずに座っていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 羅門は自らは言い訳を発しないタイプなんだろうな。 私としては嫌いなタイプではないな。
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